特別インタビュー
悩んでいい、迷っていい
その時点での精いっぱいの決断を応援したい
慢性疾患看護専門看護師
田中順也 さん
たなか じゅんや
堺市立総合医療センター人工透析室看護師長。2008年、大阪府立大学大学院看護学研究科博士前期課程を修了し入職。2010年に慢性疾患看護専門看護師資格を取得、糖尿病や腎臓病の看護外来を立ち上げた。2023年に書籍「医療者のことばの持つ力~あなたのことばは、病人を患者にも“ひと”にもできる~」(幻冬舎)を出版。YouTubeなどネットメディアでの語りも好評。
看護師の田中順也さんは現在48歳。15歳で透析治療を始め、38歳のときに腎移植を受けるなど、腎臓病とともに人生を歩んできました。そんな田中さんは、自身も患者であるからこその患者さんの気持ちに寄り添う看護を実践しています。日々、透析導入のタイミングにある患者さんと対話をしている医療者として、そして慢性疾患を持つ患者として、治療の選択に迷う患者さんに伝えたいこととは―。
患者のために怒る看護師に憧れて
私はこれまでの人生を病気と共に歩んできました。幼少期に「逆流性腎症」という病気であることがわかり、15歳で血液透析を始め、38歳のときに献腎移植を受けて今に至っています。透析治療を受けていた頃は、自己管理がなかなか思うようにいかない自分にいらだち、そういう自分の気持ちをわかってくれない医療スタッフに腹立ちを感じることもありました。
そんな私が看護師を目指すきっかけとなったのは、ある男性看護師さんとの出会いでした。彼は私が15歳で透析を始めたときの担当者で、言葉遣いは決して丁寧ではないものの、落ち込んでいた私を勇気づける言葉を投げかけてくれていた人でした。しばらくして、実は彼自身も透析患者であることを知りました。ある時期から、同じ部屋の隣同士のベッドで透析を受けることになったことで、その事実を知ったのです。
透析中、ベッドの上でたまに出されるプリンやゼリーが凍っていたりすると、彼は「こんなん食われへんやろ!」と栄養士さんに文句を言って喧嘩をしていました。言葉遣いは乱暴で、当時は「よく怒る人やなぁ」と思っていましたが、自分が看護師になってみて、それが自分のためではなく、患者さんのために怒っていることに気づいたのです。医療者仲間に嫌われても、患者のために動く、その姿が本当にかっこいいと思いました。正直な話、私は人のためになりたいと思って看護師になったわけではありません。彼のようにかっこよくなりたい、その一心で看護師になりました。
慢性疾患看護専門看護師の役割
看護師として働いている私にとって、自分の患者としての体験はプラスでしかありません。病気を持っていることで子供の頃から同情の目で見られ、社会に出てからは病気を持ちながら働くことの大変さも知り、「偏見」の一言では片付けられない経験をしてきました。医療従事者としてその経験を活かしたいと思うようになり、2010年には「慢性疾患看護専門看護師」の資格を取りました。
慢性疾患看護専門看護師には、実践、相談、調整、倫理調整、教育、研究という6つの役割があります。倫理調整は、患者さんの権利保護のために働くことです。一般の看護師は日常診療や手術の際の看護をつかさどるジェネラリストですが、専門看護師は、難しい事例、困った事例を医師たちとともに考えて解決に導く仕事をします。看護師という職業において、自分の患者としての体験を活かすにはこの資格だ!と思ったのです。
「腎代替療法選択外来」を立ち上げて
2012年には当院で初めて「腎代替療法選択外来」を立ち上げました。腎機能の低下が進み、末期腎不全となった患者さんは、治療を次のステップに進める必要があります。選択肢は主に「血液透析」「腹膜透析」「腎移植」1)の3つで、これらは腎代替療法と呼ばれています。この3つの治療法のことを説明し、患者さんが治療法を選択するのを助ける外来が「腎代替療法選択外来」です。
腎臓移植は日本ではあまり進んでいないこともあり、多くの人が透析を選択します。透析には2種類ありますが、私が患者として透析を開始した約30年前は、地元の病院では腹膜透析の選択肢がなく、透析=血液透析でした。血液透析は、通常1回4時間、週3回の通院が必要な治療法です。一方、腹膜透析は、毎日自宅で医療者の手を借りずに治療することが可能で、夜寝ている間に行うこともできます。
私は少年時代、自分が透析を導入することになった際に病院で腹膜透析の説明を受けていなかったため、そのことをずっと知らずにいました。後に腹膜透析を知った際の衝撃は大きく、「もし血液透析ではなく腹膜透析を選んでいたら、高校時代にバイトや部活ができていたかもしれない。なぜ誰も教えてくれなかったのか」。この悔しい思いが今の私の「患者さんに腎代替療法の全ての選択肢についてしっかり説明し、公平・公正な医療を提供したい」という強い思いにつながっています。
腎代替療法選択外来の立ち上げの道のりは簡単ではありませんでした。勤務先の病院には「部屋がない」「人手がない」と反対され、上司に「患者がそんな話を聞いて何になるの?」と言われて反論できなかった自分が悔しく、その経験は、何が何でもこの外来を成功させてやろうという原動力になりました。
病院に納得してもらえるよう何十回も案を練り直しては提案し、2年後にようやく開設許可をもらうことができました。開設後は待合室や空いている診察室を借り、一人で患者さんの話を聞き続けること約10年。2021年からは透析室の管理者となり、今では8名の透析スタッフと5名の医師とともに腎代替療法選択の支援を行っています。
大切な決断に悩むのは当たり前
腎代替療法選択外来に来られる患者さんは、自分が透析が必要な状態であることに直面し、これまでの健康状態をしっかり自己管理できなかったからだと、自身を責める気持ちになられる方が多いです。私はそんな患者さんにまず、「これまでよく頑張りましたね」とお声をかけます。そして「悩んでいいんです」「迷っていいんです」とお伝えします。
