Part2 妊娠・出産とSAP療法 前編
SAP(Sensor Augmented
Pump)療法とは、CGM機能を搭載したインスリンポンプによる治療のこと。腹部などに装着したセンサーで連続的に間質液中のグルコース(センサーグルコース値)の濃度を測定し、インスリンポンプのモニタ画面に測定値を表示します。
間質液中のグルコース濃度は血糖値そのものではありませんが、血糖値とある程度相関することがわかっており、連続して測定することで、患者さんがご自身でリアルタイムに血糖変動を確認することができます。
前編:SAP機器
お話を聞いた皆さん
小谷紀子 先生
国立国際医療研究センター病院
糖尿病内分泌代謝科
1型糖尿病/1人目のお子さんを出産後に発症(28歳)/
SAPで治療中
さちさん
1歳8か月のお子さんのママ
1型糖尿病/19歳発症/
SAPで治療中
みーちゃんママ
5歳の男の子と1歳5カ月の女の子のママ
1型糖尿病/1人目の妊娠中に発症(38歳)/
現在はインスリンポンプとisCGMで治療中
MFさん
6歳と1歳10カ月のお子さんのママ
1型糖尿病/38歳発症
現在はインスリン注射で治療中
はじめに
小谷先生
妊娠・出産に不安を持っておられる糖尿病の患者さんは多いと思います。特に妊娠期間中は、病気が赤ちゃんに影響しないかという不安が頭から離れることはないかもしれません。それでも、私は、患者さんには妊娠期間を少しでもゆったりと赤ちゃんの成長を楽しむ時間にしてもらいたいと願って診療にあたっています。今回は、CGM搭載型インスリンポンプ(以下、SAP*)を活用して血糖管理を行いながら無事に元気なお子さんを出産され、今は子育てを頑張っておられる1型糖尿病の患者さんにお集まりいただきました。SAP療法の経験を含めて、妊娠・出産の時期をどんな思いで、どんなふうに過ごしていらしたのか、忌憚のないお話しをお伺いできればと思います。
*SAP:文中では、SAP療法のために用いるCGM機能(連続的に間質液中のグルコースの濃度「センサーグルコース値」を測定する機能)のついたインスリンポンプのことを指します
糖尿病を発症したときのこと
小谷先生
私は28歳で1人目の娘を出産し、育休が明けた矢先に会社の健康診断で1型糖尿病だとわかりました。そして、1型糖尿病の診療に携わりたいと思うようになり、会社を辞めて医学部に進み医師になりました。
しかし、研修医になった途端に血糖の状態が悪くなって、3カ月でHbA1cが6%から8%まで一気に上がりました。当時は頻回注射の時代でしたが、白衣の中にインスリンペン(インスリンペン型注入器)や血糖自己測定器は携帯できないし、食事をとる時間もまちまちで、自分の血糖管理ができていないのに、糖尿病患者さんの診療に当たるという矛盾した状況でした。
その後、SAPを使用するようになってからは、血糖管理がある程度は適切にできるようになり、すごく楽になりました。
MFさん
私は今から3年ほど前、35歳のときに1型糖尿病を発症しました。糖尿病になってからあまり時間が経っていなくて、正直まだ血糖管理も探り探りという状況です。
発症したときは、2人目の妊活をしている最中で、年齢的にのんびりしている暇もなかったので、血糖管理をすごく頑張って、すぐに先生から「妊娠していいよ」とOKをもらえました。妊娠中の厳しい血糖管理にはSAPが便利だと先生から聞いていたので、妊娠後はインスリンペンからSAPに変えました。
子どもは、今1歳10カ月。元気に育っていて本当によかったと思っています。
みーちゃん
ママ
私は38歳で発症しました。1人目の妊娠のときに、別の病院で「妊娠糖尿病です」と言われたのですが、よくよく検査をしたら1型糖尿病だったのです。1型糖尿病発症という思いがけないことがありましたが、無事に1人目を出産しました。その4年後、先生から妊娠の許可をいただくことができ、SAPで血糖管理をしながら2人目を出産しました。
上の子は5歳のお兄ちゃんで、下の子は1歳5カ月の女の子です。
さちさん
私は大学2年生の19歳の時に1型糖尿病を発症しました。インスリンポンプは長く使っていて、SAPは妊娠を考えたタイミングで使い始めたので2年半ぐらいです。以前はHbA1cが7%以上あったんですが、SAPを使い始めたらすぐ6%台に下がって、ちょうどその頃に妊娠しました。SAPのお陰であまり心配なく妊娠できたと思っています。
