糖尿病治療研究会は、10月8日(土)、フクラシア東京ステーション(東京都千代田区)で、『10月8日は、「糖をはかる日」』制定記念講演会を開催しました。以下に、同講演会の概要をご紹介します。
講演会の司会は、岩本 安彦 先生
(公益財団法人朝日生命成人病研究所・附属医院 所長・院長)
池田義雄 先生(糖尿病治療研究会代表幹事)
糖尿病治療における基本は血糖コントロールです。しかし、血糖の動きは人によって異なり、また、いつも一定とは限りません。糖尿病の人がインスリンや経口薬などの薬を使っていると、その動きはさらに複雑になります。
血糖を適正にコントロールするには、血糖の動きをモニターし、コントロールがきちんとできているかどうかを、チェックする必要があります。日常の生活でもそのチェックをできるようにしたのが血糖自己測定(SMBG)です。
これにより、医療機関でしか行えなかった血糖測定を、自宅でも24時間いつでも測定でき、常に変動する血糖値をリアルタイムでとらえられるようになりました。そして、得られた血糖値を治療にフィードバックすることで、より正常に近い厳密なコントロールが可能となったのです。
この方法に関する研究を、1976年に世界に先駆けて開始し、実用化をはかったのが、糖尿病治療研究会代表幹事の池田義雄先生です。それから40年目にあたる2016年に、糖尿病治療研究会は毎年10月8日を「糖をはかる日」に制定しました。
インスリンなどの自己注射療法をしている患者さんには、健康保険で血糖自己測定器が給付され、医師が指示した1日の測定回数に応じてセンサーが給付されます。自己注射療法をしていない患者さんでも、病状によっては年に1度、保険が適用されます。
糖尿病の治療では、食後血糖値のコントロールが重視され、治療効果を知るために医師の判断で患者が自己測定を行うケースも増えています。また、血糖自己測定器と穿刺器、センサーは薬局でも購入できるので、誰でも自費で測定することができます。関心のある人は、医師に相談してみると良いでしょう。
河盛隆造 先生(順天堂大学名誉教授・特任教授)
「肥満」や「やせ」といった体型の違いは、身長と体重をもとに計算する「BMI」を指標に判定されます。海外では肥満の基準は「BMI30以上」ですが、日本では「BMI25以上」。最近の研究で、日本人を含むアジア系ではBMI25未満でも、2型糖尿病などの生活習慣病(代謝異常)にかかる危険性が高いことが明らかになりつつあります。
日本に多い、太っていなくても生活習慣病(代謝異常)になりやすい「やせメタボ」の人は、筋肉でインスリンがうまく作用せず、糖を取り込みにくい体質(インスリン抵抗性)である可能性が高くなります。
研究チームが100人以上の日本人男性を対象に調査したところ、太っていなくても代謝異常を生じている人は、筋肉の質が低下していることが明らかになりました。また、筋肉の質の低下は、「体力の低下」「活動量の低下」「内臓脂肪の蓄積」「高脂肪の食事」などと関連していることも判明しました。
たとえ、食事直後のインスリン分泌が遅延し量も少ないという体質の人でも、肝臓のインスリン感受性が高ければ、食事摂取時の肝・ブドウ糖取り込み率は高く、夜間の肝・ブドウ糖放出率が過剰にならず、血糖応答はいつも正常です。しかし、脂肪肝などで肝でのインスリンの働きが低下すると、血糖応答に乱れが生じ、血糖値が高くなるのです。
2型糖尿病を発症する人が30〜40歳代の世代でも増えています。糖尿病の初期段階では食後高血糖が起こることが多いと言われています。河盛先生は、「誰にでも糖尿病を発症するリスクがある。しかし、体にはもとの正常な状態に戻そうという働きも備わっている。まずはご自分の体の状態を知ることが必要で、食後の血糖値をはかってみることが大切だ」、と話されました。
森 豊 先生(東京慈恵会医科大学附属
第三病院 糖尿病・代謝・内分泌内科教授)
現在、血糖変動を連続的に捉える手段として、糖尿病領域では「持続血糖モニター」(CGM)が広く臨床で用いられています。CGMにより血糖の日内変動の全体像がよく見えるようになり、インスリンの調節や低血糖対策だけでなく、血糖自己測定(SMBG)で捉えられなかった血糖状態を把握できるようになりました。
