東京大学医科学研究所研究チームが、ラットの体内でマウスのiPS細胞から膵臓を作り、この膵臓の細胞を移植する「異種移植」を行い、糖尿病のマウスを治療することに世界ではじめて成功した。
iPS細胞を使い膵臓を再生するのに成功
体のさまざまな組織に分化する能力のあるiPS細胞やES細胞を使って、ラットの体内で膵臓を作り出し、その膵臓を糖尿病のマウスに移植して、糖尿病を治療することに、東京大学医科学研究所の研究チームが世界ではじめて成功した。
欧米では動物の臓器や細胞を人に移植する「異種移植」の臨床研究が始まっている。今回の研究は、将来に動物の体内で移植用の人の臓器をつくる研究を進めるうえで大きな成果となる。
研究は、東京大学医科学研究所の中内啓光教授(スタンフォード大学教授兼任)、山口智之特任准教授らの研究チームによるもので、科学誌「ネイチャー」オンライン版に発表された。
膵臓の「異種移植」に世界初の成功
多能性幹細胞は、体中のさまざまな組織に分化する能力をもつ細胞で、「iPS細胞」(人工多能性幹細胞)と、「ES細胞」(胚性幹細胞)の2種類がある。
iPS細胞などからさまざまな細胞を作れるが、移植用の臓器や組織を体外で作ることは難しい。研究チームはヒトの臓器をブタなどの体内で作り移植する再生医療を目指している。
研究チームは、遺伝子操作で膵臓ができないようにしたラットの受精卵に、マウスのiPS細胞やES細胞を注入し、ラットの子宮に戻した。誕生したラットの膵臓はマウスのもので、一般的なマウスの膵臓の10倍ほどの大きさに育った。
この膵臓からインスリンを分泌する膵島を分離し、糖尿病のマウスの腎皮膜下に移植した。その結果、移植後1年間、血糖値が正常な値に維持された。膵島の働きにより、糖尿病の症状が改善したと確認できた。
免疫抑制剤は必要なし 有効性と安全性を確認
膵島はラットの血管などの細胞をわずかに含むが、拒絶反応を抑える免疫抑制剤は、術後5日間投与しただけで、その後は不要だった。また、移植を受けたマウスには腫瘍形成などの異常は一切みられなかった。
研究チームは2010年にも同様の手法で、今回とは逆となるマウスの体内でラットの膵臓を作るのに成功している。ただし、できた膵臓は小さなサイズだった。今回の研究では、膵島のサイズは10倍になり、移植し治療するのに十分な量を得ることができた。
研究チームは、「今回の成果で、異種キメラ動物の体内で作製した臓器を移植した際の有効性と安全性が示された。胚盤胞補完法を利用した臓器再生および再生臓器の移植治療が実現可能であることを実証できた」と述べている。
「異種移植」による糖尿病根治に向けて大きな前進
1型糖尿病は、インスリンを産生するβ細胞が自己細胞によって破壊されることで発症する疾患。β細胞は膵臓の膵島にある。膵島移植は膵島を分離して移植する治療法で、1型糖尿病患者をインスリン治療から解放する唯一の根治療法だ。
しかし、膵島移植には大きな課題がある。そのひとつは膵島を提供するドナーの不足だ。膵島移植が効果的な治療であることは実証されているが、深刻なドナー不足のため、日本での実施数は伸び悩んでいる。
そこでこの課題を一気に解決する新たな治療法の開発が世界中で行われている。それが、「異種移植」による膵島移植だ。
動物の臓器や細胞を人に移植する異種移植の研究は数十年前に始まり、現在は実現まであと一歩のところにきている。欧米では既に臨床研究が始まっており、治験や製品化の動きも出てきている。
日本では人への異種移植の実施例はまだないが、異種移植のガイドラインである「異種移植の実施に伴う公衆衛生上の感染症問題に関する指針」が2016年に改定され、異種移植の実用化に向けてた環境整備が進められている。
今回の研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業 インキュベートタイプ(LEAP)における研究開発課題「発生原理に基づく機能的立体臓器再生技術の開発」(研究開発代表者:中内啓光)ならびに科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「中内幹細胞制御プロジェクト」の一環として行われた。
東京大学医科学研究所研究
Interspecies organogenesis generates autologous functional islet(Nature 2017年1月25日)
異種移植の実施に伴う公衆衛生上の感染症問題に関する指針
[ Terahata ]