子どもは、1歳8カ月。よく食べて元気に育ってくれて、本当によかったと思っています。医療従事者として働いているのですが、自分の患者としての経験が生きる場面もあるので、大変なことも多いけど、そこから得るものもあると感じながら1型糖尿病と向き合っています。
小谷先生
今回ご参加いただいた皆さんはお仕事されながら、1型糖尿病の管理もとてもしっかりされています。
SAPを始めたきっかけ
さちさん
SAPは、以前通っていたクリニックで教えてもらいました。それまではインスリンポンプだったのですが、主人に相談したら体のことが一番大事なので、より進化した機器ならぜひ導入してほしいと勧めてくれました。
主人は、私の体調が悪いときに何が原因かわからないことや、夜中に低血糖で起きるといったことをすごく心配していました。SAPだと血糖値が誰でも目で見てすぐわかることに魅力を感じました。
MFさん
私は、妊活中はインスリンペンで血糖管理がうまくいっていたので、妊娠してもそのままいけるかなと思っていましたし、新しくSAPの治療を一から覚えるのは大変かもしれないとも思っていました。
でも先生から、妊娠中はどんどん血糖値が上がっていくのでインスリンの調整が難しいと聞き、また主人も賛成してくれたのでSAPにしました。結果、思いのほかうまくいったと感じています。
みーちゃん
ママ
私の場合は、1人目の出産直前に1型糖尿病とわかりました。外来へ行ったら、そのまま入院しましょうとなり、まずインスリンペンで治療を開始しました。出産後はisCGM*とインスリンポンプを使っていましたが、2人目の妊活を開始したときに先生のお勧めもあってSAPにしました。
*isCGM:間歇スキャン式持続血糖測定。intermittently scanned continuous glucose monitoringの略。フラッシュグルコースモニタリング(FGM)とも呼ばれる。CGM同様に、腹部などに装着したセンサーで連続的に間質液中のグルコース(センサーグルコース値)の濃度を測定。センサーに専用端末(リーダー)をかざしてデータをスキャンすることで数値を確認する。
妊娠・授乳中のSAPの悩み
みーちゃん
ママ
SAPの機器自体がちょっと大きいので、最初、どこにつけていいのか迷いました。胸の谷間に入れることが多いですが、ワンピースのときは内腿につけたりもしています。うまく装着する工夫が知りたいですね。
MFさん
妊娠中はワンピースが楽なので、お腹のところにポケットのあるワンピースを買って、チューブを通す穴を自分で開けていました。
さちさん
穿刺はお腹にして、機器はいつもズボンのポケットに入れています。子どもを寝かしつけるときに子どもに奪われちゃうので、そのときは外して別のところに置いています。
MFさん
私の場合は、洋服のポケットに入れていたことが多かったです。でも、赤ちゃんを抱っこ紐で抱っこすると邪魔になるので、あれこれ考えて、ランニングポーチという薄くてよくのびるウエストポーチに本体を入れて抱っこ紐に巻き付けていたこともあります。
みーちゃん
ママ
私は母乳ではなくミルクだったので授乳のときは平気でしたが、やっぱり抱っこ紐をつけたときに胸の谷間に本体を入れていると、ちょうど赤ちゃんのおでこにガチガチ当たってしまって困りましたね。
小谷先生
確かに赤ちゃんを抱っこしているとちょっと大変ですよね。赤ちゃんの足にチューブが絡まるというお話はよく聞きますね。
MFさん
妊娠中期以降はお腹が大きくなるにつれて、お腹に赤ちゃんがいることを実感するので、そこに針*をパチンと打つのが、絶対に針が赤ちゃんに届かないことは分かっているけどちょっと抵抗がありました。カチャンって音がすると赤ちゃんがビクッと動くので、「ごめんね」みたいな気持ちになりましたね。
*針:インスリンポンプのカニューレ(インスリンを注入する細くてやわらかい管)を専用の器具(クイックサータ)などで皮下に挿入する際に刺す針のこと。カニューレ挿入後、針は抜きます。
