インスリン治療を続けて50年以上
インスリン治療を50年以上継続している糖尿病患者を表彰する「リリー インスリン50年賞」の表彰式が、世界糖尿病デーに合わせて11月に東京で開催された。第14回にあたる今年は16名が受賞した。
「リリー インスリン50年賞」
日本では104人が受賞
「リリー インスリン50年賞」は、米国でイーライリリー社が1974年に設立した。これまでに米国を中心に1万4,000名以上の患者が受賞している。日本でも2003年より表彰が開始され、これまでに104名の患者が受賞した。
第14回となる今年は、過去最多の16名が受賞し、うち11名が表彰式に参加した。50年以上にわたる糖尿病やインスリン治療の道のりを振り返りながら、糖尿病患者への励ましのメッセージを熱く語った。受賞者には、名前を刻印した銀製のメダルと、世界糖尿病デーのシンボルカラーの「青いバラ」が贈られた。
第14回「リリー インスリン50年賞」表彰式
芝山伸男 さん(兵庫県、インスリン治療歴50年)、
深井ひとみさん(新潟県、インスリン治療歴50年)、
R.I.さん(新潟県、インスリン治療歴53年)、
伊藤正美さん(大阪府、インスリン治療歴50年)、
加藤敦子さん(東京都、インスリン治療歴50年)、
松尾 功さん(北海道、インスリン治療歴51年)、
堀江義典さん(福岡県、インスリン治療歴51年)、
(他の9名の受賞者については希望により情報は公開されていない)
「リリー インスリン50年賞」の受賞者は、インスリン製剤の進歩に歩調を合わせるようにして人生を歩んだといえる。受賞者がインスリン療法を開始した1960年代には、糖尿病患者は現在では考えられないような多くの困難を乗り越えなければならなかった。
インスリン50年賞の受賞者からは「インスリンを一生注射しなければならないと分かったときは信じられなかった」「糖尿病について、できる限り努力しようと心がけている。チャレンジ精神を忘れないことが大切」「主治医の先生の熱意、苦労をともに過ごした家族や周りの方々の支え、医療の進歩に感謝したい」といった声が聞かれた。
インスリン療法50年の長い道のり
受賞者のひとりは1歳8ヵ月で1型糖尿病を発症。20歳で夢だった栄養士になり、現在は病院の栄養管理室副室長として活躍している。1型糖尿病の子どもが集まるサマーキャンプを支援する活動を続けている。「糖尿病について自分でできる限り努力しようと心がけています。チャレンジ精神を忘れずに、現在はフルマラソン完走を目標に日々挑戦しています」「1人でも多くの方に小児1型糖尿病のことを理解してもらえるよう、自分の経験などを伝えていきたい」と話す。
もうひとりの受賞者は13歳で1型糖尿病を発症。准看護師として高齢者専門の病院で定年まで勤め上げた。「夜勤もあり決して楽な道ではなかったけれど、定年まで勤められたことは誇りです。今までそんなに気負わずに自分のペースで来て、気付いたら50年が経っていたという感じです」と言う。
16歳で1型糖尿病を発症した受賞者のひとりは「インスリン注射を続け、血糖値をコントロールすれば、普通の人と同じように過ごせる」と主治医から励まされ、治療に積極的に取り組むようになった。会社を定年退職してからゴルフを本格的に始め、多いときは週に2回ゴルフ場へ行く。「運動が好きで、趣味が運動といってもいいくらいです。1型糖尿病であっても、毎日の食事、規則正しい生活リズム守っていれば、やりたいことは全てできる」と言う。
12歳で発症した1型糖尿病の受賞者は、はじめての妊娠に迷っていたときに、当時の主治医に背中を叩かれ「可能性に挑戦しないでどうするんですか」と明るく言われ、勇気づけられた。インスリン療法を行いながら出産し、母として立派に子供を育て上げた。「病気のことや悩みなどを話せる気の合う友達ができたことが大きい。友人達の頑張っている姿をみていると、自分も刺激を受ける」と言う。
4歳時に1型糖尿病を発症した受賞者は、インスリン療法を行いながら3人の子供を無事に育て上げた。初孫が成人するまでの15年を無事に過ごすことが次の目標だという。「今を大切に、1日を大切にして、積み重ねていけばやがて目標に届く。幸せになることにどん欲になることが大切」という。
インスリン療法はめざましく進歩している
インスリン製剤や注入器は50年間にめざましく進歩し、インスリン療法を開始・継続する患者の負担は軽くなっている。現在は、患者の病態や治療に合わせて、作用の現れる時間や持続する時間の異なるさまざまなタイプのインスリン製剤が開発されており、インスリン製剤の選択肢は広がっている。
インスリンは20世紀最大の医薬品の発明ともいわれる。インスリンは1921年にカナダのトロント大学のフレデリック バンティングとチャールズ ベストによって発見された。その翌年にイーライリリー社がはじめてインスリンの製剤化に成功。1923年に世界で最初のインスリン製剤「アイレチン」が発売され、治療に使われるようになった。
日本でインスリン自己注射の保険適用が始められたのは1980年代になってからのこと。それまでは自宅でのインスリン自己注射は認められておらず、注射は原則として病院など医療機関で行わなければならなかった。また、血糖自己測定が保険適用になったのは、1986年になってからだ。現在治療に使われている使いやすいペン型注入器や、注入器とインスリン製剤が一体になったキット製剤も当時はなかった。
現在では、健康な人のインスリン分泌パターンを再現するために、多種多様なインスリン製剤が使われている。インスリン療法は個々の病状や生活に合わせて、より安全に行える時代になった。より生理的なインスリン動態に近づけたインスリン製剤も開発され、多くの糖尿病患者の血糖コントロールに役立てられている。
これからインスリンを始める患者さんに 大きな励みと勇気を
イーライリリー社は、1982年に世界初の遺伝子組換えによるヒトインスリンを発売した。遺伝子工学の進歩に伴い、ヒトの膵β細胞が分泌するインスリンと同じ構造で、インスリン抗体産生によるアレルギーの心配のないヒトインスリンが治療に使われるようになった。
同社は1996年に超速効型インスリンアナログ製剤「ヒューマログ」を発売した(日本での発売は2001年)。作用時間の長い「持効型溶解インスリン」が使われるようになったのは2003年になってからだ。今後も生理的なインスリン分泌パターンを再現できる製剤の開発が期待されている。
インスリン注射用の針も改良され、ほとんどの人は「注射していることさえも感じない」というほど、注射針は細く短くなった。現在、ペン型注入器に使われている注射針には、先端で0.23mmと驚異的に細く、長さも4mmと米粒ほどの大きさのものがある。
日本糖尿病学会常務理事で国立国際医療研究センター糖尿病研究センターセンター長の植木浩二郎氏は、「インスリン療法を50年以上続けてきた患者さんの苦労は計り知れないものがあります。ともに糖尿病と戦っている患者さんや医療従事者に、大きな励みと勇気を与えてくれます」と、受賞者たちの治療に対する努力と前向きな姿に感動の意をあらわした。
日本糖尿病協会理事で東京女子医科大学糖尿病センターセンター長の内潟安子氏は、「受賞した患者さんは50年間に、主治医の先生方との二人三脚で、長い道のりを歩いて来られました。50年前のインスリン治療の環境は十分なものではありませんでした。インスリン治療を続けようという患者さんの強い意志こそが、50年間を無事に継続できた理由です」と述べた。
[ Terahata ]