「10月8日は、糖をはかる日」(糖尿病治療研究会、糖尿病ネットワーク、糖尿病リソースガイド共催)の2019年度講演会が、「"質の高い"血糖コントロールによる合併症予防」をメインテーマに東京で開催された。講演会では、「糖尿病性腎症重症化予防」、「心血管障害」に関する最新の話題について、専門家2人によるわかりやすい講演が行われた後、パネルディスカッションが行われた。
講演会には、管理栄養士・栄養士(34%)や保健師(22%)、看護師(12%)、薬剤師(6%)、その他医療関係者など、糖尿病治療にかかわる多職種のほか、一般の方(患者さん含む27%)も多数参加し、糖尿病の合併症予防に対する幅広い関心が示された。終了後の参加者アンケートでは、「非常に満足」「まあまあ満足」が合わせて93%と、高い満足度が伺えた。
2019年10月3日(木) 日比谷コンベンションホール(東京)
司会:河盛 隆造 先生(順天堂大学 名誉教授、同 大学院 医学研究科 スポートロジーセンター・センター長、トロント大学医学部 教授)
糖尿病治療研究会は来年、2020年に設立40周年を迎える。当研究会設立の目的は、最先端の研究を目指すことではなく、糖尿病の臨床現場の声を拾い上げることだった。
例えば、医師・医療スタッフのための臨床総合誌「プラクティス」(医歯薬出版)は、1984年に当研究会で企画し創刊したものだ。「プラクティス」の名のごとく、プラクティカルな内容に徹した研究や情報の提供を目指すと同時に、メディカル、コメディカルスタッフのための経験交流の場となることを願ったものであった。
このような流れを背景として、同研究会は2016年に「10月8日は、糖をはかる日」を制定した。 この2016年は、くしくも「糖尿病を否定できない人」が1,000万人に達したと発表された「国民健康・栄養調査」(厚生労働省)の調査対象の年でもあった。
近年、「糖尿病が強く疑われる人」(糖尿病予備群)は減少傾向にあるが、糖尿病の患者数の減少傾向はみられない。糖尿病患者数の増加を抑制することは、医療財政の面からみても喫緊の課題である。
血糖は「健康のバロメーター」でもある。日頃から「血糖」に関心を持ち、自らの「血糖値」を把握しておくことが重要である。「糖をはかる日」は、今年で4年目を迎えるが、これまでのところ順調に、糖をはかる、血糖値を知ることの重要性について、啓発活動の輪を広げてきている。
長期にわたる高血糖の結果、糖尿病に特有の細小血管障害と、糖尿病に特有ではないが糖尿病では高頻度に生じる大血管障害といった慢性合併症が生じる。糖尿病の合併症は、三大合併症と呼ばれる糖尿病網膜症や糖尿病性腎症、糖尿病性神経障害や動脈硬化、さらに歯周疾患まで全身に及ぶ。これらの慢性合併症にはさまざまな原因があるが、その抑制には血糖コントロールが最も大切となる。
合併症は、放置すると身体障害につながる。例えば網膜症による失明、動脈硬化による心脳血管疾患、神経障害が関与する下肢切断、そして腎症による腎不全などだ。合併症による身体障害を来すことのないよう、管理・治療していかなければならない。
本日は糖尿病性腎症について語る。年間約1万5,000人が新規に人工透析導入となっているが、その原因として最も多い原疾患が糖尿病性腎症である。糖尿病性腎症は、1998年に透析導入原因の第一位となり、以後トップであり続けている。また糖尿病性腎症が単独で発症することはまれで、多くの場合、網膜症や神経障害、動脈硬化性疾患を併発している。この点が後述するチーム医療が必要な理由の一つである。
糖尿病性腎症の一般的な経過をみると、腎症発症後も長期間、腎機能が保たれた状態が続く。しかし、尿に排泄されるアルブミンが増加し顕性蛋白尿となる頃に腎機能が急速に低下し、一気に透析導入が近づいてくる。
腎症の病期進行に伴い、患者はもとより医療スタッフの負担も増えていく。例えば食事療法では、血糖管理を目的としたものから腎臓保護を主目的としたものに切り替わる。また、血圧や腎機能検査等、血糖以外の介入すべき対象が増える。フットケアの必要性も増す。それに合わせて患者教育の内容も増加する。これらはチーム医療でなければなし得ない。現在、日本全国各地で、医師会や糖尿病対策推進会議等による糖尿病性腎症対策が進められているが、これも大きなチーム医療と言うことができる(図)。
このようなチーム医療の効果は、恐らく、チーム医療に参画している医療スタッフであればどなたも実感されていることだろう。しかし、国内ではその科学的な検証がほとんどなされていない。一方、海外では既に約10年前からチーム医療の効果に関するエビデンスが報告されている。
そこで、我々もその効果を科学的に検証した。外来糖尿病患者のうち透析導入に至った患者群を、管理栄養士と医師のみがかかわった群と多職種がかかわった群の2群に分け、後方視的に検討した1) 。すると多職種がかかわった群は年次介入回数が多く、また透析導入までの期間が長いという有意な差があった。また、透析導入前にシャントが造設されている割合が有意に高かったことも、日常の患者教育がしっかりなされていた結果だと解釈できる。
さらに、多職種がかかわった群では透析導入時点のヘマトクリットが高く(貧血が少なく)、ドライウエイトが低い(水分摂取制限が守られている)という点でも有意差があり、何よりも透析導入後の生存期間が有意に長いという効果が見いだされた。
1)人見麻美子、他. 糖尿病 2018, 68(1): 537-43.
