第78回米国糖尿病学会(ADA2018)
第78回米国糖尿病学会年次総会(ADA2018)が6月22日〜26日にフロリダ州オーランドで開催され、糖尿病治療の最新動向ついての多くの研究が発表された。糖尿病患者のメンタルヘルスの問題も大きな話題となった。
うつ病が糖尿病を悪化させる
糖尿病は米国の3,000万人以上に影響を及ぼしている深刻で複雑な疾患だ。糖尿病患者は食事や運動、薬物療法など、毎日の自己管理に対して責任を負い、糖尿病の悪化も自己責任によるものが多い。このことが患者にって大きなストレスとなり、うつ病や不安症のリスクを高めている。
研究では、うつ病の症状は血糖値の悪化と糖尿病関連の合併症の増加と関連していることが示されている。糖尿病治療ではメンタルヘルスを重視し、予防プログラムを策定し、スクリーニングとケアを充実させることが、糖尿病予備群や糖尿病患者のQOLを向上するために重要だ。米国糖尿病学会でメンタルヘルスについての研究発表が行われた。
糖尿病とメンタルヘルスの間には双方向の関係がある。医療従事者は、糖尿病患者のメンタルヘルスに対してスクリーニングをして、不調の兆候を発見し、適切なケアを行えるよう訓練されるべきだと、糖尿病患者の適切な心理・社会的ケアについてのレコメンデーションは推奨している。
「糖尿病の苦しみ」(Diabetes Distress)
「糖尿病治療では、メンタルヘルスを含む包括的なケアが必要です」と、米国のエモリー大学ロリンズ公衆衛生大学院のメアリー ベス ウェーバー氏は強調する。
「糖尿病は患者さん自身による自己管理が必要な疾患であり、患者さんが健康を促進する行動をとれるようにするため、エンパワーして能力を高める必要があります。そのために医療者による患者教育が欠かせません。患者さんが意思決定できるように、自己効力感を高めることが必要です」と、ウェーバー氏は言う。
「自己管理は常にうまくいくわけではなく、糖尿病患者さんはストレスを抱えやすくなります。糖尿病になった日は、まさに天からフルタイムの仕事を与えられたようなもの。この仕事は特別で、残りの人生に大きな影響を与え、しかも休暇も給与もありません」。
そのため患者の多くがメンタル面で問題を抱えている。メンタルヘルスの不調は、糖尿病の危険因子だ。医療者は必要に応じてカウンセリングや投薬をする必要がある。糖尿病とメンタルヘルスを組み合わせた効果的な治療が、糖尿病か患者の健康全体を改善するために不可欠だとしている。
神経内分泌学の発展に期待
「糖尿病のある人は、糖尿病のない人に比べ、うつ病に2倍なりやすい」と、ジョン・ホプキンス大学医学部のシュリータ ヒル ゴールデン氏(内分泌代謝学)は、糖尿病とうつ病の関連について指摘している。
ゴールデン氏によると、2型糖尿病は罹病期間が長くなるにつれ、うつ病を発症するリスクが上昇していく。また、うつ病を発症すると2型糖尿病を発症しやすい。さらには、うつ病を発症すると糖尿病がさらに悪化するという悪循環に陥りやすい。
「臨床医は、糖尿病患者のうつ病をクリーニングすると同時に、うつ病患者の糖尿病をクリーニングするべきです。ふたつの疾患を適切に治療することで、ストレスホルモンの影響に対処できるようになり、進行中の疾患を改善できるようになる可能性があります」と、ゴールデン氏は言う。
うつ病のサインを見逃さない
国立心肺血液研究所(NHLBI)とアメリカ国立衛生研究所(NIH)の支援を受けて実施されているMESA研究に、米国の6つの地域の6,000人以上の男女が参加した。
研究では、糖尿病の重症度や、肥満などのうつ病の危険因子について考慮した上で、2型糖尿病患者はそうでない患者に比べ、3年間にうつ病を発症するリスクが50%高いことが明らかになった。また、うつ病の患者は3年間で2型糖尿病を発症するリスクが21%高く、肥満、不健康な行動、炎症が進行しやすいことも分かった。
うつ病を進展させるストレスホルモンは、コルチゾールとアドレナリンだ。うつ病を発症しやすい2型糖尿病の患者は、これらのホルモンの分泌に異常が起きていると考えられるという。ストレスホルモンの分泌の異常なパターンがあらかじめ分かっていれば、効果的な治療により予防が可能になる。
「うつ病は決してまれな病気ではありません。また、医学的に介入が可能な疾患です」と、ゴールデン氏は言う。医療者はこのことをよく理解し、2型糖尿病患者のうつ病のサインを見逃さず、適切に対応できる体制づくりを進める必要があるという。
これらの共通するリスク要因を特定して介入でできれば、医療者はふたつの疾患を同時に治療できるようになる。2型糖尿病とうつ病の生物学的な関連性を解明し、効果的な行動的アプローチを開発する必要がある。また、これらのメカニズムを標的とした新薬も求められている。
糖尿病のある人のための心理的ケア
「糖尿病への不安とやるべきことの多さに圧倒されて、多くの患者が糖尿病に直面して無力さを感じています。十分な努力しているはずなのに、血糖コントロールはなかなか改善しない。自分の力が及ばないに思えてくると、QOLにも悪影響が出ます」と、ゴールデン氏は言う。
最近の報告で、多くの患者は周囲のサポート得られれば、糖尿病とうまくつきあっていけることが示されている。配偶者などの家族や親が糖尿病のコントロールを手伝ってくれれば、患者の気持ちは少しは楽になる。
米国疾病予防管理センター(CDC)が主導する「糖尿病予防プログラム」(DPP)では、糖尿病予備群が食事や運動などのライフスタイルを改善することで、2型糖尿病への進展を58%抑えられることが明らかになった。60歳以上では2型糖尿病への進行を71%抑えられた。多職種が協力し合って患者に対応することで、糖尿病は改善できることが分かってきた。
「地域密着型のプログラムも効果があり、費用対効果も高いことが明らかになっています。こうした取り組みをメンタルヘルスの分野までアップデートすることも必要です」と、CDCの糖尿病伝達部のディレクターであるアン オルブライト氏は言う。
メンタルヘルス指導者を育成する専門教育コース
米国糖尿病学会(ADA)は、糖尿病患者の心理的・社会的ケアを向上するために、2016年に共通ステートメント「糖尿病のある人のための心理的ケア」を発表した。それ以降、米国心理学会(APA)と連携し、メンタルヘルス指導者を育成する専門教育コースを提供し、糖尿病とともに生きる人のもつ複雑な背景を考慮しながら支援する体制づくりに務めている。
「こうした共同作業が進むにつれ、糖尿病の心理社会的側面はより適切かつ適切に対処できるようになるでしょう」と、ウェーバー氏は指摘する。
医師と相談して治療法を見直したり、糖尿病療養指導士に相談して治療の基本を再確認することも解決策のひとつになる。食欲の低下や睡眠パターンの変化、趣味などの自分が好きだったことへの興味を失う、気分の落ち込みが長く続いたら、医療者に相談するようアドバイスしている。
Expanded Access to Prevention Programs and Acknowledging Increased Risk of Depression Among People with Diabetes Can Reduce Complications and Prevalence, and Improve Outcomes and Quality of Life(米国糖尿病学会 2018年6月25日)
[ Terahata ]