食後高血糖、低血糖、急激な血糖低下などの血糖変動が、心血管疾患発症に大きく関与していることが、最近の欧米の大規模研究で明らかになってきています。CGMで1日の血糖変動を細かく把握することが、こうした合併症の予防・改善に役立つとされています。
森先生らは、小型軽量の装置を身に付け、長時間の心電図を観察・記録する「ホルター心電図」とCGMを同時に装着し、1日の血糖変動に連動した交感神経活動の変化を24時間にわたり測定する研究を行いました。
その結果、食後の血糖値が上昇する時間帯ではなく、急激に低下する時間帯に交感神経の指標の上昇がみられ、特に夕食後の血糖ピーク時から夜間深夜に続く時間帯の低血糖は、「交感神経」の緊張を引き起こすことが明らかになりました。
夜間深夜帯は、本来であれば血糖値の変動が少なく、「副交感神経」が優位で「交感神経」の働きは低下します。この時間帯に血糖値が大きく変動し、交感神経が活発になるのは危険な状態で、不整脈など体にとって有害な防御反応が働く可能性があります。
さらに、長期的にみると、夜間に起きる急激な血糖変動は交感神経の活動に緊張を引き起こし、冠動脈内プラ―クができやすくなるなど、心血管イベント発症に大きく結びつくと考えられます。
現在、糖尿病の治療で使われる血糖降下薬(経口薬)は6種類ありますが、その中で「DPP-4阻害薬」は、夕食後の血糖上昇を抑えて夕食後から夜間深夜帯に続く血糖変動を平坦化させることで、同時間帯の交感神経活動の亢進を抑える効果を期待できるというものです。
「食後高血糖を抑えるだけでなく、夕食後の血糖上昇を抑え、特に夜間深夜帯の血糖変動を平坦化させる治療も必要とされている」と、森先生は話されました。
『10月8日は、「糖をはかる日」』制定記念講演会では、ヘルスケア企業であるアボット ジャパンの協力により、会場内に「検体測定室」を設置しました。ここでは、同社の血糖自己測定器である「フリースタイル プレシジョンネオ」により、多くの方が血糖自己測定を行いました。
血糖自己測定では、自分の血糖値がどのくらい高いのかを簡単に知ることができます。血糖値が高くても自覚症状はほとんどあらわれないため、日々の生活の中の血糖値を知ることができる血糖自己測定は、自身の健康状態を知るための強い味方になります。
セルフメディケーション推進の流れに後押しされ、薬局などを中心に血糖自己測定などを行える「検体測定室」を開設するところも増えています。関心のある方は、お近くの「検体測定室」で相談してみましょう。
血糖値は通常、空腹時に低く、食後に高くなりますが、空腹時血糖値は正常または境界領域でも、食後の血糖値のみが高くなる(200mg/dL以上)「血糖値スパイク」が、最近注目されています。この状態を放置しておくと、やがて空腹時血糖値も高くなり、2型糖尿病へと進行していきます。
その場合、空腹時血糖値だけでは糖尿病と気付かず、経口ブドウ糖負荷試験によってはじめて糖尿病と診断されることになりますが、このような人の多いことが、多数の大規模臨床試験で確かめられています。また、たとえ空腹時血糖値が正常範囲内であっても、食後高血糖(200mg/dL以上)が起きている患者さんでは、正常型(140mg/dL未満)の人よりも、動脈硬化が進行しやすく、心筋梗塞や脳梗塞などで死亡する危険が2倍に上昇することが分かっています。
糖尿病は自覚症状なく進行し、全身にさまざまな合併症を引き起こす病気です。しかし、初期の段階で気づけば、食事や運動などの生活習慣の改善だけで、進行をくい止めることもできます。
2型糖尿病の初期の危険サインである食後高血糖を見逃さないことが、糖尿病の早期発見、早期治療のために重要です。そして、食後高血糖の発見に効果的なのが血糖自己測定なのです。血糖自己測定器を用いれば、家庭でも手軽に食後の血糖値を知ることができます。血糖値は食後1〜2時間後に上昇しやすいので、積極的に食後の血糖値を測ってみましょう。
『10月8日は、糖をはかる日』について
『10月8日は、糖をはかる日』は、2016年糖尿病治療研究会により制定されました。2021年6月糖尿病治療研究会の解散により、一般社団法人日本生活習慣病予防協会が『10月8日は、糖をはかる日』を継承することになりました。
<糖尿病治療研究会40年の歩み>