私も同じ気持ちでした。打つ前に「今から打つよ」って、赤ちゃんに声をかけてから打っていました。
さちさん
みーちゃん
ママ
私も気になって、あんまり関係ないとは分かってはいるものの、肉や脂肪の厚みがあるところに打つようにしていました。
小谷先生
どこに刺しても大丈夫なのですが、妊娠後期はお腹が前に出てくるので、お腹の横の脂肪の付いている辺りに打つ方がお母さんも安心かもしれませんね。
パートナーの協力・両親の心配
MFさん
夫はノータッチというか、微笑んで見ている感じでした(笑)。でも親は、そもそも糖尿病になったことを受け入れるのに時間がかかっていて、インスリンポンプが繋がっているのを見ると、いつも「本当に大丈夫なの?」「痛くないの?」と心配していました。
さちさん
主人と出会った時点ですでにインスリンポンプをつけていたので、SAPに抵抗はなかったと思います。今では「較正の音鳴っているよ」とか、画面を見て「血糖値が下がってるよ」とか教えてくれます。低血糖アラームで夜中に起こしてしまって、迷惑をかけていた面はあると思います。
みーちゃん
ママ
私の場合は、私も主人も2人とも全く知識がなくて、最新の一番良い方法でやっていこうという気持ちだったのでSAPに抵抗はなかったです。主人が一緒に1型糖尿病やSAPについて勉強してくれたのは心強かったですね。
うちもMFさんと一緒で、私たち夫婦よりも私の親の方がなかなかSAPを受け入れてくれなくて、「こんな機械で本当に大丈夫なのか」と心配していました。できるだけ仕組みを説明したり、低血糖アラームなどのメリットを教えたりしながら、少しずつ理解してもらってきた感じです。
さちさん
うちの親は、発症当時は1型糖尿病になったこと自体にやっぱりショックを受けていましたね。自分が悪いのではないかとか、親は自分を責めている感じがありました。インスリンポンプに対しては、私が操作もすぐに覚えて問題なく使えていたので、心配はなかったと思います。
小谷先生
小児の患者さんの場合、私たち医師が親御さんとお話する機会が必ずありますが、今のお話を伺って、成人の患者さんでも場合によっては親御さんにもきちんとお伝えすることが大事なんだと知りました。確かに、皆さんのご両親のケアまではできていませんでした。
MFさん
インスリンペンの場合は、注射を打っているところを親が見ることはほとんどないけど、インスリンポンプだともう見えちゃっているわけですから、やっぱりこの子は糖尿病なのだっていうことを実感している感じはありましたね。
小谷先生
SAPの機器がチューブで体に繋がっている様子をご覧になると、大変なものをつけているように感じるかもしれないですね。
MFさん
うちの親は妊娠すること自体に反対していましたね。「リスクを冒してまでもう1人産む必要があるの?」と、私の体のことを心配してくれていました。でも主人と相談して、もう1人欲しいという気持ちが少しでもあるなら、後悔しないように挑戦しようと決めました。
みーちゃん
ママ
うちの親は反対しませんでしたが、子どもへの影響やちゃんと出産できるのかは親も私もとても心配でした。主人と話してとりあえず納得いくまでやってみようってことになって、チャレンジする気持ちで臨みました。
さちさん
うちは妊娠に対しての親の反対は全然なかったです。糖尿病のことは私に任せている感じです。ただ私自身が、妊娠中に産科で子どもの頭囲が小さいと言われたとき、糖尿病の影響なのかと心配して泣いてしまったことがありました。糖尿病で妊娠というのはリスクがあるのかなと不安になることは、やっぱり何回かありましたね。
日本ではSAP以前に、そもそも1型糖尿病をきちんと知っている人が少ないので、すごく大変なことになってしまうのではと不安に思う親御さんが多いのではないかと思います。今日、集まっていただいた皆さんが、無事に出産されて元気に過ごしていらっしゃることが、1型糖尿病を持ちながらでもなんでもできるということの何よりの証だと思います。
さちさんは妊娠中、赤ちゃんが小さいと言われましたが、結果、赤ちゃんは正常な出生時体重でした。さちさんが心配されていたことに、もっと早く気づいて、しっかり説明を差し上げるべきだったと反省しています。
小谷先生
この記事は2022年6月に制作しました。