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糖尿病患者とイラク戦争

2003年05月
 米英軍のイラク攻撃が予想されたよりも早く終結し、一安心と行きたいところだが、反米運動がイラク国内各地で起きているという報道もあり、まだまだ安心できない状況と言えるだろう(2003年5月現在の時点で)。戦後復興や次期政権のリーダーは誰が担うのかという問題が残されている状態で、かえって問題が複雑化したようにも思える。

 そのような中で、IFL(オーストラリア)のロン・ラーブ氏から、英国人のJ氏とのやりとりの以下の概要がメールで転送されてきた。
J氏「英国で報道されているイラク情勢のニュースから、イラクでのインスリンの不足に関して質問があります。IFL、または、どこか大きな人道的立場の支援団体が、何かアクションを起こしているのですか? イラクでのインスリン供給について特別になされていることについて具体的な情報と、インスリンがただ単に現地に送られているだけではなく、有益に使われていることを説明してください。」

ラーブ氏「私が思うに、多くの、いや、ほとんどのIDDM 患者は、1991年の湾岸戦争以来、現行の市場価格でインスリンを買える人を除いて、おそらく死んでしまっているでしょう。数年にわたって、イラクに関わっている人たちの話からうかがえることなので、事実はわかりません。石油は医療に役に立ってないのです。過去12年にわたる報道で、多くの子供たちが死んでいると伝えられています。IDDM 患者は、そのような状況下では、とても弱い存在なのです。特に子供は・・・・・・。

 数日前、アラブ地区のIDF 加盟国の医師たちにメールを送りましたが“イラクからは何の要請もない”との返事でした。IFL では、正式な要請があったり、治療実施計画・要領が送られてきて、受領する団体が信用できれば、費用は全額当方で負担するかたちでインスリンその他の必要器具を送ります。」
 ラーブ氏は「事実ではないかもしれない」と言いつつも、湾岸戦争後も経済制裁により医薬品が大量に不足していると報道されている状況からすれば、もし、IDDM 患者自身がイラクに身をおいていたら、生きていける自信は全くなく、やはりIDDM 患者にとって過酷な状況なのであろう、と言っている。

 そんな中、以前、通信講座を受講していた語学学校から、ノーベル平和賞を受賞したこともある「国境なき医師団」の医療職以外のスタッフ急募のメールが来た。任地はミャンマーとイラクの国境地帯で、イラク国境地帯の方は、近日中にイラク領内に入るとあった。

 生業の仕事と大学院の勉強さえなければすぐにでも応募し、医療事情改善に向けて現地で活動したいと思った。そして、何よりも、生き残っている糖尿病の同胞のために。いや大学院は休学によって融通がきく可能性が大きいが、ボランティア休暇なるものの取得が認められる可能性がほとんど望めない仕事の方がやはりネックである。生業である仕事を辞めてしまうと糖尿病患者である自身にとって、次の職をえるのは容易なことではないという現実がある。そして、ただでさえ医薬品が不足しているのに、医薬品なしでは生存すらできない自分が行っても、かえって活動の妨げとなることも現実であろう。

 戦争が終わってもなお、テロを恐れて海外旅行者が激減しており、加えて重症急性呼吸器症候群(SARS) の世界規模での感染拡大により旅行だけではなく経済活動全般の停滞が懸念される中、国際交流にとっては必ずしも良い環境とは言えない状況である。前回の「日韓新時代(2)」でも、国際糖尿病支援基金としては、平和的手段での解決を望むと書いた。戦争という状況下では、前述のラーブ氏の言葉にもあるように糖尿病患者、特に IDDM 患者はもっとも弱い存在となり、生存すら難しい状況になるからである。

 戦争報道の多くは、病院といえば、武力行使により外傷を負った人を中心に報道しているため、糖尿病などという「贅沢病」のイメージのある糖尿病患者の存在など報道されることはまずないであろう。国際機関や国家レベルでは、やはり負傷者の救済に重点を置かざるをえないのが現実である。しかしながら、糖尿病が世界規模で存在している以上(WHO/IDFの発表では)、我々は治療を受けられず苦しんでいる“仲間”“同胞”の存在を忘れてはなるまい。

 そこで、国際糖尿病支援基金のような小さな力であっても、数は少ないかもしれないが、インスリンが手に入らず死を迎えてしまう危険性を背負っている、同じ苦しみを持つ“仲間”“同胞”の力になるために、たとえ現地に行くことができなくても、何かできることはないかと考えさせられる今日この頃である。



追記:この原稿を執筆してから数日後、ロン・ラーブ氏から以下のメールが届いた。
「相変らず、イラクからインスリンなどの糖尿病治療に必要なキット類の送付要請の正式オファーはないが、WHO の方針として、今後1ヵ月間に必要と思われる医薬品類をイラクに送るという内容の文書が送られてきました。

 内容的には、外傷、下痢、急性の呼吸器疾患、マラリア、C型肝炎、HIV、狂犬病を中心とした急性期の手当てと感染症対策が主となっていますが、毒蛇や蠍に刺されたときの血清、そしてエッセンシャルドラッグであるインスリンも含まれています。」
 ロン・ラーブ氏のメールには、今週、インスリンがタクシーで現地に届けられ、何百人もの糖尿病患者を救うことができるとも書かれていた。

 戦争で医療機関が破壊され機能していないところが多く、その機能を回復させなければならない、また、冷蔵庫が使える状態ではないためワクチンの保存が難しい状態で(文面にはないが、冷蔵庫なしではインスリンの保存も難しいことも十分推測できる)、特に5歳以下の子供が健康被害を受け深刻な状況にあるなどと書かれていた。
©2003 森田繰織
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