4.糖尿病治療食としての“ロカボ”と
その指導
緩やかな糖質制限食“ロカボ”のノウハウは、健常者のダイエット向けというイメージがありますが、糖尿病患者さんの食事療法としては、どう活用すればよいですか。
Dr. 山田:健常者の方でも糖尿病患者さんでも、基本は同じと考えています。糖質20〜40gと言っても、守れる人は守れるし、守れない人は守れません。以前、無作為比較試験を行ったことがありましたが、そのような研究に協力してくださる真面目そうな人であっても、半分の人が1食20〜40gを守れていませんでした。
あくまでも僕らは医療者として患者さんの幸せな人生を健康面からサポートしたくて医療をやっているわけですから、その人の人生を損なうような方法は取りたくありません。毎食、徹底的に糖質量を測り、控えて、かっちり守りました!というよりも、きちんと人生を楽しみながら、糖質を抑えるというスタンスのほうが幸せだと、僕は信じています。
糖尿病患者さん向けには、細かい決まりごとや注意事項があるのかと思ったら、健常者と変わらないというのは潔いですね。わかりやすくて目から鱗でした。糖尿病のない家族と一緒に同じものを楽しむことも可能になるわけですね。とはいえ、糖尿病の人でも様々な治療を行っているわけで、治療内容に応じた注意点があれば教えてください。
Dr. 山田:これまで、カロリー制限食で比較的高糖質のものを食べていた方が、ある日突然、糖質制限に切り替えたときに低血糖になるリスクがあります。
わかりやすいところでは、SU薬服用者とインスリン療法の患者さんに関しては、主治医の監督下のもとに行うべきと思います。当院では、血糖コントロールの悪い人が糖質制限に切り替えた場合には、SU薬を飲んでいても低血糖が起こった事例は出ていません。ただ、血糖コントロールはその時点で問題はない、良好なのだけれど、満腹になるまで食べたいから糖質制限してみようという理由で突然切り替えると、低血糖になることがあるかもしれません。
例えば、アマリール0.5mgならあまり低血糖は起こらないと思いますが、アマリールで2mg、オイグルコン2.5mg、グリミクロンで80mgとか使っている方は、主治医のサポートが必要です。ふつうに考えると、まずはお薬を減らすべきでしょうね。DPP-4阻害薬との併用時と同じくらいに。
また、インスリン療法の方が糖質制限を行う際、当院では盲目的に1回2単位ずつ注射を減らしていただいています。1日4回打ちの方は1日に8単位減りますし、2回打ちの人は4単位減ることになります。切り替え直後には1日4回くらい血糖値を測り、低血糖を起こしていないかチェックしてもらいます。責任インスリン(後ろ向き用量調節法)の考え方に従ってどんどんインスリン量を自分で減らしていきなさいとアドバイスしています。
1型患者さんもできますか?
Dr. 山田:当院では、1型患者さんは応用カーボカウントをやっていただいていますので、糖質を控えたらインスリンを減らすという考え方は最初から皆さん、身についておられます。
基礎カーボカウントは、もともと糖質量を固定して薬物の効き方を安定化するようにする方法。それでうまくいく人はそれでいいと思います。ただ、糖質量を見ているだけでは血糖管理の意味がありません。それを自分でどうコントロールできるか。毎日治療食ばかり食べて生きてはいられませんから、糖質摂取量を固定して生活するのは現実社会では難しいわけで、社会生活上やむを得ないときには応用カーボカウントがとても役に立つことがあります。
ただ、1型糖尿病を発症して間もない方はまず糖質制限の前に、インスリン療法による血糖コントロールを先に身につけていただくことが大切と考えています。注射から解放されるかもしれないと思いたいあまり、糖質制限でインスリンを減らそうと無理をしてしまう可能性があるからです。糖質制限したうえでインスリンを打ち低血糖を起こすと、注射は危険という思いが強くなってしまう。そして、実際に注射をやめてしまったら、体内にインスリンがなくなってしまい、肝臓がケトン体をどんどん作り出します。すると、ケトアシドーシスの危険性が高まり危険です。糖質制限でインスリン注射量を減らし血糖管理を安定させるという意味を理解してからでないとお勧めできないのです。
こういった注意点を守れば、少なくとも当院では重篤な低血糖を起こした患者さんを経験したことはありません。
食事記録をつけてもらっていますか?
