厚生労働省は、「日本人の食事摂取基準(2020年版)」について、策定検討会(座長:伊藤貞嘉・東北大学名誉教授)がまとめた報告書を公表した。糖尿病の食事療法にも変化が求められている。
「日本人の食事摂取基準」は、健康増進法の規定にもとづき、国民の健康の保持・増進を図るうえで摂取することが望ましいエネルギーおよび栄養素の量の基準を定めたもので、5年毎に改定されている。
2020年版は、高血圧、脂質異常症、糖尿病、慢性腎臓病(CKD)の発症予防と重症化予防の観点に加え、栄養に関連した身体・代謝機能の低下を回避するために、高齢者の低栄養やフレイルの予防も視野に入れて策定されている。2020年版は今年度中に告示される予定。
関連情報
糖尿病の食事療法の目的は
高血圧、脂質異常症、糖尿病、慢性腎臓病(CKD)の発症と重症化を予防するために、食事を改善することはきわめて重要だ。「食事摂取基準」では、2型糖尿病の食事療法の意義として、「全身の代謝の状態を良好に維持することで、合併症の進展を抑え、予防すること」と強調している。
糖尿病の人は、血糖を下げるインスリンの分泌が減っていたり、作用が不足している。食事の総エネルギー摂取量を適正にすれば、インスリン作用からみた需要と供給のバランスをとることができ、高血糖を改善でき、肥満の対策にもなる。
また、インスリンの作用は糖代謝だけでなく、脂質やタンパク質の代謝など多岐にわたり、それらが相互に関連しあっている。食事療法には、高血糖の改善だけでなく、さまざまな栄養素のバランスを適正にするという目的もある。
患者の生活スタイルや嗜好を尊重
糖尿病は一生付き合う病気で、治療期間は長期にわたる。そのため食事療法を長く続けるためには、日本の食文化に合っていることや、個々の食事の好みを反映したものである必要がある。
糖尿病の病態が多様化しており、治療の内容は患者によってさまざまだ。現在の糖尿病の治療の基本的な考え方は、「患者の生活スタイルや嗜好を尊重し、それぞれの置かれた状況に応じて、食事療法も量的にも質的にも個別化をはかる必要がある」というものだ。
エネルギー必要量には個人差がある
「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では、食事摂取状況のアセスメント、体重およびBMIの把握を行い、エネルギーの過不足は、体重の変化やBMIを用いて評価することを求めている。
エネルギーについて、健康の保持・増進、生活習慣病の発症予防の観点から、エネルギーの摂取量および消費量のバランスの維持を示す指標として、BMI(体格指数)を採用している。日本人の食事摂取基準として、目標とするBMIを20〜24.9としている。
さらに、身体活動レベルを、低い、ふつう、高いの3つのレベルで判定し、基礎代謝基準値および参照身長から、エネルギー必要量を計算できるようにした。
推定エネルギー必要量(kcal/日)=基礎代謝量(kcal/日)×身体活動レベル
身体活動レベルを「ふつう(II)」として1日の必要エネルギー必要量を計算すると、50〜64歳では男性で2,350〜2,800kcal/日、女性で1,800〜2,100 kcal/日となり、かなり幅がある。「エネルギー必要量には個人差があることに注意するべき」と強調している。
50~64歳ではBMI 20.0〜24.9を目標に
食事の総エネルギー摂取量は、目標とする体重に基づいて計算されている。これまで体格指数(BMI)22に身体活動量をかける計算式により、総エネルギー摂取量が決められることが多かった。
これは、この計算式が考案された当時は、日本人の平均BMIがこの値に近似していたことから違和感なく受け入れられてきた。しかし、BMIと死亡率との関係を調べた最近の研究では、もっとも死亡率の低いBMIは、アジア人では20〜25であることが分かってきた。
2型糖尿病でも、日本人や中国人では、総死亡率がもっとも低いBMIは20〜25だと報告されている。75歳以上の高齢者でも、BMIが25以上であっても死亡率の増加はみられなかった。
標準体重BMI 22を基準にして、総エネルギー摂取量を設定することは一定の目安にはなるが、現在は、健康的な食事をする上で、目標となるBMIは20〜25と許容幅があるという考え方に変わってきた。必ずしも22を厳守しなければならないわけではない。
もちろん年齢が比較的若くて、とくに肥満があり、インスリンが効きにくくなったインスリン抵抗性がある場合には、食事や運動などの生活スタイルを積極的に改善する必要があることは変わらない。そうした場合は、食事のカロリー制限によって肥満を解消するのは効果的な治療になる。
食を楽しむことをもっとも優先させるべき
