糖尿病者は非糖尿病者に比べ、認知症の頻度は2〜4倍高いとされている。高齢糖尿病患者の認知症対策は今後の糖尿病診療において重要な問題となっている。中部労災病院勤労者予防医療センターの河村孝彦所長は、糖尿病と認知症をめぐる最近の研究知見をアジア糖尿病学会が発行する医学誌「Journal of Diabetes Investigation」2012年10月号に発表した。
血糖降下薬の認知機能改善効果 インクレチン関連薬に期待
日本の人口は、2004年の1億2,784万人をピークに減少を続けている。一方、65歳以上の人口は2010年に全人口の23%を超え、2050年には40%を超える超高齢社会に移行すると推定されている。社会の高齢化は生活習慣病の増加をもたらし、高血圧症、脂質異常症、糖尿病の患者数は増加の一途をたどっている。高齢者における糖尿病のケアは、日常の診療医の現場での大きな問題となっている。
糖尿病患者の認知機能障害にはさまざまな要因が関与しているが、高血糖や低血糖といった血糖異常とインスリン不足、あるいはインスリン抵抗性といったインスリン作用の異常がその基盤にある。
認知症は「アルツハイマー型」と「脳血管型」に大きく分けられが、糖尿病の高齢者は糖尿病ではない高齢者と比べて、どちらの認知症でも罹病率が高くなる。認知症の発症率は、糖尿病の期間が長いほど高く、動脈硬化や腎症などが進んでいる患者ではリスクが高くなる。
糖尿病において認知症が増加するメカニズムとしては、(1)脳梗塞などのアテローム性動脈硬化、(2)潜在性脳虚血などの微小血管障害、(3)脳細胞における酸化ストレスの増加、(4)高血糖やインスリン抵抗性などの因子が挙げられている。
焦点となっているのは、血糖コントロールが認知機能の低下を防ぐことができるかをという点だ。認知機能の低下を抑制する至適な血糖コントロールについての結論はみつかっていないが、1型糖尿病を対象としたDCCT/EDIC試験、2型糖尿病を対象としたACCORD-MIND試験とARIC試験では、HbA1c値の上昇とともに認知機能、なかでも前頭葉機能が低下することが示された。HbA1c7.0%未満を目標にコントロールすることが、認知機能を良好に保つ有効な対策になるという。
血糖の管理には低血糖に加え、食後高血糖や高インスリン血症にも注意を払う必要がある。日本の前向き追跡研究である久山町研究では、糖尿病や耐糖能異常が、認知症発症の有意な危険因子であることが示された。糖負荷後2時間値が高い群で認知症の比率が高くなる傾向がみられ、この関連は空腹時血糖値よりも顕著だった。
また、糖尿病患者の認知症リスクとしては、脳血管性認知症よりアルツハイマー型認知症が多いことが報告されている。インスリンは血液脳関門を通って脳内に入り、脳内に分布するインスリン受容体に結合する。記憶や学習といった重要な機能を担っているため、特にアルツハイマー病の発症に深く関連していると考えられている。
認知症の新規発症予防のためのポイントは、(1)全身のインスリン抵抗性の軽減、(2)低血糖リスク・血糖変動を抑えた血糖管理、(4)高血圧、資質異常症の管理、(5)運動習慣、食事への配慮。
血糖降下薬による認知機能改善効果については数多くの報告がされてきた。現在、日本ではSU薬、ビグアナイド薬、αグルコシダーゼ阻害薬、チアゾリジン薬、グリニド薬、インクレチン関連薬などの経口血糖降下薬が使用可能だ。メトホルミン、SU薬、チアゾリジン薬などの血糖降下薬による治療を受けていた群では非糖尿病者と変わらないとの報告がある。血糖を良好にコントロールすることが短期的な認知機能の改善につながることが示唆されている。
また、インクレチン関連薬の神経細胞に対する効果は期待されている。インクレチン関連薬はこれまでの血糖降下薬とは異なる作用機序を有し、インスリン分泌増強作用だけでなく、食後高血糖や日内変動をも抑制するため、今後認知症の予防にも有用とみられている。
関連情報
糖尿病と認知症 血糖コントロールで認知機能低下に対策(糖尿病NET)
2型糖尿病患者の抑うつ症が認知症のリスクを増加 早期治療が大切(糖尿病NET)
糖尿病がアルツハイマー病の危険因子となるメカニズムを解明(糖尿病NET)
Cognitive impairment in diabetic patients: Can diabetic control prevent cognitive decline?(Journal of Diabetes Investigation 2012年8月29日)
[ Terahata ]