この結果は、管理栄養士の介入が良くないことを表しているのではなく、多職種が介入することで患者の病状が改善し得るということがポイントだ。
現在、糖尿病性腎症の診療に関しては糖尿病透析予防指導管理料を算定できる。しかし薬剤師の外来での指導は含まれず、臨床検査技師に至っては病棟・外来いずれも算定できない。チーム医療が実際に効果を発揮することを各医療スタッフが発信し続けることが、糖尿病患者の治療・療養指導をより行いやすい環境にしていくことつながる。
糖尿病性腎症は、かつては不治の病と言われていた。しかし現在は決してそうではない。予後は確実に改善してきている。それをさらに良い方法に推し進めるために、チーム医療を一層推進していきたい。
糖尿病を成因により分類すると、膵β細胞の破壊による1型糖尿病と、二次性あるいは遺伝的影響が明らかなその他の型、妊娠糖尿病があり、これらは発症の原因が明確な疾患と言える。それら以外の糖尿病が2型糖尿病である。つまり2型糖尿病とは、そもそも発症の原因がそれぞれの患者で大きく異なる雑多な疾患群と言える。
このことは治療目的や治療方法にも関係してくる。つまり1型ではインスリンを補充することが必須であり、食事療法や運動療法の適応は患者が肥満の場合などに限られる。妊娠糖尿病では、他の糖尿病に比較し短期間ではあるが厳格に治療する。
それに対して、2型糖尿病の多くは過栄養が関与して発症する。
過栄養の結果、肥満がもたらされ、そのために種々の代謝異常が生じ、心血管疾患が好発するようになる。しかし肥満には2つのタイプがあり、さらに人種差も存在する。
過栄養による中性脂肪を脂肪細胞に貯蓄し、それに合わせて肥大した脂肪細胞に血液を供給する毛細血管が十分に作られる場合は、代謝異常は生じない。これを代謝正常肥満という。一方、脂肪細胞の肥大化に合わせて十分に毛細血管が作られない場合には脂肪細胞が酸欠になり、炎症が起きてくる。このためにマクロファージが活性化し、TNF-αの分泌亢進、アディポネクチンの分泌低下といった現象が起き、インスリン作用が低下する。これを代謝異常肥満と呼ぶ。
このような代謝異常肥満では、中性脂肪が脂肪組織以外に異所性脂肪として蓄積する。その代表が内臓脂肪であり、あるいは脂肪肝となる。同じ肥満でも、脂肪肝がある人とない人でインスリン作用が明らかに異なる。
以上は欧米の肥満者の話だが、日本人を含めアジア人では、肥満でなくてもこのような代謝異常が生じることがある。事実、アジア人では肥満でなくともインスリン抵抗性が起きやすく、糖尿病になりやすいことが知られている。おそらくは人種による糖尿病のなりやすさの違いは遺伝因子により決定されていると考えられる。事実、最近、東大グループが解明した日本人の糖尿病疾患感受性遺伝子のいくつかは東アジア人に特有の糖尿病疾患感受性遺伝子であることからも推測される1)。
1)Suzuki K. et al. Nat Genet. 2019;51(3):379-386.
