世界糖尿病デーに合わせて、インスリン治療を50年以上継続している糖尿病患者を表彰する「
リリー インスリン50年賞」の表彰式が11月5日に東京で開催された。第13回にあたる今年は11名が受賞した。
「インスリン50年賞」
日本ではこれまで88人が受賞
「インスリン50年賞」は、米国でイーライリリー社が1974年に設立した。これまでに米国を中心に1,500名以上の患者が受賞している。日本でも2003年より表彰が開始され、これまでに88名の患者が受賞した。
第13回となる今年は、男性6名、女性5名の合計11名が受賞し、うちの6名が表彰式に参加した。50年以上にわたる糖尿病やインスリン治療の道のりを振り返りながら、糖尿病患者への励ましのメッセージを熱く語った。受賞者には、名前を刻印した純銀製のメダルと、世界糖尿病デーのシンボルカラーの「青いバラ」が贈られた。
第13回「リリー インスリン50年賞」表彰式
青木みき子さん(静岡県、インスリン治療歴50年)、大野盛男さん(埼玉県、インスリン治療歴50年)、小森美加子さん(福岡県、インスリン治療歴50年)、齊藤茂さん(埼玉県、インスリン治療歴50年)、高取たつみさん(福岡県、インスリン治療歴50年)、高橋哲雄さん(愛知県、インスリン治療歴50年)、松本浩一さん(茨城県、インスリン治療歴50年)、山内宗広さん(沖縄県、インスリン治療歴53年)
(他の3名の受賞者については希望により情報は公開されていない)
インスリン自己注射の保険適用は1980年代以降
「リリー インスリン50年賞」の受賞者は、インスリン製剤の進歩に歩調を合わせるようにして人生を歩んだといえる。受賞者がインスリン療法を開始した1960年代には、糖尿病患者は現在では考えられないような多くの困難を乗り越えなければならなかった。
受賞者のひとりは1940年生まれで、15歳のときに発症した。喉の渇きに耐えきれず、近くの病院へ駆け込み診察してもらい糖尿病診断された。「長く生きられてあと10年」と言われ大きなショックを受けたという。「家族や多くの友人、主治医の先生に恵まれ、ここまで長生きができている。医療の進歩にも感謝したい」「糖尿病とともに生きるのは、最初の頃は闘いの日々だった。やがて自分なりのコントロールの仕方が分かってきた。自分が糖尿病をコントロールしようという気持ちが大切」と語った。
日本でインスリン自己注射の保険適用が始められたのは1980年代になってからのこと。それまでは自宅でのインスリン自己注射は認められておらず、注射は原則として病院など医療機関で行わなければならなかった。
もうひとりの受賞者は1953年生まれで、小学校6年生で糖尿病と診断された。当時はインスリンの自己注射はできなかったので、朝は医療機関でインスリンを注射してもらい登校し、下校するとまた医療機関でインスリンを注射するという毎日をおくった。
インスリン療法とは、体内で不足しているインスリンを注射によって補い、血糖値をコントロールする治療法だ。治療の目標は、できる限り正常な血糖コントロールを維持し、血圧、体重、血清脂質を適切なコントロールすることで、網膜症、腎症、神経障害などの合併症、心臓病、脳卒中、動脈硬化症の発症と進展を抑え、健康な人たちと変わらない生活の質と寿命を確保することにある。
現在のインスリン注射薬は種類も豊富で使いやすく、携帯しやすいものに改良されており、自分のライフスタイルに合わせて、無理なく生活にとり入れられるようになっている。
インスリン治療は50年間で大きく進歩した
インスリン製剤やデバイスは50年間にめざましく進歩し、インスリン療法を開始・継続する患者の負担は軽くなっている。現在は、患者の病態や治療に合わせて、作用の現れる時間や持続する時間の異なるさまざまなタイプのインスリン製剤が開発されており、インスリン製剤の選択肢は広がっている。
インスリンは20世紀最大の医薬品の発明ともいわれる。インスリンは1921年にトロント大学(カナダ)のフレデリック バンティングとチャールズ ベストによって発見された。その翌年にイーライリリー社がはじめてインスリンの製剤化に成功。1923年に世界で最初のインスリン製剤「アイレチン」が発売され、治療に使われるようになった。
現在治療に使われている使いやすいペン型注入器や、注入器とインスリン製剤が一体になったキット製剤は当時なかったので、小さいガラス瓶に入ったバイアル製剤をガラス製の注射器に吸い出して注射を行っていた。初期のインスリン製剤は作用時間が短いものしかなく、注射器は注射ごとの煮沸消毒が必要だった。注射針も太く、注射をすると強い痛みを伴った。
現在では、健康な人のインスリン分泌パターンを再現するために、多種多様なインスリン製剤が使われている。インスリン療法は個々の病状や生活に合わせて、より安全・効果的に行える時代になった。
イーライリリー社は、1982年に遺伝子組換えによる世界初の医薬品ヒトインスリンを発売した。遺伝子工学の手法を用いることで、ヒトの膵β細胞が分泌するインスリンと同じ構造のヒトインスリン製剤が治療に使われるようになっている。
同社は1996年に超速効型インスリンアナログ製剤「ヒューマログ」を発売した(日本での発売は2001年)。2015年には日本ではじめてのインスリン製剤のバイオシミラー「インスリン グラルギン BS注『リリー』」を発売。新しいインスリン製剤の登場により、生理的なインスリン分泌パターンにより近づけるようになった。
インスリン注射用の針も改良され、ほとんどの人は「注射していることさえも感じない」というほど、注射針は細く短くなった。現在、ペン型注入器に使われている注射針には、先端で0.18mmと驚異的に細く、長さも4mmと米粒ほどの大きさだ。針の先も特殊なカットがしてあり、痛みが少ないように工夫されている。
100万人のインスリン治療中の患者に有機と希望を与える
日本糖尿病学会理事長で東京大学大学院医学系研究科 糖尿病・代謝内科 教授の門脇 孝 先生は、「インスリンが日本ではじめて治療に使われるようになったのは1923年になってから。受賞された患者さんが治療を開始した当時は多くの困難を伴っていた。インスリン治療を50年以上続けている患者さんは、日本の100万人を超えるインスリン治療中の患者さんや、これからインスリン治療をはじめる患者さんに、大きな勇気と希望を与えます」と祝辞を述べた。
また、公立昭和病院 内分泌・代謝内科 部長の貴田岡 正史 先生は「50年前にインスリン治療を始めた患者さんは、困難な状況の中で多くの苦労を経験してきた。50年にわたり継続的に努力を重ねてきた受賞者の皆さまと、それに寄り添ってこられたご家族や主治医の先生方に深い敬意をあらわします。インスリン製剤とデバイスは進歩し続け、医療も進歩している。現在ではインスリン療法をはじめる患者さんの負担はより少なくなっています」と述べた。
[ Terahata ]