「レプチン」は脂肪細胞が分泌するホルモンで、脳の視床下部に作用して満腹感を感じさせ摂食を抑え、エネルギー消費の昂進をもたらし、体重を適正に保つとされる。
レプチンが視床下部で骨格筋と肝臓での糖代謝を調節するメカニズムが、生理学研究所(NIPS)と、昭和大学、北海道大学、桐生大学との共同研究によりあきらかになった。
研究成果は、生理学研究所生殖・内分泌系発達機構研究部門の戸田知得氏らの研究チームによるもの。米国糖尿病学会(ADA)が発行する「Diabetes」に3月25日付で発表された。
脂肪細胞ホルモン「レプチン」が血糖値を下げる
糖尿病患者とその予備群にとって、血糖値をコントロールすることはとても重要だ。そのためには、運動と食事が大事であり、また膵臓の膵島細胞に含まれる「β細胞」から血中に分泌されるインスリンが、その調節に重要であることはよく知られている。
ところが近年になって、血糖の利用を調節する器官として、意外にも脳が、中でも脳の中枢にある視床下部が重要であることがあきらかとなってきた。
例えば、先天的・後天的に脂肪組織が萎縮してしまう疾患である「脂肪萎縮症」の患者は重度の糖尿病を発症し、インスリンもほとんど効果がない場合がある。そうした例でも、レプチンを投与すると糖尿病が改善することが知られている。
レプチンは、脂肪細胞が分泌し脳に作用するホルモンで、脂肪萎縮症における糖尿病治療薬として臨床で用いられている。ただし、レプチンがどのように脳に作用し、糖尿病を改善するかというメカニズムは十分に解明されていない。
また、骨格筋は血糖を利用する重要な臓器だが、視床下部が骨格筋での糖の利用を調節することがあきらかになっている。これは、生理学研究所の箕越靖彦教授ら研究チームによる成果で、1994年にレプチンが発見されるよりも前から解明されていた。
レプチンが発見されてからは、レプチンと視床下部に存在する神経ペプチドが、視床下部による血糖調節機構を活性化し、骨格筋での糖利用を促し、糖尿病を改善することが、2009年に報告された。
脳の視床下部で糖代謝とインスリン感受性を調整
満腹感を引き出して食欲を抑える機能をもつ満腹中枢は、視床下部の中の「視床下部腹内側核」にあると考えられている。レプチンは、視床下部腹内側核ニューロンに作用を及ぼし、細胞の増殖や分化などをコントロールするタンパク質である「STAT3」と「ERK1/2」を活性化する。
戸田研究員らは実験マウスを用いて、レプチンによる糖代謝調節のメカニズムを、「Hyperinsulinemic-Euglycemic clamp法」という骨格筋のブドウ糖取り込みを解析する技術を用いて検討した。
その結果、レプチンは視床下部腹内側核ニューロンに直接作用してSTAT3とERK1/2を活性化し、これらのタンパク質がそれぞれ、骨格筋と肝臓におけるインスリンによる糖代謝調節作用(インスリン感受性)を高めることがあきらかになった。
脳の神経の配線パターンが大きく変わると考えにくいので、変化はニューロンとニューロンの接触部であるシナプス部位において起こると考えられる。この可変性のことをシナプス可塑性という。
レプチンは、視床下部腹内側核ニューロンを介して「弓状核POMCニューロン」を活性化すると同時に、POMCニューロンと「メラノコルチン受容体(MCR)」との間のシナプス可塑性を変化させると考えられる。つまり、ERK1/2は、POMCニューロンとMCRとの間のシナプス可塑性に調節作用を及ぼしているという。
レプチンによる視床下部を介した糖代謝調節作用
レプチンは、ERK1/2やSTAT3を介して視床下部腹内側核におけるシナプス可塑性を変化させることにより、骨格筋と肝臓での糖代謝を制御する。
日本では、糖尿病が原因で亡くなる人は年間1万4000人、「糖尿病が強く疑われる人」と「糖尿病の可能性のある人」を合わせると2210万人いるといわれている(2007年国民健康・栄養調査)。「視床下部を介する血糖調節機構は、よく知られているインスリンによる血糖調節機構とはまったく異なる分子機構にもとづいていることが特徴です。その詳しい分子メカニズムがわかれば、新たな治療薬の開発につながります」と、戸田氏は述べている。
自然科学研究機構 生理学研究所
[ Terahata ]