あまり知られていないが、日本はインスリン治療にアクセスしやすい、世界でも恵まれた医療先進国だ。しかし、世界の多くの国で、インスリンはいまだに高価な医薬品だ。米国ではインスリンの価格が高騰しており、インスリン治療を続けられない患者が増えている。
インスリンが10年間で3倍に値上がり
米国の糖尿病有病者数は2002年には1,350万人だったが、2013年には2,230万人と65%増加した。同じ期間に、インスリンの平均価格は、1mLあたり490円(4.34ドル)から1,450円(12.92)ドルと、およそ3倍に値上がりしていると、「米国医師会雑誌」(JAMA)に発表された研究は指摘している。
インスリンの価格が高騰した結果、インスリン療法を必要とする糖尿病患者が治療を受けられなくなると、米国糖尿病学会(ADA)の専門家委員会は懸念を表明している。糖尿病患者がインスリンにアクセスできるよう速やかな支援が必要だとしている。
インスリンの価格上昇の原因を究明するために、関係する組織や企業にヒアリングをして、適正な価格設定に向けた透明性をもった実態調査が必要だと強調している。
米国糖尿病学会(ADA)は2017年1月に、米国のインスリン療法が必要なすべての患者にインスリンを届けられるよう、社会全体で医療を考えるための新しいサイト「
makeinsulinaffordable.org」の公開を開始した。
ADAはインスリンを適正な価格で利用できるようにするよう、昨年11月から著名活動を開始し、現在までに19万3,000人を超える糖尿病患者や医療従事者の賛同を集めているという。
「インスリンは生命を維持するために必要な重要な医薬品です。インスリンの価格が高く、購入できないようになると、危険な合併症を発症する患者が増えます。特に、高齢者や低所得層、マイノリティでこの問題は深刻です」と、ミシガン大学内分泌・糖尿病分野の教授で、米国内分泌学会の専門委員会の議長であるロバート ラッシュ氏は言う。
インスリンの価格が高く治療を続けられない
オバマ前大統領が在任時に進めた医療保険制度改革によって、米国では医療保険の加入者が急増したが、個人が民間の健康保険を購入する仕組みは変わっていない。これに対して日本は、国民健康保険が「公的保険」として機能しており、国民皆保険制度が実現している世界でも数少ない恵まれた医療先進国だ。
米国ではインスリンの価格が高いために、インスリン治療を受けられない、あるいはインスリンの投与量が足りないために、血糖コントロールが悪化し、合併症に苦しむ患者は増えているという。解決策は必要なインスリンを十分に供給することだ。
「医薬品の価格高騰は、インスリンだけでなく、高血圧や心臓病の治療薬も十分に供給でなくなる原因になります。患者は苦しい選択を迫られることになります」と、ラッシュ氏は言う。
インスリンの価格が高騰している原因は十分には分かってないが、▽インスリンを含む医薬品全般の価格が上がっていること、▽インスリンの後発(ジェネリック)医薬品が普及していないこと、▽米国の保険会社と薬剤給付管理者、医薬品会社が価格について十分な交渉を行っていない可能性があること、などが指摘されている。
インスリン価格を最大で40%値下げ
日本では医療用医薬品の価格は「薬価」と呼ばれる。薬価は、国の医療保険制度から、医療機関や保険薬局に支払われる時の薬の価格のことで、製薬企業の資料などをもとに厚生労働省が決める「公定価格」だ。
公定価格である日本の医療用医薬品は、原則として2年に1度の価格改定のたびに、価格が引き下げられているため、製薬会社が価格を自由に設定できる国に比較して安価になる傾向がある。
米国では、日本のように政府が薬価を決める仕組みがなく、製薬会社が自由に薬価を設定でき、医薬品の価格決定が適正かを政府が監視する仕組みが弱い。
ADAなどは、米国でも時勢に即した薬品の価格決定方式を策定し、社会変動も予測しながら価格を設定し、患者の自己負担をなるべく減らす政策が必要と主張している。これを受けて、インスリンを販売している製薬企業は、特に高額な医療保険に加入できない低所得層向けに、インスリンの価格を最大で40%下げる方針を発表した。
トランプ大統領は、選挙前は薬価引き下げに消極的とみられていたが、現在は薬価引き下げに意欲を示している。一方で、製薬団体からは政府が医薬品の価格設定に介入することに関する反発もある。
必要な患者がインスリン治療を受けられるよう呼びかけ
米国糖尿病学会(ADA)が開設した新たなサイトでは、インスリンを必要とするすべての糖尿病患者が安価なインスリンを入手できるよう、署名運動による参加を呼び掛けている。
「インスリンの価格の上昇している現状はまったく憂慮すべき状況です。インスリンの問題について、糖尿病患者や糖尿病医療に関わるすべての医療関係者と共有し、問題解決に向けた行動を開始する必要があります」と、ADAの医療・サイエンス部門部長であるデズモンド シャッツ氏は言う。
現在治療に使われているインスリン製剤は、多数の特許で守られており、製造できるメーカーは世界でも限られている。新しいタイプの次世代型インスリン製剤の開発が進められており、世界的にはインスリンの価格は上昇する可能性がある。
一方で、インスリンの後発(ジェネリック)医薬品である安価なバイオシミラーも出ている。既存の薬剤とうまく組み合わせて、より医療費を抑えながら効果的な治療を行うことが可能になっている。
「インスリンのコストを下げて、インスリンを必要とするすべての人々の手に届けられるようにするよう、医療制度を変えていく必要があります。政府の公共政策や、民間に協力を求めて、糖尿病の医療費をより安くできる、持続可能な方法を開発することを求めています」と、シャッツ氏は強調している。
American Diabetes Association Launches Online Hub for Insulin Affordability Advocates(米国糖尿病学会 2017年1月25日)
Stand Up For Affordable Insulin(米国糖尿病学会)
[ Terahata ]