Dr. 山田:はい。ただ抜け抜けでもかまわないとしています。カロリー制限食だと、まるまる一日分をしっかり書いていただくのが基本です。そうでないと総カロリー摂取量が計算できません。間食があれば間食の部分も書いてもらわないと、1日の総摂取カロリーが把握できませんから。
一方、私のやり方は、献立のパターンを見れば、どうやってその方がロカボを達成しようと思っているかがわかってきます。例えば、ご飯を1膳食べているのであれば、何グラムと書いてなくても、もう糖質量は55gを絶対超えるんです。それなら「ご飯を半膳にしたらどうですか?」というアドバイスができます。
あるいは、菓子パン。「あんパン」と書いてあったら、重さを測らなくても少ないもので糖質量は1個50g、多いもので70gになりますので、これも糖質オーバーであることがわかります。そして「菓子パンをどうやって低糖質に置き換えるか?」を一緒に考えるわけです。「じゃあ、手っ取り早く、ローソンへ行ってみなさい」と。
料理や市販の食品のことをどれだけよく知っているかが、極めて重要な切り札になるわけです。自分の病院近くのどこのスーパーマーケット、コンビニに、どのような低糖質の主食、スイーツが置いてあるかをできるだけ多く把握しておき、患者さんにお勧めする。百聞は一見にしかずで、そこへ行って確認してみてくださいと。
これを食べるならこっちのほうがいい、代替品にはこんなものがある、という勝ちパターンを指導者側がたくさん持っておくことが大切と。
Dr. 山田:とくに甘いものって疲れた時とかに突然欲しくなるんです。仕事が忙しく残業してやっと帰ってきた、ちょっとホッとしたい時の甘いものやお酒は、人の心を癒やしてくれるものです。
そんなこと関係なく杓子定規に「間食はダメ、嗜好品はダメ」なんて言われたら誰だって「もう、やってられない!」という気分になってしまいますよね。それなら最初から、家に低糖質のスイーツを置いておくとか、お酒も楽しむ程度ならOKですよ、と言っていれば、患者さんはストレスなく食事療法を続けていけるようになる。
ですから、嗜好品はやめるのではなくて、頭を使って楽しむこと。つまり、「やめなさい」ではなく、どう食べるかを一緒に考えるのがロカボの栄養指導なのです。
ノウハウに縛られず、何を食べるか、選択するか?に重点を置いていくわけですね
Dr. 山田:そうです。いろんな人から“美味しい”情報を集め、栄養士さんやドクターが情報発信基地になり共有していく。そうすると患者さんも、「実はあのお店でこんなスイーツができたらしいわよ!」とか、「このサイト先生知ってる?」、「通販なんだけど意外と美味しかった」等々、患者さんから、さらに情報が集まるようになりますし、なにより話が盛り上がるんです。
最初に、これが糖質の多い食品ですよというのをお知らせしたら、あとはふだん通りの生活を見せていただくだけ。記録を忘れたのなら、昨日の夜には何を食べましたか?お昼には?と聞くだけ(主食や間食の摂り方をみるだけ)で、すぐ指導を開始できます。
わかりやすいです!
Dr. 山田:当院でもカロリー制限しかやっていなかった頃は、帰りに栄養士さんの話を聞いていってくださいと言うと「あの人いつ聞いても同じことしか言わないから結構です」と言われることが多々あったんですね。
食品交換表を使ったってカロリー計算できません。机上の空論では計算できますけど、じゃあバイキングを食べた後に、これは何kcalでしたか?と言われて正確に答えられる人はいないです。それでもそれを出して記録しなさいと求められているので、栄養士さん含め皆がどうしていいかわからないというのが現実なのです。ナンセンスとしか言いようがありません(笑)
結局、机上の空論を教科書通りに伝えるしかないから結局同じ話になってしまう。計算しなさい、測りを持ちなさい、食べるのやめなさいと。
ロカボの場合だと、指導者自身「私もやってますよ!」と簡単に言えますし、そこのお店がこんな商品を売ってた」なんていう共通の話題にもふれられます。「今度こんなのが新発売よ!こんなの出たらしいですよ!」なんて話になれば楽しいでしょ。栄養相談のリピーターが確実に増えます。
「あなたもうHbA1c5%なんだから、管理栄養士さんに会う必要ありませんよ」と言っても、「いやいや、この間も新しい情報を聞けたからぜひお話したい!」ってね。
勉強や説教の場でなく、情報交換の場にしていくことが大切ですね。