Part3 仕事とSAP療法
~成人発症の男性患者さん~ 前編
SAP(Sensor Augmented
Pump)療法とは、CGM機能を搭載したインスリンポンプによる治療のこと。腹部などに装着したセンサーで連続的に間質液中のグルコース(センサーグルコース値)の濃度を測定し、インスリンポンプのモニタ画面に測定値を表示します。
間質液中のグルコース濃度は血糖値そのものではありませんが、血糖値とある程度相関することがわかっており、連続して測定することで、患者さんがご自身でリアルタイムに血糖変動を確認することができます。
前編:糖尿病を発症したときのこと
お話を聞いた皆さん
加藤 研 先生
大阪医療センター
糖尿病内科科長
1型糖尿病/13歳発症/医師/ご家族:3人のお子さん+インコや金魚など生き物多数!/
SAP療法で治療中
Kさん
劇症1型糖尿病/37歳発症/自営(飲食店経営)/ご家族:ボーダーコリー犬の"ジェイク"くん
SAPで治療中
YSさん
1型糖尿病/50歳発症/会社員(営業職)/ご家族:高校3年生と中学3年生のお子さん
SAPで治療中
RSさん
1型糖尿病/27歳発症/会社員(営業職)/ご家族:2年前にご結婚
SAPで治療中
はじめに
加藤 先生
糖尿病とは、もう37年のつきあいです。患者として糖尿病を100%受け入れられているかというと、正直そうではありません。しかし、一緒に歩いていくしかないなら、できるだけ仲良くつきあっていきたいと思っています。私の専門医としての知見と患者としての経験や思いをもとに、患者さん1人ひとりに最善の治療、サポートをしていきたいと考えています。今回の座談会も、読者の皆さんの参考になればうれしいです。
突然の発症から診断まで
加藤先生
私は13歳の時に糖尿病を発症しました。当時は「1型糖尿病」ではなく「IDDM」*といっていたので「糖尿病」という認識は薄かったように思います。母親は深刻に悩んでいるようでしたが、私は「注射を打つ病気」くらいにしか考えておらず、医学は進むのだからそのうちに治るだろうと思っていました。
*IDDM:Insulin Dependent Diabetes Mellitus。体内でインスリンが分泌されなくなり、体外からインスリンを補充する必要がある「インスリン依存型糖尿病」のこと。1型糖尿病の多くの場合これに当てはまりますが、正確に同義ではありません。一方、インスリンを補充しなくてもよい状態を「インスリン非依存型糖尿病」と呼びます。
YSさん
健康診断で引っかかったことで1型糖尿病とわかりました。約1年半前の50歳のときのことです。
RSさん
私は2年前の27歳のときに発症しました。その年の4月に転職したばかりで、結婚してまだ間もない時期でした。
倦怠感、トイレの回数が普段の倍くらいになって、喉が渇いて。夏バテかなと思っていたのですが、症状が続いたのでネットで調べると、糖尿病の症状と重なったので、半信半疑で糖尿病専門クリニックを受診したら、1型糖尿病と診断されました。
Kさん
僕が発症したのは約8年前の37歳のときです。微熱と倦怠感などから自分で病院を受診しましたが、1軒目と2軒目の病院では「風邪」と言われて、3軒目でやっと「1型糖尿病」とわかりました。
風邪と言われた病院の待合室で背中がすごく痛くなって、水を飲んでは吐くを繰り返し、帰宅後には意識が朦朧としていました。
加藤先生
Kさんの背中の痛みは、ストレス下で起こりやすい蛸壺(タコつぼ)心筋症という、狭心症に似た症状を合併していたことが原因です。
Kさん
当時、同居していたパートナーも只事ではないと思ったそうです。3軒目の病院に着いたときにはほぼ意識がなく、そこから救急車で大阪医療センターに運ばれて入院となりました。
血糖値は1300mg/dLくらいで、先生からはあと数時間遅かったら命が危なかったよと言われました。
RSさん
私も、血液検査の結果、血糖値が700mg/dL以上あると言われ、糖尿病の疑いが濃厚ということで、私も妻もよく理解できないまま、大阪医療センターを紹介してもらって、即入院になりました。
