大気汚染の原因となる微小粒子状物質「PM2.5」の濃度が、基準値を超えたという報道が各地で相次いだ。いれずも一過性のものだったが、PM2.5はいまや社会問題になっている。基準値を超えている場合は、屋外での長時間の激しい運動を避けるなど、自衛策を施した方がよさそうだ。
冬から春にかけて、中国から微小粒子状物質「PM2.5」が偏西風に乗って飛来する。大気中のPM2.5の濃度が高まる日が増えるため、特に子どもやお年寄り、ぜんそくや心臓病のリスクのある人は健康への注意が必要だ。
PM2.5は自動車や工場などから排出された粉じんが大気中に浮遊したもの。粒子が花粉や黄砂よりも小さく、髪の毛の太さの30分の1ほどで、肺の奥深くまで入りやすい。ぜんそくや気管支炎、肺がん、心筋梗塞、脳梗塞などへの影響が指摘されている。
PM2.5が注目されるきっかけとなったのは、2013年1月に福岡市など西日本の観測所で、通常よりも3倍ほど高いPM2.5の観測数値が出たこと。数値は一過性のものだったが、大陸から偏西風に乗って越境して飛来した汚染物質が、数値上昇の原因との見方が強い。
PM2.5で糖尿病リスクも上昇
PM2.5が懸念されるのは、健康被害を引き起こす可能性が指摘されているからだ。PM2.5は粒径が小さいため、呼吸とともに肺などの呼吸器の奥に入り込みやすい。PM2.5濃度が高い環境に長い期間とどまっていると、心臓病や喘息、肺がんなどが増え死亡率が高まる。
心筋梗塞患者がPM2.5により汚染された環境で暮らしていると、死亡リスクが増大するという調査結果が英国で発表された。この研究は、2004年〜2007年に心筋梗塞で入院した15万人強を調査し、同時期の大気汚染との関連を調べたもの。
心筋梗塞を経験した人では、PM2.5の濃度が10μg/m3(1μgは1000分の1mg)増えるごとに死亡率が20%増えるという結果になった。ロンドン大学衛生・熱帯医学大学院の研究者は「PM2.5の発生がなければ、死亡率を12%減らせる」と述べている。
糖尿病とPM2.5との関連も指摘されている。米ボストン小児病院の研究チームは、成人の2型糖尿病とPM2.5による大気汚染は関連があるという研究を2010年に発表した。
これは米環境保護局(EPA)が発表した全米各地のPM2.5の時系列の濃度と、米疾病対策センター(CDC)が発表した同時期の糖尿病有病率マップを重ねあわせて検討したもの。PM2.5濃度が高いと糖尿病の有病率が上昇するという結果になった。
これに先立つネズミを使った実験では、PM2.5濃度の高い環境に長期間さらされたネズミは、血中の炎症マーカーが上昇し、インスリン抵抗性が亢進していたという。
日本でもPM2.5対策のガイドラインを設置
米国では1997年にPM2.5の環境基準を設けられ、PM2.5よりも粒径が大きいPM10の基準を満たしている地域でも規制するようになった。PM10の規制値を厳しくするだけでは、より粒径の小さな粒子には対応できないと判断したからだ。欧州でもPM2.5を規制する動きは活発化し、EUは2004年に基準を設けることを勧告した。
日本国内では、環境省によると、ディーゼル車の規制や廃棄物焼却炉の規制強化などが進展しており、主に炭素成分が減少し、PM2.5濃度は低下している。
各地の国や自治体の測定局でPM2.5の測定が開始され、2009年には環境基準が設けられた。「1年の平均値が15μg/m3以下であり、かつ1日の平均値が35μg/m3以下であること」と定めている。
日本国内ではPM2.5の濃度は低下していても、中国で深刻な大気汚染が発生しており、その一部が日本にも及んでいるとみられている。
2013年になってPM2.5濃度の上昇が観測されることが多くなり、PM2.5による大気汚染についての関心は高まっている。日本の環境省が大気汚染の観測結果を公表しているWebサイト「そらまめ君(大気汚染物質広域監視システム)」には、アクセスが殺到し、つながりにくい状況になったほどだ。
そのため環境省は今年2月に、大気汚染や健康影響の専門家による「PM2.5に関する専門家会合」を設置した。会合では注意喚起のための暫定的なガイドラインが示された。環境省は大気中の濃度が1日平均で70μg/m3を超える日には、外出や屋外での長時間の運動、屋内での窓の開閉などをできるだけ控えるよう注意を促している。
PM2.5リスクがもっとも高いのは受動喫煙
日本でも身近なところにPM2.5の濃度が極めて高い場所がある。それは喫煙者のいる室内だ。たばこを吸わない人でも、たばこを吸う人が1人いるだけで、室内の空気はPM2.5で汚染されている。
大気中に漂うPM2.5よりもたばこの煙の方が有害性は高い。煙の中には70種類近い発がん性物質が含まれている。
「日本では受動喫煙が最大のPM2.5問題です」。医師らでつくる日本禁煙学会はこんな見解を発表した。たばこの煙に含まれるPM2.5は、フィルターを介せずに周囲に広がる副流煙に多い。その副流煙に大量のPM2.5が含まれるという。
さまざまな研究者が実際に測定したデータをもとに同学会がまとめた資料には、ショッキングな数字が並ぶ。自由に喫煙できる居酒屋のPM2.5の濃度は568μg/m3。中国の北京市の大気中のPM2.5が100〜500μg/m3なので、喫煙者のいる室内は「最悪」といわれる北京市に匹敵する。禁煙席でも、喫煙席とガラスや壁で完全に仕切られていない場合は336μgに達するという。
米国の環境基準に合わせてみると、完全禁煙を導入していないサービス業店内の空気の質は、受動喫煙によって「大いに危険」から「緊急事態」レベルのきわめて不健康な環境にあるという。「完全分煙」あるいは「不完全分煙」という言葉が付いていても、店内の空気質は「危険」「緊急事態」レベルになっている。
室内を禁煙としても、建物のすぐ外を喫煙所にすると、建物の中にタバコ煙が吸い込まれて受動喫煙が生じる。中は禁煙なのに、玄関先で吸われたタバコの煙の臭いが入り込んでいることはしばしば経験することだ。同学会では「屋内の完全禁煙だけでなく、敷地内完全禁煙が必要です」と強調している。
「大気中に漂うPM2.5は一過的なものですが、受動喫煙は一過性のものであっても死亡リスクはPM2.5よりもはるかに高いといえます。優先されるのは、あきらかにたばこ対策の方です」と専門家は指摘している。
微小粒子状物質(PM2.5)に関する情報(環境省)
PM2.5問題に関する日本禁煙学会の見解と提言(日本禁煙学会)
Air pollution linked to increased deaths following heart attacks(ロンドン大学衛生・熱帯医学大学院 2013年2月20日)
National study finds strong link between diabetes and air pollution(ボストン小児病院 2010年9月29日)
[ Terahata ]