2月1日から始った生活習慣病予防週間に合わせ、東京都糖尿病協会(日本糖尿病協会東京都支部)主催の「第7回糖尿病市民セミナー・東京」が有楽町のよみうりホールで開催された。テーマは「糖尿病の世紀を生き抜く!」。
糖尿病の治療は目標と自覚をもって続けることが大切
第7回糖尿病市民セミナー・東京
基調テーマ「糖尿病の世紀を生き抜く!」
[日時] 2009年2月1日(日)午後1時-4時40分
[会場] よみうりホール(千代田区有楽町)
[主催]
日本糖尿病協会東京都支部(東京都糖尿病協会)、ニプロ(株)、アステラス製薬(株)
[後援] 東京都糖尿病対策推進会議、東京都医師会、東京内科医会、東京都栄養士会
2006年と07年の国民健康・栄養調査では、糖尿病とその予備群は大幅に増加していることが示された。糖尿病性腎症により透析療法を新規導入する患者は年間約1万5000人に達し、失明など高度の視力障害が起こる患者数は年間およそ1000人に達する。世界的にみてもアジア地域を中心に2型糖尿病は爆発的に増加している。今回の市民セミナーの実行委員長である野田光彦・国立国際医療センター戸山病院糖尿病・代謝症候群診療部長は「21世紀は糖尿病の世紀」と言う。
「第1部 糖尿病と薬物治療」では、医師で国立健康・栄養研究所理事長の渡邊昌氏が「糖尿病は薬なしでよくなる」と題し講演。渡邊氏は15年前に2型糖尿病と診断された。国立がんセンター研究所での多忙な研究生活に、食生活の乱れや運動不足が重なり、体重は学生の頃は60kgだったのが77kgに増えていた。体調不良を感じ体重計で体重をはかったところ5kg減っており、検査でHbA
1c12.8%、高血圧、高中性脂肪、典型的な脂肪肝などが診断された。
発症当時は「あと10年もたないのではないか」と思ったが、強い意思をもち食事療法と運動療法に取り組み、1年後に体重は60kgに減り、HbA
1cは5.7%に改善した。渡邊氏は「食事と運動に真剣に取り組むことでHbA
1c、高血圧、脂質異常は改善し、糖尿病合併症を防ぐことができる」と言う。そのために患者自身が目標値の決定に主体的に関わり、その目標を維持できるよう自覚をもって生活改善に取り組むことが重要と強調した。
会場からの質問に答える渡邊昌氏(右)と金澤康徳氏(左)
金澤康徳・日本糖尿病財団理事長は、「糖尿病治療には薬は必要である」と題し講演。経口治療薬やインスリン製剤はさまざまなものが出ており、大規模臨床研究などで得られた科学的根拠をもとに、血糖コントロールだけでなく合併症予防にも有効な治療法の開発が行われている。高血圧は腎症や糖尿病の血管合併症を進行させるので血圧コントロールも必要。患者によって糖尿病の病態は異なり、生活習慣、生活や仕事のパターンなどもさまざまだが、主治医はもっとも適切な治療を選択しようと考えている。金澤氏は「糖尿病は完治できないが、コントロールできる病気」とし、根気をもって治療を続けることが大切と話す。通院を続ければ透析や失明にいたる合併症の多くは防止できるとい
う。
会場の参加者からの質問が受け付けられた。「閉塞性動脈硬化症があり足のだるさがある場合は運動をどうすればよいか?」という質問には、「運動はした方が良い。座ったままできる運動や水中運動など体重の負荷が少ない運動が勧められる、続ければ血流が良くなり改善が期待できるので、主治医によく相談してほしい。また、喫煙は合併症、動脈硬化の危険因子となるので、たばこは必ずやめていただきたい」と回答された。
糖尿病の発症には生活習慣や遺伝的な要因が関わっている
