10月8日は「糖をはかる日」。糖尿病治療研究会は10月3日に、日比谷コンベンションホール(東京)で、『10月8日は、「糖をはかる日」』講演会を開催した。
糖尿病は慢性的に高血糖の状態が続くことで、体に不調をもたらす病気だ。さまざまな要因により影響を受ける「血糖」に日頃から関心をもち、自分の「血糖値」の変動を知ることが重要となる。
糖尿病予防を意識して糖質量に着目した食品が増加するなど、「血糖」「血糖値」という言葉を目にする機会が増えているが、「糖」と社会の関わりが適正に理解されているとは言い難い。
そこで、糖尿病治療研究会は、血糖自己測定(SMBG)が提言されてから40年、またその健康保険適用から30年という節目の年にあたる2016年に、10月8日を「糖をはかる日」と定め、「血糖」に関する啓発活動を開始した。
活動の一環として、「糖尿病と診断されたときの私にひとこと」「糖尿病医療を志したときの私にひとこと」などをテーマにした100文字投稿コンテストを実施した。優秀作品は「糖をはかる日」のホームページに掲載されている。
血糖値は常に変動していて、糖尿病と診断されていない人でも食後の血糖値が140mg/dL以上になることは珍しくない。この食後の血糖値の急激な上昇は「血糖値スパイク」と呼ばれ、血管にダメージを与え、動脈硬化や糖尿病の合併症を進めやすくする。放っておくと心筋梗塞や狭心症、脳卒中などの合併症のリスクが上昇するので、注意が必要だ。
10月3日に東京で開催された「糖をはかる日」講演会では、「食後高血糖(血糖値スパイク)への徹底対応」というテーマで専門家による講演が行われた。
糖尿病治療の目標は、合併症の発症予防と進展防止だ。糖尿病合併症である網膜症、腎症、神経障害に加えて、日本でも大血管症、つまり動脈硬化性疾患の発症が増えている。糖尿病患者では心筋梗塞や狭心症などの虚血性心疾患のリスクが糖尿病のない患者に比べて2倍から5倍に上昇することが分かっている。
欧州での13件の前向きコホート試験から得たデータをもとに検討した「DECODE Study」では、食後高血糖が死亡リスクを高めることが示された。空腹時血糖値と死亡リスクの相関をみたとき、糖負荷後2時間血糖値が高いと、心血管病、虚血性心疾患、脳卒中、全死亡のリスクがそれぞれ上昇することが明らかになった(Arch Intern Med. 2001; 161: 397-404)。
負荷後2時間血糖値で補正したところ、「耐糖能異常」(IGT)の死亡危険率との相関は「空腹時血糖」(FPG)値よりも強かった。FPG値のみを糖尿病の診断に用いると、糖尿病患者の実に3割を見逃すことになる。「DECODE Study」は、糖負荷試験の意義を再確認した研究として知られている。
糖負荷試験(OGTT)は、水に溶かした75gのブドウ糖を飲んで、血糖値を2時間後まで時間を追って測る検査。食後の血糖値を正確に調べることができる。
日本人を対象に実施された大規模研究「舟形町コホート」でも、食後血糖値が高めの耐糖能異常(IGT)は心血管疾患による死亡の危険因子であることが示された。糖尿病と診断されないが食後血糖値が高い糖尿病予備群(IGT)の段階でも、死亡リスクは上昇することが日本人でも確かめられている(J Appl Physiol. 2000; 88: 1707-14)。
食事では、生野菜を中心としたサラダから食べ始める「ベジ・ファースト」など、摂取する順番に配慮することによって血糖の急激な上昇が抑えられることが知られるようになった。糖尿病患者だけでなく、軽症糖尿病や糖尿病予備群にとっても、食後の血糖を急激に上げないようにすることが重要だ。
2型糖尿病患者を対象に、野菜を米飯の後に摂取した場合と米飯の前に摂取した場合の、血糖値の上昇を調べた無作為クロスオーバー試験では、野菜から先に摂取すると米飯から先に摂取した場合に比べ、30分後の血糖値は45mg/dL、60分後には21mg/dLそれぞれ上昇が抑えられることが分かった。「食べる順番」を重視した食事が重要であることが示された(糖尿病53(2): 112〜115)。
食事の「食べる順番」を調整して、米飯の前に野菜や、魚・肉料理をとると、胃の運動がゆるやかになり、食後血糖値の上昇が改善することは、関西電力医学研究所のグループの研究でも明らかになっている。魚や肉料理などタンパク質が豊富に含まれる食品を米飯より先に摂取すると、GLP-1分泌が亢進され、胃の働きがゆるやかになり、胃排泄時間が延長することが判明した(Diabetologia. 2016; 59: 453–461)。
食物繊維に富んだ穀物の摂取量を増やすことも糖尿病リスクの抑制につながる。主食となる穀物を全粒粉や玄米などに変えると、食物繊維を多く摂取できる(Arch Intern Med. 2007; 167: 956-65)。