さて、糖尿病の問題点はその代謝異常により血管合併症が進行することである。特に、大血管障害(動脈硬化)は寿命の低下に直結するため、その予防が欠かせない。動脈硬化は、インスリンの作用が不足することと、それにより血糖値が高くなることの双方が関与する。つまり、メタボリックシンドロームでは確かに心血管疾患が増えるが、その人が糖尿病になると、さらにそのリスクが上昇するということだ。
動脈硬化による心筋梗塞は、血管の狭窄が徐々に進み、やがて100%狭窄になった時に発症するのではなく、プラークの破裂によって瞬間的に発生する。したがって、その予防には血管壁の状態の評価が欠かせない。
順天堂医院では、糖尿病患者に定期的に頸動脈エコーを施行し、血管の状態を把握している。頸動脈エコーでは血管の狭窄だけでなく、破裂しやすいソフトプラークを検出することも可能で、治療強化等の判断に有用な情報となる(図)。
心血管イベントを防ぐには、血糖や血圧、脂質などをコントロールすることが重要と言われてきた。しかし、日本人でその有用性を明確に示したエビデンスは限られていた。そのような状況で行われたのが、J-DOIT3という介入研究だ2)。
J-DOIT3は、ガイドラインの推奨値に基づき従来の治療を行う群と、さらにそれ以上厳格な治療を行う群に分けて、イベント発生率を比較検討した研究であり、結果は両群に有意差がないというものだった。しかし、患者割り付けの際に強化療法群の喫煙者率が有意に高かったことから、これを統計的に調整すると、強化療法群で有意に心血管イベントが抑制されていたことがわかった。
このことから、喫煙がいかに有害であるかがわかる。喫煙している糖尿病患者の心血管イベントを防ぐために、まずすべきことは禁煙である。
2) Ueki K, et al. Lancet Diabetes Endocrinol. 2017; 5(12): 951-964
J-DOIT3において、喫煙で調整する前のデータで両群間に有意差がみられなかった理由の一つに、J-DOIT3では心血管イベントの発生率が極めて低かったことが挙げられる。その水準は欧米の同種の研究の数分の1で、我が国で1995年から行われたJDCSと比較しても4分の1であり、強化療法群では1年あたり1,000人に1人である。
心血管イベントが年間1,000人に1人という水準は、実は糖尿病でない人の発生率をも下回る水準である。つまり、糖尿病患者は心血管イベントを非常に起こしやすいにも関わらず、しっかりとリスク因子を治療していれば、糖尿病でない人以上にリスクを低下させることができるということだ。
しかし、J-DOIT3の高い治療目標を達成できた患者は、言わば「エリート患者」であって、実臨床ではこの目標に到達できない患者の方が多い。そのような患者の治療をいかに強化していくかという点が、今後の糖尿病治療研究の1つの検討課題となるだろう。また、糖尿病患者に占める高齢者の割合が増えてきたことで、合併症の状況にも変化が生じてきている。具体的には、低栄養、筋肉・筋力の低下、転倒・骨折、認知症といった問題が大きくなってきており、これらの高齢者特有の合併症にどのように対処していくかが課題となっている。
ところで、近年、糖尿病患者の心血管イベントに、血糖値の高さだけでなく、血糖スパイクと呼ばれる急峻な血糖上昇に代表される血糖変動性が関与しているという報告が増えている。血糖変動が大きいと酸化ストレスが亢進し、血管障害を進展させるという基礎研究もある。しかし一方で、1型糖尿病患者を対象とした研究からは、血糖変動の指標であるMAGEと酸化ストレスの指標に相関がみられなかったという報告もあり、両者の関係は明確とは言い難い。
そこで我々は日本医療研究開発機構(AMED)から資金提供を受け、阪大、産業医大とともに対象患者1,000人という大規模な前向き観察研究をスタートさせた。持続血糖測定器(CGM)により血糖変動性を評価し、心血管イベントの発生率との関係を明らかにしたいと考えている。
河盛先生: 「糖をはかる」ことに関連して、まず森先生にうかがいます。軽い糖尿病と言われるような人の場合、血糖はいつ測るべきでしょうか。空腹時かそれとも食後でしょうか。
森先生: 糖尿病が進展していく過程において、空腹時よりも食後の血糖値が早期に上がってきます。HbA1cが高い人は食事2時間後、それほど高くない人は1.5時間後ぐらいが血糖値のピークだとされています。ですから食べ始めを基準として1時間半から2時間後に測るのが良いのではないかと思います。
河盛先生: これは重要な点で、今でも検査を行う際に「病院に来るときは食事を抜いて、空腹できてください」という医師が多くいます。しかし、それでは食後高血糖、初期の糖尿病は見つかりません。糖尿病専門医あるいは糖尿病医療チームのスタッフは、できるだけいつもどおりに服薬してから食事を摂り、来院してもらい、食後1-2時間に採血することを勧めています。さらに、食前に排尿し、食後初めての尿を診療所で取り、尿糖をチェックします。尿糖が陽性であれば、食後に一時期、血糖値が180mg/dl以上になったことを示しています。
