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特別インタビュー
糖尿病臨床現場で行う“ロカボ”のすすめ

北里大学北里研究所病院 糖尿病センター長
山田 悟 先生

1.糖尿病食事療法について

(2017年02月 公開)

糖尿病療養指導のなかで、糖質制限はどのような扱いになっていますか。

Dr. 山田:糖質制限をテーマにした講演といえば、数年前までは基礎的な話が中心だったのですが、ここ1〜2年は、どのように実践したらよいかという具体的な情報を求められることが多くなりました。糖尿病食事療法の1つとして糖質制限を取り入れていくべきだという声を、多くの医療スタッフの皆さんから頂戴しています。

 世界的にも、食事指導の常識がここ10年で大きく変化しています。長きに渡り、悪者とされてきた脂やコレステロールは、摂取量を減らしても心臓病や肥満予防にはあまり意味がない(文献1)ということがわかってきました。しかし日本では、“糖質制限すると脂質やたんぱく質の摂取量が増えすぎて危険だ”という、世界の栄養学では表舞台から消えた話が、下手をすると今もなおスタンダードとなっています。2016年に日本糖尿病学会で改訂が発表された「糖尿病治療ガイドライン」では、糖質制限という記載はありませんでした。そういう意味では、教科書となるガイドラインでも臨床現場あるいは世界の栄養学からは少し遅れているような状況です。

糖尿病の食事療法といえば、「食品交換表」が基本となっていますが、これについてはどのようなお考えでしょうか。

Dr. 山田:正直言うと、食品交換表で摂取カロリー量を把握できると思ってやっていたら、医療従事者にとっても患者さんにとってもある意味徒労に終わってしまう、悲しい結果になると思います。あくまでも、三大栄養素とは何か、代表的な食品にはこんな栄養素が多く入っていますということをお伝えするためのテキストブックと捉えてください。

 患者さんに「食品交換表」を覚えさせるのは元々無理だと私は思っています。あの中で覚えなくてはいけないことは、イモ類、トウモロコシ類は主食にカウントされるということくらい。食材が何グラムで80kcalだなんて覚えられるわけもないし、そもそも同じ食材でも季節、年齢、飼料配合で含まれる栄養素は大きく変わってしまいます。同じ食材であれば重量さえ分かればエネルギー量がわかるなどという話は全く現実的ではありません。本の世界と現実の食事とは、何もかもが違うのです。

 私たちの指導では『おかずでお腹いっぱいにしましょう』と指導しています。食品交換表を使うなら、見ていただくのは表1と表2のみ。シンプルに把握していただくだけでよいので、患者さんにたいへん喜ばれています。

ロカボ指導で食品交換表を使う際のポイント

  • 表1を1単位で糖質20gくらいとったら表2は食べない
  • 表3以降でお腹いっぱい食べる
  • 表2の果物のほか、嗜好品は1日に糖質10gまでは食べてOK

ところで、糖尿病食事療法は、欧米に学ぶべきだと思われますか。日本は食文化が多様なので迷うところです。

Dr. 山田:まず、欧米の食事療法は、Evidence basedで考えているという意味では学ぶべき点は多いと思います。しかし、その指導が実臨床の現場において有効に機能しているんだろうかという点でみると、たぶんうまくいってないと思っています。実際、ADA(米国糖尿病学会)のRecommendation(文献2)を見ても、糖質制限を認める一方で、低脂肪食も認めていて、エビデンスがあれば、ごちゃ混ぜでも出さざるを得ないというところがあるのです。

 一方で、日本の『糖尿病診療ガイドライン』は2016年の最新版をもってしても、食事療法として推奨している「カロリー制限食」のエビデンスは1つもありません。50年前に合意で決めたことを粛々と踏襲し、踏襲を正当化するのに役立ちそうな論文を延々と50個くらい並べているだけというのが現実です。

 カロリー制限をがんばっていて、確かに体重は減ってきたけど、HbA1cは下がらないという患者さんはどうするのでしょうか。そのときに医療従事者から出てくる言葉は「もっとちゃんとやってください。体重を減らしてください。カロリー摂取を減らしてください。」と言うしかないんですね。カロリー制限で血糖値が下がると思い込んでいる医療従事者があまりにも多いのです。

 もし、糖質制限に反対するなら、まずはカロリー制限食の有効性を検証した論文を出すべきなのです。エビデンスがないということがどういうことかというと、どこまで緩めていいかがわからないということ。例えばガイドラインでは、糖尿病食事療法の目的は体重の減量で、減量すれば高血糖を含むさまざまな病態が改善すると書いてあります。では日本の糖尿病患者は皆さん肥満かというとそうではありません。糖尿病発症時の平均BMIは24.4とされていますが、平均BMI24.4の集団に対してカロリー制限食は本当に病態改善できるのか誰も検証していないのです。実際、欧州糖尿病学会はBMI25未満の糖尿病患者にはカロリーの設定の必要性はないと明言しているくらいです。

 このように、日本の糖尿病食事療法は、そろそろ真摯に科学的に見つめ直さないといけない時期なのではと感じています。先人の合意を盲目的に踏襲していくことは恩返しにならないと思っています。

「カロリー制限」で長く指導してきましたからね。

Dr. 山田:そう。刷り込まれてしまっているんです。みんな、そう教育を受けてきたわけですから、仕方ありません。かといって、勉強して、栄養士さんがしっかりとしたことを指導しようとするとドクターがそれを阻むこともあると聞きます。薬剤師さんから医師には、処方せんの疑義照会なんてしょっちゅう入るわけです。「先生、こういう処方になっていますが本当にこれでいいんですか」と。管理栄養士さんだって「先生、太っていない患者さんにこんなカロリー制限していいんですか」という疑義照会を入れるのは本来当たり前のこと。療養指導に対して看護師さんや栄養士さんがリーダーシップをとりやすい体制づくりを構築しないとだめだなと常々感じています。

 なんと言っても、ADA(米国糖尿病学会)のガイドラインを書いているフランツ先生とか、エリザベスマイヤー先生達は、医者じゃないですよ。管理栄養士さんです。エビデンスを全部知っているし、何が限界かもわかっている。日本の栄養士さんがもっともっと療養指導に介入し、自信をもって活躍されることを心から期待しています。

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