米が精白される過程で、外皮、内皮、胚芽など、ビタミンやミネラルを多く含む部分が削りとられる。同時に食物繊維も失われる。食物繊維は食後の血糖値の急激な上昇を抑えるので、糖尿病を抑制するのに有用だ。
一人ずつ膳で用意され、主菜副菜とも一人分が空間的に盛られ、汁と飯と菜を同時に食べる「本膳料理」は日本人の和食の原型だ。食物繊維の多い炭水化物を摂取でき、主食・主菜・副菜を組み合わせた食事により食後高血糖の改善が期待できる。和食は食後血糖値の上昇を抑えられる点でもメリットが多い(Br J Nutr. 2014; 111(9): 1632-40)。
食後に血糖値が上昇する「血糖値スパイク」のもうひとつの効果的な対策法は運動だ。運動には血中のブドウ糖を消費することで、血糖値の上昇を抑える効果がある。運動はどんな種類のものであっても高血糖を改善するので、「とにかく運動に取り組む」ことが重要だ。
ウォーキングなどの有酸素運動により筋肉への血流が増えると、ブドウ糖がどんどん細胞の中に取り込まれ、インスリンの効果が高まり、血糖値は低下する。
歩く程度の中強度の運動を、1回20〜60分程度、週3回以上、できれば毎日実施することが、血糖コントロールを改善するために推奨されている。運動は、実施可能な時間であればいつ行っても良いが、食後行うと食後高血糖が改善され、糖尿病合併症の予防にも効果的だ。
運動はどのようなタイミングで行うともっとも効果的なのだろう? 持続血糖測定(CGM)を用いて、運動療法の血糖変動への影響を詳細に評価した研究が増えている。
(1)運動なし、(2)食後運動(毎食摂取開始30分後に1分運動+30秒休憩×20セット)、(3)食前運動(毎食時前に1分運動+30秒休憩×20セット)、(4)小分け運動(1日を通して、1分運動+30秒休憩×3セットを30分おきに行う)の4条件を行った研究では、小分け運動がもっとも血糖値の上昇を抑えられることが分かった(J App Physiol. 2017; 123: 278-284)。
運動の強度を高めれば血糖コントロールをより改善できるというわけでもない。糖尿病患者に週5回の中強度や高強度の運動を12週間続けてもらい、運動の前後の血糖変化を比較した研究では、運動の強度よりも時間の方が血糖コントロールにもたらす影響は大きいことが明らかになった(J Diabetes Res 2013; doi: 10.1155/2013/591574)。
短時間の運動でも繰り返し行うと、1日の血糖値の上昇も抑えられ、食後の血糖上昇も抑制などの血糖コントロールに有効だ。一般的に、運動を単回行う場合は、食後30分~2時間から開始し、持続時間が長い方が血糖コントロールを改善できると考えられている。
働き盛りのビジネスパーソンは座ったまま過ごす頻度が高く、低強度の運動に費やす時間が1日にもっとも多いという報告もある。いかにそうした時間に体を動かし、中強度以上の時間を増やすかが課題になっている。
英国のレスター大学の研究によると、座ったままでいる時間が長い人は、血糖値や腹囲、中性脂肪、コレステロールなど糖尿病と関連の深い値が悪化しやすいことが分かった。「座っている時間を短くする、あるいは中断し、適切な運動量をこなすことで、糖尿病リスクを低減できる」という(Diabetologia 2013; 56: 1012–1020)。
すでに糖尿病合併症を発症しているなど、運動療法を制限した方が良い患者の場合は、運動を始める前にメディカルチェックを受け、どのような運動が安全に行えるかを確認する必要がある。そうであっても、ウォーキングなどの中強度の運動であれば多くの人が安全に行える。できるだけ座ったまま過ごす時間を減らし、体を動かすことが大切だ。
「食後高血糖」が注目されている。糖尿病の治療をより早期から開始するために、食後高血糖を発見し、治療のターゲットとする必要がある。
網膜症や糖尿病性腎症といった細小血管症や心筋梗塞などの大血管障害など、深刻な合併症を予防するために、良好な血糖コントロールが非常に重要となる。
ではどの段階から治療を開始すれば良いのか? できるだけ早期から血糖コントロールを行うべきだと考えられている。なぜなら、早期の治療の効果は、20年後、30年後まで影響して、合併症の予防につながる可能性が高いことがこれまでの研究で示唆されているからだ。
2型糖尿病の発症早期における食後血糖管理の重要性は注目されているが、健診などで見逃されやすい。「かくれ糖尿病」とは、糖尿病であるにも関わらず、健診などのスクリーニング検査で捉えられていない糖尿病を指す。
特定健診などの検査は空腹時に行われることが多い。特定健診の基準をクリアしている人でも、実際には糖尿病あるいは糖尿病予備群であったというケースが多い。通常の検査で実施される空腹時血糖だけでは捕捉できない糖尿病やその予備群が4割ほどに上るとみられている。
