精神・神経医療研究センターは、脳と腎臓内で硫化水素を効率よく生成する第4の経路を新たに発見したと発表した。糖尿病性腎症を防止する新たな治療薬の開発につながる成果だとしている。
硫化水素(H
2S)といえば、温泉地などでお馴染みの卵の腐敗臭を持つ毒ガスとしての印象が強い。しかし、木村部長らは、そんな毒ガスのイメージがある硫化水素が、体内で微量が生成され、脳では神経伝達調節因子として機能していることを1996年に世界ではじめて報告し、翌1997年には硫化水素が血管弛緩を誘導することをあきらかにした。さらに、2004年には硫化水素が神経細胞を酸化ストレスから保護する機能も発表した。
糖尿病腎症の治療薬の開発に期待
これらの発見は、心筋や腎臓を「虚血再灌流障害」から保護する働きの発見へとつながっている。虚血再灌流障害は、虚血状態にある臓器や組織に血液再灌流が起きた際に、その臓器や組織内の微小循環で毒性物質の産生が引きおこされる障害。再灌流によって、血管内皮細胞が傷害されたり、微小循環障害をきたし、その結果、臓器が障害されると考えられている。
腎疾患患者数は年々増加しており、腎不全による死亡は日本国民の死因の第8位を占めている。これら慢性腎不全の原因の43%は糖尿病性腎症によるものだ。今回あきらかになったD-システインから生合成された硫化水素は、腎疾患対策に光をあてるものだという。
腎不全の原因となる腎臓虚血再還流障害には、フリーラジカルや活性酸素による生体膜脂質の過酸化障害が関与していると考えられている。これまでの研究で、硫化水素には酸化ストレスで低下した細胞内の「グルタチオン(GSH)」の生産を上昇させ抗酸化作用を回復させることがあきらかになった。
また、硫化水素のインスリン分泌調整機能、膵島のベータ細胞の保護作用も報告されている。副作用の少ないD-システインあるいはその誘導体が、慢性および急性腎障害、糖尿病性腎症の予防や重篤化を防止する治療薬、移植腎臓の保護薬として適用されることが期待されると、研究グループはコメントしている。
成果は、精神・神経医療研究センター神経研究所 神経薬理研究部の木村英雄部長、同・薬物動態研究室の渋谷典広室長らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、1月22日付けで英国オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
効果的に硫化水素を生成し副作用の少ないD-システイン
硫化水素は生体内において、システインから生産される。通常、生体内のアミノ酸は「セリン」や「アスパラギン酸」などの一部を除き、L型異性体のみが存在している。木村部長らは2009年までに3つの生産経路を報告しており、その3経路もすべてL型異性体の「L-システイン」を基質として合成することをあきらかにした。
しかし、今回はじめて発見された第4の経路は「D-システイン」を基質として合成することが大きな特徴だ。L-システインを基質とする経路に比べ80倍効率よく生合成するという。
第4の硫化水素産生経路では、「D-アミノ酸酸化酵素(DAO)」によりD-システインから「3-メルカプトピルビン酸(MP)」が合成され、これが「3-メルカプトピルビン酸硫黄転移酵素(3MST)」によって代謝されて硫化水素が産生される。
L-システインを基質とする産生経路は多くの組織に存在するが、DAOと3MSTは小脳と腎臓のみに局在するため、D-システインを基質とする硫化水素は小脳と腎臓で多く合成される。
一般にL-システインは興奮毒性を示すため、大量に投与することは危険だが、D-システインは毒性が低いため、より安全な硫化水素の供給源として投与が可能だという。今回の研究では、マウスへのD-システインの経口投与により、腎臓の虚血再還流障害を顕著に軽減することも証明された。
毒ガスとして有名な「硫化水素」の人体内での新たな生合成経路を発見(国立精神・神経医療研究センター 2013年1月23日)
[ Terahata ]