YSさん
私の場合、秋に受けた健康診断でHbA1cが7.5%で要再検査となりましたが、体調はまったくもって普通だったので、それほど深刻には受け止めていませんでした。
でも、年が明けて再検査をしたら、HbA1cが9.0%に。そのときに初めてⅠ型糖尿病と診断され、即入院となりました。後から考えれば、喉の渇きがあって、トイレが近かったように思います。
加藤先生
Kさんは劇症1型糖尿病で、RSさんとYSさんは急性1型糖尿病です。3人、それぞれ状況は違いましたが、程度の差はあれ、1型糖尿病に共通ともいえる多飲、多尿、体重減少はあったと思います。
病気への思い
YSさん
糖尿病は生活習慣の乱れから発症するというものというイメージでした。自分自身が糖尿病と診断されて、初めて1型と2型があることを知りました。
Kさん
私も、糖尿病に1型2型があるとも知らず、なんとなく「贅沢病」というイメージを持っていました。自分が1型糖尿病になって、病気が治らないと聞いて、かなりショックを受けました。なんで僕なのだろうと思っていましたね。
RSさん
糖尿病は自分にとって縁遠い存在で、まさか自分がなるとは本当に思ってもいませんでした。1型糖尿病って聞いても、何が悪くなって、具体的にどう影響する病気なのかが、全くイメージできなかったです。
今までできたことが、できなくなるのだろうか、今まで通り仕事がやっていけるかどうか、とても心配で、不安定でした。
YSさん
これからインスリン投与をずっとしていくことになると言われて、本当にパニックになりました。糖尿病のことをネットで調べて、網膜症や足の壊死、腎障害などの合併症のことを知って、ますます怖くなっていましたね。
Kさん
入院中は気持ちも弱って明るくは考えられませんでしたが、加藤先生からご自身も1型糖尿病とお聞きし、同じ病気の方が結構いて、自分だけではないことがわかりました。先生に「慣れたら何でもできるよ」とおっしゃっていただき、少しずつ前向きになっていきました。
加藤先生
皆さん、当初は1型2型があることもご存じなかったですよね。おそらく日本中の方がそんな感じなのではないでしょうか。
1つ申し上げておきたいのは、1型だけではなく2型も必ずしも生活習慣が悪いために発症するわけではないことです。2型糖尿病の発症が食べ過ぎ、運動不足、肥満などが原因で本人のせい、という風潮がありますが、それは正しくありません。関連は一部ありますが、それだけで発症するわけではないこと、本人のせいではないこともあることを知っておいてほしいです。
生活にどんな不安があった?
RSさん
はじめはもう全部、分からなかったのが正直なところですけど、今まで通りの生活にどれだけ戻れるのかが一番知りたかったことです。具体的にいうと、運動と血糖値の関係です。
どれぐらい運動すれば、どれぐらい血糖値が低くなって危なくなるのか、逆にどれぐらい食べたら、投与しているインスリンによる制御が利かなくって、高血糖になってそれがどのくらい継続するのか、とかですね。
Kさん
私も普段からめっちゃ運動をしてたので、それもできなくなるのかなっていう不安もありました。そんなことはなかったのですが、ちゃんと理解するまで心配でした。
YSさん
僕はやはり食事が一番難しかったですね。好きなときに好きなものを食べて、当時はタバコも吸って、飲みに行って、夜中にラーメンを食べるようなことをやっていました。これからはそうはいかないだろうなと思いました。
栄養士の先生に教えてもらって少しずつわかってきましたが、インスリンの適用量を理解するまで時間がかかって苦労しました。私はSAPの前はインスリン注射で治療していたのですが、注射の経験は大事だったと思います。
私は飲食業で、もともと食べるのが好きなので、食べたらいけないものがたくさんあるのかなという不安がありました。実際は、食べたらいけないものはなかったです。
Kさんとジェイクくん
退院後のトラブルは?
