腎臓の健康道 ~つながって知る、人生100年のKidney Journey~

SDMの基本のキ

「SDM(エス ディー エム)」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。SDMの正式な定義は後ほど詳しく説明しますが、簡単にいえば、「患者と医療従事者が十分に話し合って治療方針などを決定すること」です。

近年、国内外の医療従事者の間で注目が集まっている言葉ですが、当事者である患者さんにこそ知っていただきたいワードです。なぜ今、SDMが注目されているのか、背景をまじえて、その理由と大切さを紹介します。

定義

SDMは、Shared Decision Makingの略で、日本語では「共同意思決定」や「共有意思決定」などと訳されます。

SDMの定義は、「医学的なエビデンスと、患者の生活背景や価値観などの患者にとって大切なことに基づき、医療者と患者が協働して、患者にとって最善の医療上の決定に至るコミュニケーションのプロセス」とされています。疾患における様々な選択を、医療従事者が持つ医学情報だけに頼るのではなく、患者の好みだけで選択するのでもなく、医療者と患者が協力して意思決定することをいいます。

なぜ、今SDMか

現代の医療は「最善の根拠」と「医療者の経験」、そして「患者さんの価値観」を合わせてよりよい医療を実現しようとするものです。

医学が発達した近年、前ふたつに比べて「患者さんの価値観」についての検討が不十分であるとの指摘がされ、いくら成績がよい治療でも患者さんの希望を置き去りにした医療はよい医療といえるのか?という議論がされるようになってきました。

そこで、患者さんの価値観、希望や意思を反映するために必要となるのがSDMです。

SDM は1982 年に米国のレーガン大統領の諮問機関が発した言葉とされており、それ以降、SDM 関連の研究が進んで2009年以降に論文の数が増加しました。さらに近年、急速に関心が高まって、医師国家試験出題基準(令和6年版)に患者さんが持つ権利として追記されたり、頻繁に学会のテーマにあがるようになりました。今ではすべての医療分野で取り入れられ、医師に必須の知識となっています。

歴史と背景
~「おまかせ医療」から「患者参加型」の意思決定へ~

治療方針の意思決定法には、大きく3つあります。どのようなものがあるのか、時代の流れを追いながら見ていきましょう。

⽇本では⻑い間、医師が治療法を決めて患者さんがそれに従う「おまかせ医療(パターナリズム)」が行われていました。しかし1990年頃から患者の権利が世界的に高まり、日本でも医師が一方的に治療方針を決めることに対する議論が広がっていきました。

そして、医療者が患者に必要な情報と選択肢を伝え、患者がそれを理解・同意したうえで患者の自己責任で意思決定を行う納得診療、いわゆる「インフォームド・コンセント(IC)」が受け入れられるようになりました。

その後、医学研究は大きく進歩し、今ではさまざまな病気で有効な治療法が確立しています。ひと昔前は、同じ病気でも診断する医師によって治療法が大きく異なることがありましたが、今は多くの分野でエビデンスに基いた標準医療が確立し、診療ガイドラインで推奨されるようになりました。現在の「パターナリズム」や「インフォームド・コンセント」は、こうした医学的裏付けに支えられているものです。

しかし、「パターナリズム」と「インフォームド・コンセント」ですべてが解決できるわけではありません。医師はガイドラインに沿って医学的に判断することが容易であっても、患者の考えや価値観、背景などを分かっていないと、患者にとって納得のいく治療にはならないことがあります。「医学的に正しいこと」と、「個々の患者さんの人生にとって正しいこと」は、別問題なのです。ある人にとってはそれらが一致することもあるでしょう。しかし、人はそれぞれ異なる考え方、価値観、事情や背景を持っており、ほかの患者にもそれがあてはまるとは限りません。

また、医学的なガイドラインがあったとしても、体の状態や疾患によってはどれが最善の治療法かの判断が難しく、医師が「どうしたらよいか分からないケース」というのも存在します。

こうしたことに関する議論が徐々に増えていくなかで、「SDM」はそれぞれの患者に合った、患者本人が満足する決定ができるようにするためのプロセスとして2000年前後から注目され、今日ではますます重要視されています。

SDMの真髄

SDMは、患者と医療者が対話を通じ「患者の考え方」「医学研究によるエビデンス」「医療者の専門的経験」を合わせて、患者本人が納得できる治療方針を決めていくものです。

医療者は臨床的なデータと自身の経験から専門的な情報を持っています。一方、患者は、治療を通じてどのような生活を望んでいるか、楽しみにしていることは何か、などの自分自身の情報を持っています。SDMでは、患者と医療者がそれぞれ持つ情報を出し合い、双方向のやりとりをしていくなかで目指すゴールを共有し、そこにたどり着くにはどのような治療法がよいかを共に探していきます。どうしてよいか分からないときは、患者と医療者が協力して一緒に悩んで道を探すのです。

SDMは、患者と医師の2名の参加が最低人数であり、個々の状況により、患者家族、医療チーム(介護にかか わる場合は介護従事者も含む)も入って進めます。また、決定した内容は時間とともに変化することがあるので、SDMは1回だけでなく、何度もくり返し行ってよいものです。

