私の糖尿病50年-糖尿病医療の歩み

23.網膜脂血症

1. 糖尿病外来に眼科医も加わる
 糖尿病外来をはじめてから多くの患者が大学に訪れるようになった。毎週1日を糖尿病外来の日とし数名のスタッフで診療していた。隣の県からも、また朝3時に起きて来るという人達もあって、我々もそれにこたえて朝早く外来を開いて耳朶から採血して血糖を測りその結果を報せて療養法を指導した。テス・テープは市販されていたので尿糖のチェックは誰にもできたが、血糖の簡易測定器はまだなかった頃のことである。割烹旅館の60歳の女将さんが長年の糖尿病で視力障害も起こったので眼科の桐沢長徳教授に往診をお願いした。教授と高久功講師(後に長崎大教授)は糖尿病の眼病変の重要性を認識され、糖尿病外来日に眼科医を派遣して下さり、眼底をチェックしていただくことになった。理想的な体制となったわけである。そうしているところにつぎのような病例が紹介されてきた。
2. DKAの18歳男性
 1964年8月家人より多飲多食を指摘され、医師を訪れて糖尿病と診断されA市病院に入院。FPG220mg/dL、尿糖量40g/日でインスリン療法で軽快退院。退院時はレンテインスリン1日35単位でFPG140mg/dL。退院後、某診療所で10日に1度位インスリン注射を受けていたという。翌年1月頃より全身倦怠感とくに下肢がだるく多食の傾向となったが3月下旬就職のため上京。インスリン注射は中止した。5月頃より顔面の浮腫に気付き、疲労、全身倦怠が強くなり6月24日に帰郷し26日に某病院に入院したが治療困難のため大学病院に転院した。
 身長167cm、体重48kg、血圧97/56mmHg、腱反射減弱。四肢運動正常。血糖464mg/dL、尿ケトン陽性、蛋白陽性。

 初診時眼底所見。眼科医による観察所見:乳頭は略々正常で橙黄色を呈し境界鮮明、網膜血管は動静脈ともに中心部に向かう血管は鮭肉色を示し、周辺部の血管は乳白色を呈し、血管反射はなく平面的で白リボン状に見え、動静脈の区別は困難であった(図1)。当時は中央検査部の業務は限られ肝機能も血清脂質もすべて教室で測定していたので、血清(左端)をみると牛乳のように白濁していた(図3)。丸浜喜亮博士の測定でトリグリセリッド8400mg/dL、総コレステロール1000mg/dLであった。

図1 入院時の網膜脂血症      図2 治療後の眼底

図3 血糖トリグリセリド


試験管の上の数字はmg/dL値を示し、下は採血の月日を示す

 レギュラーインスリン15−15−15単位から開始し、11日目にはトリグリセリドは2160mg/dLでわずか白濁、15日目には218mg/dLとなり白濁は消失した。FPGは156mg/dL、総コレステロール402mg/dLに低下、インスリン治療開始30日目の眼底は図2のように正常で蛍光眼底写真でも異常所見はなかったが、ERGでは両眼のa波、b波振幅の増大、右眼律動様小波の軽度減弱が認められた。図4のような経過でインスリン20単位/日の状態で退院した。

図4 18歳男性の経過

 この例の網膜脂血症は糖尿病性高脂血症によるもので1930年の文献には血清総脂質が3.5%以上で現れ2.5%で消失すると記されている。本症例では総脂質9700mg/dL(9.7%)であった。高トリグリセリッド血症はインスリン欠乏によるリポプロテンリパーゼ活性の低下による。
3. 高脂血症?X型の21歳女性
 16歳の秋口渇、多尿、るいそうがありやがて昏睡となり水戸K病院に入院、昏睡は2日後に回復したがインスリン90単位/日でもコントロ−ル不良、血清コレステロール300mg/dL以上。2年後より体重増加し背部、上腕、上腱伸側に淡黄褐色の発疹が出現しはじめ次第に増加した。皮膚科でxanthomaと診断され(図5)、またこの頃より血清の白濁に気付かれた。精査のため1967年5月大学病院に転院した。

図5 肩部の写真
図6 白濁した血清

 153cm、56.5kg、水戸より仙台までの途中約20時間インスリン注射を中止したところ血糖560mg/dL、尿ケトン体(++++)となり糖尿病ケトー−シスとして治療を行った。血清は図6のように白濁し、皮膚には図5のようなxanthomaが多数みられた。血清トリグリセリッド8260mg/dL、総コレステロール1740mg/dL、リン脂質750mg/dL。眼底には図7のように網膜脂血症が認められた。

図7 入院時の眼底
図8 高脂血症軽快時の眼底

4. 白濁血清が1日で透明、fibrate sensitive lipemia
 第1例ではインスリン治療で高脂血症は消失したが本症例では消失しないので、食事内容を種々変え、少しずつ血清脂質が低下した。入院28週後にclofibrate750mg/日投与したところ白濁していた血清が24時間後には透明となった。その効果の絶大さに血清を間違えたかと思うほどであった。この症例は?X型高脂血症と分類されたが、その後?X型にclofibrateを与えてもこの症例のように奏功した例はなく、この症例はclofibrateによるトリグリセリッドの合成と処理の正常化がどのような機序によるものか今後解明すべき問題と印象づけてくれた。fibrate sensitive lipemiaと区別されるべき病型と思われた。

図9 高脂血症をともなった若年者糖尿病の1例(Fredrickson ?X型)の治療経過
Calはkcalのこと

 その後血清脂質の改善とともにxanthomaも減少し、眼底所見も図8のように正常眼底像となった。眼底に出血などなくERGも正常。腎生検では腎糸球体mesangiumの軽度のびまん性肥厚が認められた。肝生検ではグリソン鞘に軽度線維増生が認められた。皮膚組織像ではxanthoma細胞が血管周囲に集まっているのが認められた。
 これら2症例から高脂血症のときには網膜所見にも注意すべきことを強く印象づけられた。
文献
  1. 高久功ほか:臨床眼科120(8),1067-1104,1966
  2. 山形経敬一:後藤由夫ほか:代謝5(12),884-894,1968

(2004年11月03日更新)

※ヘモグロビンA1c(HbA1c)等の表記は記事の公開時期の値を表示しています。

Copyright ©1996-2024 soshinsha. 掲載記事・図表の無断転用を禁じます。
治療や療養についてかかりつけの医師や医療スタッフにご相談ください。

このページの
TOPへ ▲