あらゆる細胞に分化できるマウスの胚性幹細胞(ES細胞)から、血糖値に応じてインスリンを分泌する膵臓のβ細胞を効率よく作製することに成功したと、熊本大学の研究チームが発表した。
熊本大学発生医学研究所の坂野大介助教と粂昭苑教授らの研究グループは、マウスの胚性幹細胞(ES細胞)から、生体の膵臓のβ細胞と同等の能力を持つ細胞を作ることに成功した。研究は英科学誌「ネイチャー ケミカル バイオロジー」に発表された。
β細胞は、これまでにもES細胞などから作られていたが、生体細胞に比べてインスリン分泌能が非常に低くなるという課題があった。
坂野助教らは、1,120種類の候補化合物を培養中の膵前駆細胞に与える実験を行い、β細胞への効率的な分化を促進する2種類の化合物を特定した。
できた細胞を糖尿病のマウスに移植すると、3週間後には血糖値が正常値に改善した。インスリンの分泌量は従来に比べ200倍に高まり、生体内の機能に近付いたという。
膵臓細胞を効率よく作製 糖尿病治療に道
体のあらゆる組織や臓器になるとされるES細胞やiPS細胞を、糖尿病の治療に役立てようという「再生医療」の進められている。移植可能な臓器を患者自身の細胞から作ることは再生医療の重要な目標のひとつとなっている。
ES細胞やiPS細胞は、からだの中のどんな細胞にでも分化することができる能力(多能性)をもつ、人工的に作られる幹細胞だ。幹細胞の再生医療への応用は、糖尿病の治療でも大きく期待されている。
幹細胞の「他の細胞に変化する」という特性を利用すれば、インスリンを作るβ細胞や膵臓を人工的に作りだせ、1型糖尿病の根本的な治療となる可能性がある。患者の細胞から作ることができるので、拒絶反応も起こりにくいと考えられている。
これまでES細胞から肝細胞への分化誘導法は、「未分化細胞から内胚葉へ、内胚葉から膵前駆細胞へ、膵前駆細胞から内分泌前駆細胞へ」という分化の3段階を経て、インスリンを産生するβ細胞へ分化し、その過程で液性因子の連続的な添加によって膵β細胞へ誘導する方法が一般的だった。
その後、大量に合成でき安定的な「低分子化合物」によって細胞分化を誘導する方法が開発され、細胞の分化誘導の効率化がはかられた。
しかし、「前駆細胞」とβ細胞への分化過程における研究は進んでおらず、再生医療への応用面では多くの課題を残していた。
そこで、研究チームは、膵β細胞への分化を促す化合物を探すために、1,120種類の候補化合物を培養中の膵前駆細胞に与える実験を行った。
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次は...β細胞に分化 インスリン分泌量は約200倍
β細胞に分化 インスリン分泌量は約200倍
ES細胞やiPS細胞から膵β細胞を作り出すために必要な条件は、(1)肝細胞への分化誘導の効率を高めること、(2)血糖値に応じてインスリンを分泌する能力があること。
実験の結果、2つの条件を満たす、β細胞への効率的な分化を促進する2種類の化合物を特定した。
ひとつは、細胞内小胞に存在するモノアミン量を調節する因子である「VMAT2」。アミノ基を一個だけ含む生理活性分子を「モノアミン」と呼ぶ。モノアミンにはβ細胞の分化を阻害する働きがある。VMAT2に膵臓のβ細胞を増やす効果があることがあきらかになった。
もうひとつは、細胞内シグナルの中でも重要な働きをしている分子である「cAMP」。cAMPはさまざまな細胞反応を調節している。cAMPを添加することで、β細胞の成熟化が促進され、グルコース濃度に応じたインスリン分泌が可能になった。
できた細胞を糖尿病のマウスに移植すると、3週間後には血糖値が正常値に改善した。β細胞の誘導効率はこれまでの約10倍に、インスリン分泌量を約200倍に高めることができた。
坂野助教は「今回できた細胞は体内にあるものとほぼ同じ能力がある。今後ヒトのiPS細胞でも研究を進め、ヒトのiPS細胞でも同様の成果を挙げたい。体内に膵臓細胞を入れたカプセルを埋め込んで、血糖値を下げるなどの治療も考えられる」と話している。
熊本大学発生医学研究所
[ Terahata ]