東京大生産技術研究所の研究グループは、細胞を生きたままひも状に加工する技術を開発した。英科学誌「ネイチャー マテリアルズ」電子版に発表した。膵島細胞をひも状に加工し糖尿病疾患モデルマウスに移植すると、マウスの血糖値が正常化した。移植医療に応用できる可能性が示された。
東京大生産技術研究所の竹内昌治准教授らの研究チームは、ヒトやラット、マウスの細胞を生きたままの状態で、直径およそ0.1ミリメートル、長さ数メートルのひも状の「細胞ファイバー」にする技術を開発することに成功したと、英科学誌「ネイチャー・マテリアルズ」オンライン版に3月31日付で発表した。
血管や神経、筋肉をはじめとする生体組織はひもの形状をしているものが多い。研究チームは、ひもを使ったモノづくりという考え方を組織工学に応用して細胞ファイバーの開発に取り組んできた。
開発にあたっては、半導体の作製工程において利用される微細加工技術を応用した。コラーゲンやフィブリンに細胞を混ぜあわせ作った中心部(コア)をチューブ状の外殻部(シェル)が覆う、「コアシェル型」という構造をもつファイバーを作製した。
細胞ファイバーには長さ1メートル当たり300万個の細胞が含まれ、10メートル以上のものを作製することも可能だという。束ねたり織ったりすることで、さまざまなサイズの立体形状の組織を作り出せる。
研究チームは、ラットの膵臓から、インスリンを分泌する膵島細胞を集めて、直径およそ0.1ミリメートル、長さ数メートルの細胞ファイバーを作製。インスリンが分泌できない糖尿病マウスの腎臓にカテーテルを用いて移植した。
移植した膵島細胞のファイバーからインスリンが分泌され、マウスの血糖値は正常値範囲に回復した。
一方、同じ細胞数の膵島細胞を懸濁液のままマウスに移植すると、インスリンを分泌しなかった。細胞ファイバーを移植することで膵島細胞がより効果的に機能していることが確かめられた。
研究チームは、ヒトやマウスの神経細胞や筋肉細胞、繊維芽細胞、上皮細胞、内皮細胞など約10種類の細胞で培養することにも成功した。
作製した細胞ファイバーを詳しく調べたところ、神経の細胞はネットワークを形づくって電気信号を伝えていたほか、筋肉の細胞は伸縮運動を繰り返し、血管の細胞はチューブ状になるなど、それぞれの働きや形態を保っていたという。
臓器などの再生を目指した医療研究では、これまでに皮膚や軟骨、心筋、網膜などの細胞を作るのに成功してきたが、膵臓や腎臓を作るのは困難とされている。そうした臓器は、細かい血管や神経が複雑に配置されており、体液の循環を利用して分泌やろ過などをする機能をもっており、完全に再生するのは難しい。
今回の研究は、再生医療分野で人工臓器を作り出すための基盤技術になる。ES細胞注などの多分化能を持つ幹細胞を、ファイバー状にしてから移植することで生着率が高まることが期待でき、糖尿病や神経損傷などの治療に応用できるという。
細胞の「ひも」が織りなす新しい医療―立体細胞組織構築の材料となる細胞ファイバーを開発―(科学技術振興機構 2013年4月1日)
[ Terahata ]