糖尿病の人の食事がどうあるべきかは、その人の食事スタイル、食事改善の実行力によって変わってくる。「食事摂取基準(2020年版)」では、糖尿病の食事療法について、次のように解説している。
治療開始時のBMIによらず、一律に標準体重を目指すことは困難であり、個々の病態の相違やエネルギー必要量に個人差が大きいことを考えると妥当とは言えない。また、患者の病態、年齢、遵守度を評価し、これを管理目量に加味することが求められる。治療開始後に、代謝状態の改善を評価しつつ、患者個々の実効性などを考慮に入れ、適正体重の個別化を図ることが必要である。
(中略)
食事療法を長く継続するためには、個々の食習慣を尊重しながら、病態に基づいて柔軟な対応をすることが求められる。それぞれの患者のリスクを評価し、医学的齟齬のない範囲で、食を楽しむことを最も優先させるべきである。
カロリー制限をして肥満を解消することも重要
そうはいっても、肥満のある人は食事でカロリー制限をして、肥満を解消することが、糖尿病の治療で効果的であることを科学的に確かめた研究は、世界中で多く報告されている。体重をコントロールし、肥満を解消することが重要だと考えられている。
フィンランドの糖尿病予備群を対象としたDPS研究では、総エネルギーの減量と身体活動の増加を中心に生活介入を4年にわたり行い、1年間で体重を5%減少すると糖尿病の発症率が低下することが明らかになった。
米国の「糖尿病予防プログラム(DPP)」でも、糖尿病の発症リスクの高い人が、3年間で体重を5%減らすと、糖尿病の発症を55%抑制できることが示された。
また、「Look AHEAD」研究では、生活改善により体重を1年で8.6%減らすと、HbA1cが0.6%低下するという結果になった。体重が減少することで、肝臓、脂肪のインスリン抵抗性が改善するという。
日本肥満学会のガイドラインでも、特定保健指導の調査結果にもとづき、HbA1cの改善するために、体重減量の目標を3〜5%としている。
「栄養障害の二重負荷」が課題に
働き盛りの年齢では、メタボリックシンドロームや肥満、2型糖尿病などに対策し、生活習慣病を予防することは、特定健診・保健指導などでも重視されている。
一方で、65歳以上の高齢者ではタンパク質を中心とした栄養の不足により、筋肉量が減少し、筋力や身体機能が低下する「フレイル」(虚弱)が問題になっている。
求められる理想的な食事スタイルは、ライフステージによって変わっていく。若い時には体重をコントロールするための肥満対策が重要だが、年齢を重ねると、今度は体重や筋肉を減らし過ぎないための対策が必要となる。
社会に過剰栄養と低栄養が混在している状態は、「栄養障害の二重負荷」と呼ばれ、日本人の食・栄養の大きな課題になっている。
そのため「食事摂取基準(2020年版)」では、「栄養指導をきめ細かに行うために、50歳以上について、より細かな年齢区分による摂取基準を設定する」必要があると指摘している。
糖尿病の人が食事で気を付けるべきこと
食品の摂り方によって、食後の血糖上昇を抑制できることが注目されている。「食事摂取基準(2020年版)」では、糖尿病の人が食事で気を付けるべきことを指摘している。
● 食物繊維が豊富に含まれる野菜を先に食べることで、食後血糖の上昇を抑えられ、HbA1cが低下し、体重も減少する。
● 野菜に加えて、タンパク質の豊富な肉や魚などの主菜から食べはじめて、その後に主食のごはんなどの炭水化物を食べると、食後の血糖上昇を抑制できる。
● 咀嚼力と血糖コントロールとの関係も重要。50歳以上の人は、咀嚼力の低下により血糖コントロールが乱れる可能性がある。50歳を過ぎたら口腔ケアも大切になる。
● 朝食の欠食や、遅い時間帯に夕食をとる食事スタイルも肥満を助長し、糖尿病のコントロールを難しくする。とくに朝食を抜く食習慣は、2型糖尿病のリスクを高める。朝食を必ず食べることを習慣にしたい。
● とくに就寝前に夜食を食べると、肥満や、血糖コントロールの不良の原因になり、合併症のリスクが上昇する。夜遅くは食べないようにした方が賢明だ。
● 「低炭水化物ダイエット」が効果があると報告した研究も多い。糖尿病合併症や薬物療法などの制約がなければ、「低炭水化物ダイエット」については、柔軟に対応することが望ましい。
「低炭水化物ダイエット」の体重減少の効果は、総エネルギー摂取量の減量にともなうものと考えられているが、詳しくはまだ解明されていない。糖尿病の人にとって炭水化物の影響は、身体活動量やインスリン作用の良否によっても異なってくる。
「低炭水化物ダイエット」を始めるときは、かかりつけの医師や管理栄養士に相談することが勧められる。
「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書(厚生労働省 2019年12月24日)
[ Terahata ]