守屋先生: まさにその通りだと思います。健診や診断後の放置もそうですし、治療を途中で中断してしまう人も問題で、そのような人が再度受診された時は、合併症が著しく進行してしまっていることが多いように感じます。人工透析導入例の多くは未治療期間が長い人ではないでしょうか。どの医療機関に通うのでも構わないので、治療を中断しないことが何より大切だと思います。
河盛先生: 日本は自由な国で、医療関係者でない人が個人的な体験を声高に語り、人に勧めても、何もとがめられません。しかし、こと医学に関しては、間違ったことを主張してもらっては困ります。そういった声に踊らされて、それまで治療を継続していた人が急に医者の言うことを聞かなくなることがあり、非常に危惧しています。
さて綿田先生、糖尿病の人、あるいは糖尿病がなくても肥満などがある人では動脈硬化が進行しているというお話でしたが、動脈硬化の進行は定期的な受診で抑制することも可能でしょうか。
綿田先生: 潜在的な動脈硬化を頸動脈エコーなどで定期的にチェックして、リスクが見つかればそれを是正していくことで抑制できます。特に糖尿病発症前であれば、コレステロールや血圧が重要です。大切なことは、リスクが見つかった時にそれを放置しないことです。リスクに対する対処法は既に明らかになっているのですから、あとはそれを実践するか否かです。
河盛先生: 先生、最近は皮下にセンサーを刺入して、ブドウ糖濃度を測り、それを血糖値に勘案して、連続的に夜間でも食後でも血糖値を推定する方法が広がってきていますが、これによって低血糖の予知、発症を抑制できているのでしょうか。
森先生: そう思います。夜間の血糖値は血糖自己測定(SMBG)ではとらえることができません。言わばそこは糖尿病診療のブラックボックスでした。CGM(持続血糖測定器)では、それも可視化できます。これは素晴らしいことです。特に最近のリアルタイムCGMは血糖値の予測アラーム機能がついていて、1型糖尿病の患者さんにとっては非常に有用なツールです。
河盛先生: 2年後、2021年はインスリン発見100周年です。インスリン発見の地であるトロント大学では、記念イベントの準備中で、これから糖尿病はどのように変わっていくのかという討論を開始しました。私はその討論の場で、「1型糖尿病は膵移植やiPS細胞によって、間もなく治る病気になっていてほしい」と発言したのですが、綿田先生はどう思われますか。
綿田先生: 2021年までは無理だと思いますが、iPS細胞を使ったり体内の細胞をβ細胞化することは実験的には可能になりつつあります。あとはコストの問題です。さらに今、インスリンポンプが非常に良くなってきていますので、iPS細胞等の最新技術とインスリンポンプの改良が、良い競争をしている状況ではないでしょうか。
河盛先生: しかしインスリンポンプでは、インスリンが本来の分泌経路である門脈への投与はできませんね。もっとも、門脈投与でないために起こる血糖の不安定さに関しては、インスリンポンプのアルゴリズムの改良で解決できるかもしれません。
一方、2型糖尿病に関しては、先ほどのトロント大での会議では「アジア人の3人に1人が糖尿病になるだろう」という意見が大勢を占めていました。そこで私は、「2型糖尿病は別に発症しても構わないのではないか。発症後すぐに診断し、直ちに食事や運動、薬剤により介入して、すぐに発症する前の状態に戻してあげればよいのだから」と述べたのですが、他の出席者からは「楽観的すぎる」と指摘されました。「健診制度が普及し国民皆保険制度のある日本ではそれが可能だ」と反論したところ、「good luck」ととても冷たく言われました。森先生、2型糖尿病患者さんを寛解に導くことは不可能でしょうか。
森先生: 確かに欧米に比べて日本人は生活習慣、例えば食事療法を指導されたとおり、しっかりと守る人が多いように感じます。しかしそれでも100%は困難で、糖尿病は永遠の課題として続くのではないでしょうか。
河盛先生: 糖尿病を放置していた人、「食事療法などでまずいものなど食べられない、忙しくて疲れているのに運動などできない」などと言っている人たちが透析に至っているのではないでしょうか。
守屋先生: 私も米国にいた時期がありますが、確かに米国では健診などは全く行われておらず、日本の健診制度の素晴らしさを感じました。河盛先生がおっしゃるように、日本では糖尿病が発症しつつある人を早期に拾い上げることが可能です。しかしまた、森先生がおっしゃるように、すべての人を医療管理下に置いて指導を遵守させることも難しいことです。
一方、指導を遵守できない人ばかりが透析に至るのかというと、それはまた話は別になります。必ずしも放置例、指導遵守できない例ばかりが透析に至るわけではありません。しかし、何か異常が見つかった時に早期介入して、少し前の状態に戻すというアイデアは重要だと思います。
『10月8日は、糖をはかる日』について
『10月8日は、糖をはかる日』は、2016年糖尿病治療研究会により制定されました。2021年6月糖尿病治療研究会の解散により、一般社団法人日本生活習慣病予防協会が『10月8日は、糖をはかる日』を継承することになりました。
<糖尿病治療研究会40年の歩み>