さらに近年は、目前の治療の選択についてだけでなく、将来の治療方針や目標などについて話し合うこともSDMといわれます。

現代の医療では、患者は「医師におまかせ」ではなく、積極的に治療法の決定に関わる意識を持つこと、医療者は、患者の本音を引き出すアプローチを地道に心がけることが必要です。また医療従事者は、医師だけでなく、多職種がかかわるチーム医療としてSDMに取り組むことが大切といわれています。

アメリカの外科医であり公衆衛生学者として著名なアツール・ガワンデ氏は、医学の目的はWell-being(身体的・精神的・社会的に良好な状態で、幸福で満たされた人生を送っていること)を可能とするもので、最終目的は、患者が歩みたい人生を歩めるよう支援すること」と述べています。SDMは、まさにその実現を支える考え方と言えるでしょう。

3つの意思決定法

治療における意思決定法として、「パターナリズム(おまかせ医療)、「インフォームド・コンセント」、「SDM」という3つの言葉が出てきました。現代の医療において、この3つはケースバイケースで使われています。

① パターナリズム(おまかせ医療)

医師が経験や知識に基づき、患者にとって最もよいと思われる治療方針を決定すること。患者の希望が入る余地はなく、医師が最善と判断した方針を取ります。

② インフォームド・コンセント

医療者が患者に必要な情報と選択肢を伝えて、患者が自己責任で意思決定を行うプロセスのことを「インフォームド・アプローチ」といい、このプロセスでの患者の同意が「インフォームド・コンセント」と呼ばれます。

③ SDM

医療従事者と患者が話し合いのうえ、協力して治療方針を決定すること。「パターナリズム」と「インフォームド・アプローチ」では、医療者から患者へ一方向に医学情報が提供されます。これに対して「SDM」では情報の提供が双方向で、患者も本人の希望や価値観などを医療従事者に伝えて一緒に考えます。

どの方法をとるのが適切かは、その時々の状況によって異なります。

例えば、突然の事故による心肺停止時や急変時など、放置すると生命が危険な状態となり、即座に治療を開始することが求められる場面では「パターナリズム」で決定する必要があります。一方、乳がんの治療において、乳房切除か温存か、また、放射線治療を併用するか否かなどの選択は、患者の価値観やQOLへの影響も含めて医療者と患者が一緒に考える「SDM」でのアプローチが大切になります。

SDMが適切となる例

SDMが治療選択において特に重要となるのはどのような場合か、もう少し見てみましょう。

SDMは、適切と考えられる治療法が複数あり、どの治療法を選択するかにより患者のQOLや予後への影響が大きく変わることが予想される場合に重要となる意思決定法です。例えば、糖尿病や慢性腎臓病(CKD:腎臓病の種類に関わらず、腎臓に障害がある、または、腎臓の機能の低下が3か月以上続いている状態)などの慢性疾患、がんの治療法を検討する際です。

腎臓疾患領域では、腎不全となり腎代替療法を選択する際に、透析療法か腎移植か。透析療法であれば、通院透析か在宅透析かなどの選択肢があります。こうした腎代替療法は、たとえ同じ年齢、性別、原疾患を持つ腎不全患者であったとしても、どの治療が最善かは、個々の患者の普段の生活の様子や生きがい、人生観等によって異なります。治療法の選択は患者の生活を大きく左右するため、まさに生き方の選択となるのです。

こうした場合は、治療法の決定に患者が積極的に関与するSDMによるアプローチが適切といえます。医療者と踏み込んだ話し合いを行うことにより、患者が望む治療法と医療者が最善と考える治療法のミスマッチを防ぎ、互いの考えをよく知ることで結果的に患者自身が納得のいく結論を出せるようになります。

実際のプロセス

SDMは、下のようなプロセスで実践されます。

このように書くと堅苦しい話のように見えますが、患者さんが難しく考える必要はありません。SDMは「患者と医療従事者が話し合って決めること」ですから、考えてみれば、外来診察室や入院病室などで日常的に行われていることかもしれません。

医師や看護師は医療の専門家ですが、患者は自らの専門家です。今後、ご自身やご家族の治療法、将来の治療方針について大きな決断をすることがやってきたときにも、医療者におまかせではなく、患者が治療方針の選択に積極的に参加する「SDM」という言葉を思い出していただければと思います。

「腎代替療法」について

上記にもあるとおり、腎臓病患者さんにとってSDMが大切となる場面のひとつが、腎不全になった際に行う「腎代替療法」の選択です。腎代替療法について、詳しくは下のリンク先をご覧ください。

透析事業を行っているヴァンティブ社のサイト。慢性腎臓病や腎代替療法についてのことが基本からわかりやすく紹介されています。

『いっしょに考える腎臓病』へ

YouTubeでは、腎移植・腎代替療法の動画や、慢性腎臓病の当事者でもあった小倉智昭さんによる医師へのインタビューもあります。

『透析病院ドットコム』へ