がんばりすぎない糖尿病ライフ

2026年09月16日

SNSで見る「うまくいっている人」との距離

夜、眠る前にスマートフォンでSNSを開くと、フォローしている糖尿病をもつ人のアカウントに、きれいな血糖グラフが投稿されています。

1日じゅう、ほとんど波打っていない線。「今日も落ち着いていました」という短い言葉。あるいは、「HbA1cが〇%だった」という報告。悪気なんてどこにもない、ただの報告です。

それを見て、少し胸の奥がざわつきながらも、「いいね」を押します。けれど、ある日ふと、自分のグラフを開くのがいやになっていることに気づきます。

タイムラインに並ぶ、存在しない一人

SNSに流れてくるのは、何人、何十人という別々の人が、それぞれの「いちばんうまくいった日」だけを切り取って持ち寄ったものです。誰も嘘はついていません。ひとつひとつは、正直な報告です。

けれど、それが並ぶと、現実には存在しない「いつもうまくいっている人」ができあがってしまうのです。私たちは知らないうちに、その架空の人物と自分を比べています。

そもそも、比べられる数字ではない

そのうえで、医師として申し上げておきたいことがあります。血糖マネジメントの数字は、そもそも横並びで比較できるようにはできていません。

血糖の振れ幅そのものが、人によって大きく異なるからです。たとえば同じ1型糖尿病どうし、2型糖尿病どうしであっても、自分のインスリン分泌能力がどれだけ残っているかで、食後の上がり方も、下がるときのカーブも変わります。内因性のインスリンがある程度保たれていれば、体が自動的に微調整してくれますし、分泌がほとんどない人では、その調整をすべて注射と自分の判断で担うことになります。同じ食事をとっても、描かれるグラフの形はまったく別のものになります。

その感覚には、名前がついています

以前この連載で、「スティグマ」という言葉を紹介しました。

「模範的な患者」演じていませんか? 外来での「すみません」はセルフスティグマのサインかも

「模範的な糖尿病患者像」と、実際の自分とのあいだにあるずれから生まれる感情のことを、乖離(かいり)的スティグマと呼びます。そして、そのずれが積み重なると、「こんな自分はだめだ」と自分を責めるようになる。これがセルフスティグマでした。

糖尿病は自己管理の部分が大きい病気であるため、結果がすべて自分の努力不足のせいに思えてしまうのです。実際には、血糖は本人の努力の外側にある要因にも大きく左右されます。それでも、悪い数字が出れば「自分のせいだ」と考えてしまう。SNSを見てつらくなるのは、この構造がそのまま持ち込まれているからです。

ただ、SNSの場合はひとつ事情が違います。その理想像を届けているのが、同じ病気をもつ仲間だということです。相手を悪く思うこともできず、距離を置きにくい。そのぶん、こたえることがあります。

「よくあること」で、終わらせない

では、ありふれた現象なのだから仕方がない、と考えてよいかというと、そうではありません。

国内外の研究では、自己否定感が強い人ほど治療に前向きに取り組みにくくなることが報告されています。数字を見るのがつらくなり、測定の回数が減る。記録が途切れる。受診の間隔が空く。そうした悪循環に入っていくことがあります。SNSとの付き合い方は、単なる気分の問題ではなく、治療の質に関わりうる問題です。

それでも、つながる価値は消えない

ここまで書いておいて何ですが、私は、同じ病気をもつ人とつながることの価値を疑ってはいません。

この連載でも何度か書いてきたとおり、協力者が一人いるだけで、糖尿病との付き合いはずいぶん楽になります。私自身、住宅ローンで銀行をいくつも回って断られていたとき、糖尿病をもつ人の一言に助けられました。あの情報は、どの窓口でも教えてもらえないものでした。

糖尿病をもつ人へ贈る「住宅ローンの現実と対応法」

新しいデバイスの使い勝手、旅行のときの工夫、外来では話題にならない細かなこと。そうした知恵は、同じ立場の人からしか手に入りません。SNSが悪い、という話ではないのです。

私が、うまくいかない日ばかり載せている理由

さて、そこで私はどうしているかというと、あえてうまくいっていない日のことを書くようにしています。

インスリンの量を間違えて血糖値が天高く昇ってしまった日、夜中に低血糖で起きた日、補食を摂りすぎて血糖値がジェットコースターになった日。そういう投稿ばかりしています。

理由は、そのほうが情報として役に立つと思っているからです。平坦なグラフからは、読み取れることがあまりありません。「よかったですね」で終わります。一方で、荒れたグラフには、そうなった原因と、次にとる対策が含まれています。どの食事で上がったのか、補食の量が多すぎたのか、運動の時間帯が影響したのか。読んだ人が自分の生活に当てはめられるのは、こちらのほうです。

これは診察室でも同じです。医師にとって扱いやすいのは、きれいに整ったデータではなく、むしろうまくいかなかったデータです。うまくいかなかった記録は、治療を調整するための材料そのものです。外来に「見せづらいデータ」を持ってきてくださる方ほど、実は次の一手を考えやすいのです。

また、糖尿病専門医がこれだけ失敗しているのを見れば、少しは気が楽になる方もいるかもしれません(笑)。

距離のとり方を、いくつか

最後に、実際に使える工夫を挙げておきます。

ひとつは、比べる相手を他人ではなく「先月の自分」にすることです。先に述べたとおり、他人の数字は病型も機器も体の条件も異なりますが、自分の過去の記録は、条件がもっとも近い比較対象です。医師が診察で行っているのも、まさにこの読み方です。

もうひとつは、しんどいときは、無理に見なくてよいということ。SNSから離れる時期があってもかまいませんし、離れるのに理由もいりません。体調や気持ちによって、受け取れる情報の量は変わります。

そして、もしあなたも発信する側であれば、うまくいかなかった日のことを、ときどき書いてみてください。そちらのほうが、もしかすると、読む人にとって役に立つ情報になるかもしれません。

きれいなグラフの向こうにいるのは、あなたと同じように、うまくいかない日をやり過ごしている一人の人です。比べる相手は、画面の中ではなく、先月のあなたで十分です。

プロフィール

田中慧プロフィール画像

田中 慧
たなか さとし
東京女子医科大学糖尿病代謝内科学分野 嘱託医師
糖尿病専門医/医学博士

10歳で糖尿病を発症。2型糖尿病と診断されていたが、28歳時に遺伝学的検査を受検し、遺伝性糖尿病のMODY3と診断された。ペン型インスリン、CGM使用中。インスリンポンプを使用していた時期もあり。患者としての25年以上の経験と、医師としての専門性を生かし、医療者・患者・家族をつなぐ活動を展開中。X(旧Twitter)では「おだQ」というハンドルネームで約15,000人のフォロワーに向けて糖尿病ライフのヒントを発信している

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