2型糖尿病の初期には、膵β細胞のインスリン分泌能はまだそれほど低下しておらず、インスリン基礎分泌は保たれている。しかし、インスリン追加分泌が遅延して食後高血糖が現れやすい。
軽症2型糖尿病のインスリンの分泌パターンは、初期のインスリンの基礎分泌能は低下しておらず、立ち上がりは健常人とはあまり変わらない。しかし、インスリンの追加分泌の上昇が遅く、そのピーク時間が後方にずれていき、血糖を下げることができなくなる。
そのため食後数時間の血糖値が正常域を超えて高くなる「食後高血糖」を呈するようになる。
食後高血糖が持続するとインスリン作用が悪くなるインスリン抵抗性という状態を増強させるため、インスリン基礎分泌が減少し、食前(空腹時)の高血糖までみられるようになる。
健診などで見逃されやすい食後高血糖を発見するために効果的な方法のひとつは「尿糖検査」だ。尿糖検査は、尿糖試験紙(薬局で手軽に購入できる)を用いて尿中に排泄される糖を測定する検査。
重要なエネルギーであるブドウ糖は、健康な人なら腎臓で再吸収され尿中にほとんど排泄されないが、血糖値が上がり再吸収される量を超えると糖が尿に漏れてくる。漏れる限界の値を「尿糖排泄閾値」と呼び、この値はおよそ160〜180?/dLだ。血糖値がそれ以上になると尿糖検査が陽性になる。
食後高血糖を確認する場合は、食事をする前に一度排尿して、膀胱に溜まっていた尿を排出する。そのうえで食後2時間程度経ってから測定すると良い。
食後に陽性の反応が出た場合は、食後高血糖の疑いがある。そうした場合は、血糖自己測定(SMBG)を行ったり、医療機関で75g経口ブドウ糖負荷試験を受けると診断を確定できる。
食後高血糖を改善する薬物療法は進歩している。医師が状況に応じて治療方法を決め、選択していくことになる。
糖尿病の初期に多い食後高血糖を改善する経口血糖降下薬として、「α-グルコシダーゼ阻害薬」(α-GI)と、「速効型インスリン分泌促進薬」(グリニド薬)がある。
α-GIは、消化器管内の消化酵素を阻害し、消化・吸収を遅らせることで、食後の血糖上昇を抑制する。
グリニド薬は、膵β細胞からのインスリン分泌を促進することで血糖降下作用を促進する。短時間のインスリン分泌作用があるのが特徴だ。
インスリンを分泌する力が低下している2型糖尿病では、糖分の摂取後すぐにインスリンを分泌して、血糖を速やかに低下させる働きが低下しているために、血糖の上昇とインスリン分泌のタイミングが合わなくなる。
α-GIにより糖質の分解を抑えて、消化・吸収を遅らせることで食後の血糖値の上昇をゆるやかにして、グリニド薬によりインスリンをすばやく分泌させることで、血糖上昇とインスリン上昇のタイミングを接近させ、食後高血糖を改善できる。
これらに加えて、インクレチン関連薬のひとつである「DPP-4阻害薬」が導入される。DPP-4阻害薬は血糖依存性に作用する薬剤で、単独投与であればα-GIと同様に空腹時に服用しても低血糖をきたす可能性は低い。
実際には糖尿病の初期にも「DPP-4阻害薬」が処方されるケースが多いが、グリニド薬、α-GIによる治療も効果がある。これらの薬剤は併用ができる。
HbA1c検査は採血時点の血糖値に左右されず、過去に遡って血糖レベルを調べられる優れた検査だ。検査結果に反映されるのは、採血時点から過去1〜2ヵ月間の血糖状態となる。
しかし、HbA1cには、血糖コントロールが改善したり悪化しても、それが検査値の変化となって現れるのに時間がかかるという短所がある。さらに、食後の短時間の高血糖があまり反映されない傾向がある。
そうした場合、「グリコアルブミン」(GA)検査や、「1,5-アンヒドログルシトール」(1,5-AG)検査は、短期間の血糖変動に敏感に反応し、食前の高血糖はあまり目立たず食後にのみ高血糖になっているようなケースを発見するのに適している。
血液中のグリコアルブミンを測る検査が、グリコアルブミン検査だ。過去1ヵ月間(とくに直近の2週間)の血糖レベルの平均と相関している。
また、尿糖が排泄されるにしたがい減る1,5-AGの量を測るのが1,5-AGの検査。血糖値が高いほど1,5-AG検査の数値は低くなる。検査時点から過去数日間の血糖レベルが分かる。
糖尿病の治療を開始した直後や、薬の種類や量を変更した直後、生活環境・パターンが変わった直後などには、その効果や影響がすぐにわかるグリコアルブミンや1,5-AGなどの検査が役立つ。
『10月8日は、糖をはかる日』について
『10月8日は、糖をはかる日』は、2016年糖尿病治療研究会により制定されました。2021年6月糖尿病治療研究会の解散により、一般社団法人日本生活習慣病予防協会が『10月8日は、糖をはかる日』を継承することになりました。
<糖尿病治療研究会40年の歩み>