2011年3月11日に発生した東日本大震災と津波は、東北地方の広範囲にわたって甚大な被害を及ぼした。国立国際医療研究センターの岸本美也子氏らは、地震発生直後からの被災地の避難所を巡回し行った診療などの医療支援にもとづき、災害時の糖尿病診療における課題を「Journal of Diabetes Investigation」オンライン版に報告した。
平常時にできる災害対策は、良好な血糖コントロールを保っておくこと
東日本大震災と津波により、石巻市から気仙沼市にかけて沿岸の7病院が壊滅的な被害を受け病院機能を喪失したのをはじめ、電気、ガス、水道のライフラインが失われた。多くの医療機関が機能不全に陥り、宮城県医師会の集計によれば、「全壊」の医療機関は104施設、「半壊」の医療機関は71施設であり、県内の病院・医科診療所の約1割が建物の小さくない被害を受けた。
東日本大震災の特徴は、津波による甚大な被害と15万人を超える避難民の発生であり、多くの糖尿病患者が避難所生活を余儀なくされた。災害発生直後より電気・水道・ガスといったライフラインが停止し、情報も乏しかったため、災害の全体像を把握することが困難だった。
震災直後の医療機関の対応としては、発生直後からインスリンなどの医薬品供給に力が注がれ、各種のアナウンスがなされた。インスリンや関連資材の不足している医療機関に対し大学病院の在庫から物資を支援し、また、「インスリン相談電話」を設置し被災地の糖尿病患者の相談を受け付けた。これらの活動は日本糖尿病学会や日本糖尿病協会との緊密な連絡・連携のもとで行われ、インスリンメーカーである製薬企業も協力した。
津波を逃れ非難した患者の多くは処方された薬を持っていなかった。血糖降下薬やインスリンの中断は高血糖に直結するため、“薬をどうやって手に入れるか”が大きな問題となった。一般的な治療薬を速やかに供給できる災害時の体制づくりは急務となるが、現場では必要な情報の伝達や入手が困難であり、緊急時の薬の手配には限界もあった。
また、被災地の医療支援を行った医療スタッフは、糖尿病専門外から駆けつけた者も多かった。「今後は緊急時に備え、必要な医療関係の情報が速やかに伝達されるようなシステムの構築が必須です。糖尿病を専門としない医療者でも現場で適切な処方が可能となるような災害時の診療マニュアルの作成も必要となります」と岸本氏は指摘している。
避難所では多くの糖尿病患者が震災発生前の内服薬やインスリンおよび治療薬剤名を明示した「糖尿病連携手帳」「お薬手帳」などの処方内容記録を紛失しており、その治療内容の記憶も不確かだった。患者自身が、自分の治療内容を把握し、自分がインスリンを中断したらすぐにでも命にかかわる病態がどうかをふだんから十分に理解しておくことが重要で、必要な持ち出し品の準備と知識が必要であることを十分に教育することが重要であることが示された。
「携帯電話だけは持ち出せた」という被災者も多かった。最近の携帯電話やスマートフォンのカメラ機能には、文字情報を十分に鮮明に撮影できる程度の解像度が備わっている。携帯電話やスマートフォンで処方薬を撮影しておくことが役立ちそうだ。
避難所生活時および仮設住宅に移ってからの食事についても適切な指導が必要となる。今回の震災では、避難先での食糧不足に伴う低血糖発作や低血糖への対策がしばしば問題となった。食事をとれない場合に、通常通りにインスリンを注射したり、低血糖を起こしやすい血糖降下薬(特にSU薬)を服用し、低血糖を起こす患者も多く報告された。
これらの問題を防ぐためには、患者自身が薬の特性をよく理解し、場合によっては、患者自身が状況に応じて薬の飲み方を変える必要も出てくる。日頃から、薬の量が足りないときや、全く薬のないときの対処法について、主治医とよく相談しておくことが大切となる。
一方、震災に伴う過酷な避難生活、不十分・不規則な食糧供給、さまざまな精神的ストレスなどの影響を受けながらも、血糖コントロールが比較的良好だった患者は、日頃から良好な血糖コントロールを保っていた患者だったことも報告されている。災害に備えて準備すべきことは、厳格な血糖コントロールを達成し、常に維持することであることが示された。
Diabetes care: After the Great East Japan Earthquake(Journal of Diabetes Investigation 2012年12月6日)
[ Terahata ]