RSさん
少し動いただけで、低血糖になってしまったことがありましたね。
Kさん
僕も、退院して嬉しくなって出かけたら、家からちょっと歩いただけで低血糖になったことがありました。
歩いただけなのに!?っていう驚きがありました。ふだん、犬の散歩で毎日1時間くらい歩くので、インスリン量の調整がうまくいかなくて、いまだに低血糖になることがあります。
RSさん
ランニング前は炭水化物を摂るよう言われていたのですが、血糖値が上がる恐怖があってなかなか摂れなくて、血糖値が下がり始めるタイミングでコンビニへ行って補食するというギリギリの管理をしていました。
今は走る前にプロテインバーを摂ることを試しています。
皆さんがおっしゃる通り、入院中は、食事については実際に食べて、栄養士と一緒に学んでもらうことができますが、やはり、運動と血糖の動きを実践的に理解してもらうことは難しい。そこは、われわれの今後の課題ですね。
加藤先生
周りからのサポート
RSさん
発症当時は不安定な気持ちだったのですが、加藤先生をはじめほかの先生方も、看護師の方も、親身になって励ましてくれました。今でも相談は、加藤先生にしています。あと妻にもいろいろ相談します。
YSさん
私の周りの人たちは、ほとんど糖尿病に1型2型があることも知りません。友人にはいろいろ説明して、自分の1型糖尿病を理解してもらえるようになりました。
食事に関しては、以前は、昼は外食だったのですが、今は妻にお弁当を作ってもらっています。妻にはいろいろ相談もしています。
Kさん
相談相手は、病院の先生方で主に加藤先生と栄養士の先生です。親には説明しても、分かってもらえませんでした。いまだに「夜中のラーメンのせいじゃないの」とか言われています。
RSさん
妻には食事面でも気持ちの面でもサポートをしてもらっていて、血糖値の状況は共有しています。妻は糖質の量を計算しながら料理を作ってくれて、昼にはお弁当を持たせてくれています。
YSさん
私は50を超えてきましたので、年齢的な身体の不具合も出てくると思うのですが、足が痛くなったら、ついつい合併症の壊死ではないかとか心配になってしまって。先生から「糖尿病は関係ないから整形外科で診てもらった方がいいですよ」と言ってもらって安心しました。
加藤先生
僕の体験が、患者さんみんなにズバリ当てはまるわけではないですけども、似たような疑問を持つことはあると思うので、自分の経験からお話しすることがありますね。
コラム
糖尿病の情報収集、どうしてる?
Kさん
以前はネットの糖尿病の方の電子掲示板みたいなところの質疑応答を見ることもありましたが、もう最近は見なくなりました。血糖コントロールの仕方がそれぞれ違うだろうし、環境も全然違います。
僕は飲食業で不規則な仕事なので、僕は僕のパターンを自分で見つけていくしかないと考えています。
RSさん
入院中は時間があったので、1型糖尿病の2021年に引退した元阪神の岩田稔投手の本を読んで参考にしました。退院してからは、ネットでいろいろ情報収集をしていました。
でも人それぞれでいろんなケースがあるので、自分に合ったやり方がやっぱり一番大切。それをこの1年で少しずつ見つけることができてきたと思うので、だんだんネットはあまり見なくなりました。
YSさん
最近、1型糖尿病で検索したらいろいろ見つかったので、YouTubeも情報源です。参考になりそうなものを見極めて、取り入れてみようと思っています。
RSさん
僕も、YouTubeでローカーボの食事を定期的にあげている方がいるのですけど、おいしそうだと妻に頼んでそのメニューを作ってもらうことがあります。
加藤先生
ネットでの情報は今日、出席していただいている皆さんのように情報の取捨選択ができる場合はよいのですが、さまざまな情報に振り回される患者さんもいますので、気を付けてほしいと思います。中には治療の妨げになるような誤った情報もありますから、何かを試してみる前に医師にちょっと話してくれるといいと思います。
この座談会は2022年9月に実施しました