医師は体調への心配から、患者さんに「今すぐ決めて」と促すことがありますが、私はその場で「先生、今は無理やで」と、ときには医師と喧嘩しながら伝えることもあります。そして患者さんのペースに合わせて説明するよう医師にお願いしています。
腎不全は自覚症状があまりないまま病気が進行することがあるため、患者さんは自分が思っている以上に腎臓が悪くなっていることがあり、突然の透析導入の話に気持ちが追いつかずそこで止まってしまうことがあります。だから私は患者さんに必ず、「いきなり言われてもわからないですよね」とお声をかけます。患者さんは、沈黙されていても頭の中ではいろいろなことを話したいと思っているので、医師にはその声に耳を傾けてほしいですし、症状や治療の説明をする際は患者さんの表情をしっかり見ながら「ここまでわかりましたか?」と、一気に話さず、ひとつずつ確認しながら話してほしいのです。
患者さんが抱きがちな、透析に対する勘違い
患者さんのなかには「先生にお任せします」とおっしゃる方がおられます。私はその言葉の裏には、「病気のことを考えたくない」「何でもいい」といった不安や自暴自棄のような思いが隠れているように思います。私はそんな患者さんとお話しをするとき、"これだけはやりたい"もしくは"これだけはしたくない"ことは何かを伺うことで、患者さんの本音を探るようにしています。これを読んでいる皆さんも気持ちの整理がつきにくいときは、こうしたことから考えていくのもよいかもしれません。
ところで、多くの患者さんが勘違いされているのが、透析になると「これまでの生活でやっていたことが何もできなくなる」「何もかも我慢しないといけない」「寝たきりになる」の3つです。私が血液透析を受けていたときは、決まった曜日と時間に病院で過ごさなければならないという制約はありました。でも、何もかもできなくなるということはありません。食事も量さえ食べ過ぎなければ何でも食べていました。実際に透析を始めたときの人それぞれの感じ方はあると思いますが、私自身は、透析をとても辛いものだとは思いませんでした。透析導入を迷っている方には、透析治療を受けていても、できることはたくさんあるということはお伝えしたいですね。
患者さん自身の選択が、その人にとってのベスト
私のポリシーは、患者さん自身が決断されたことは、どんな決断であれ応援することです。100%の納得でなくてもいい。「自分の中でのその時点での精いっぱいの決断」でいいのです。たとえ医療者側から見て「別の方法の方がいい」と思えても、医療者の見解をしっかり伝えたうえで患者さん自身が望み、選択した治療法が、その方にとってのベストだと私は信じています。
たとえば、こんなことがありました。お一人暮らしをされている高齢の女性が透析を導入することになり、その方は少し物忘れも出てきていました。離れて暮らす娘さんは自分の家でお母さんと一緒に住み、通院で血液透析を受けてほしかったのですが、お母さんはお友達のたくさんいる地元に住み続けて自宅で腹膜透析をしたいと考えていました。ただ、自宅で腹膜透析をするにはお母さん自身が透析治療をするための手順(手技)を覚える必要があります。娘さんをはじめ医療者も、誰もが「腹膜透析の手順を覚えるなんて無理に決まっている」と心配していましたが、私はお母さんが携帯のゲームをしているのを見て、「大丈夫だ」と確信しました。
そこで、訪問看護師によるサポート体制を整えて腹膜透析を開始したところ、お母さんはたった2日で手順を覚えられ、訪問看護師の介助もほとんどなしで行うことができました。娘さんにも安心していただけ、お母さんはその後お友達との時間を楽しんで暮らしていらっしゃいます。
会話のキャッチボールが大事 あなたの味方は必ずいます
私たち医療者が患者さんを「〇〇ができない」と決めつけてしまうと、そこから先へ進めなくなります。日々の自己管理でも、「今はできないだけだ」と考えれば、患者さんの可能性は広がっていきます。
患者さんには「力」がある。私はその力を引き出すよう支援することを大切にしていますし、皆さんにもご自身に力があるということを分かっていただきたいと思います。うつむいてこちらに顔を向けてくれなかった患者さんが、自分の力を信じて少しずつ顔を上げ、やがて目線が合ったとき、私たち医療者は心から嬉しくなるのです。
もちろん患者さんと医療者は人間同士ですから、どうしても相性が悪いこともあります。もし担当医と相性が悪いと感じたときは、我慢したり悩んだりせず、担当医を変更しましょう。どの先生に診てもらえばよいかわからない場合は、「月曜午後(先生の担当日)は都合が悪いので、別の曜日の先生を紹介してもらえませんか?」と聞けば、別の先生や別の病院を紹介してくれるでしょう。患者さんとしては、担当医師を変えるのは申し訳ないと思われるかもしれませんが、医療者側は気にしていないものです。慢性疾患は長い付き合いになるからこそ、話しやすく会話のキャッチボールがしっかりできる医師との出会いがとても大切です。
患者さんそれぞれの療養生活の中で、ご自身なりに精一杯、頑張ってこられているにもかかわらず、医療者から自己管理について注意されて腹立たしい気持ちになったことがある方もいらっしゃるでしょう。でも医療者の中には「〇〇さん、そうですよね。わかります。〇〇さんはよく頑張っていますよ」と、あなたの味方となる人もいることに気づいてほしいと私は思っています。
表紙のイラストは「ともに歩きながら患者さんの持つ力を引き出し、
何かあったときにはすぐ手が届く位置で支えたい」という田中さんの看護観を表現したもの。
提供:株式会社ヴァンティブ メディカルアフェアズ部

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