最近の研究で糖尿病のなりやすさを決める遺伝子の解明が少しずつ進んでいる。糖尿病の発症には複数の遺伝子が関わっていることが具体的にわかってきた。「第2部 糖尿病になりやすいとしたら?-氏か育ちか自分自身か-」では、糖尿病の遺伝素因について最新の研究成果が紹介された。
安田和基・国立国際医療センター研究所代謝疾患研究部長は、「糖尿病になりやすい? なりにくい?-遺伝素因とは何か-」と題し講演。2型糖尿病の発症には、生活習慣とともに遺伝的な要因が強く関係しているが、その仕組みは複雑で、いつくもの変化が合わさり「糖尿病のなりやすい体質」をつくるという。家族に糖尿病患者がいないのに子供が糖尿病を発症したり、その逆のことも起こりえる。
世界中の研究者がヒトゲノム(DNA情報)の解読を進めており、糖尿病の発症に30億の塩基配列のうち並び方がひとつでも違う「SNP(スニップ、一塩基多型)」が関わっているが分かってきた。日本人を含む東アジア人の2型糖尿病に強く関わるSNPの発見は困難だったが、日本が国家プロジェクトとして推進した「ミレニアムプロジェクト」など大規模研究で、「KCNQ1」という遺伝子の変異が深く関わっていることが発見された。「KCNQ1」の1塩基の違いは、日本人の2型糖尿病のおよそ2割に影響しているという。SNPは病気のなりやすさや薬の効きやすさ・副作用などにも関係していると考えられており、診断・予防への応用や、新たな治療法の開発に役立つと期待されてい
る。
糖尿病の療養を続けて血糖コントロールが改善すると「糖尿病が治った」と思いこむ患者は少なくない。糖尿病は、血糖値をコントロールし「治ったと同じ状態」にすることは可能だが、遺伝的には「糖尿病になりやすい体質」は変わっておらず治癒したわけでない。治療を中断すると血糖値はまた高くなるおそれがあるので、通院して治療を続ける必要があ
る。
大切なのは完全主義にならず、あきらめずに治療を継続すること
福岡秀興・早稲田大学胎生期エピジェネティックス制御研究所教授は、「糖尿病になりやすい? なりにくい?-生まれる前の子宮内環境と生育史-」と題し講演。日本の若い女性では「やせ願望」が多くみられ、15歳から29歳の女性で約4分の1がBMI(体格指数)が18.5以下の「やせ」であるという報告がある。こうした女性のやせ傾向は赤ちゃんの出生体重の減少につながっている。子供の平均出生体重はこの30年間に約200g減り、2006年は男児3050g、女児2960gまで減少しており、出生体重2500g以下の低出生体重児も増えているという。
子宮の中で低栄養や過量栄養の状態で発育し、出生後早期から高エネルギーの食事や運動不足が重なると、2型糖尿病、高血圧、脂質異常症などの生活習慣病を発症しやすくなるおそれがあるという。胎内での低栄善状態が素因をつくり、それにマイナスの生活習慣が加わる2段階の過程を経て発症する(成人病胎見発症説)。生まれてくる子供の健康を守るために、妊娠前や妊娠中の栄養や食生活、体重コントロールについて、もう一度考える必要がある。
磯博康・大阪大学大学院公衆衛生学教授は「糖尿病と合併症-生活習慣との関わり-」と題し講演。糖尿病の発症に大きく関わる生活習慣として、肥満、運動不足、喫煙などはよく知られるが、日本人を対象とした大規模臨床研究で、アルコール摂取、やせ、マグネシウム摂取、緑茶・コーヒー、早食いなどの食事パターンなどの影響も大きいことが分かってきた。さまざまな研究結果により、エネルギーの過剰摂取を抑え肥満を予防し、栄養バランスの良い食事を続けることが有効だと示し
た。
高度の飲酒習慣があると、膵臓からのインスリン分泌が低下し2型糖尿病の発症が増える。特にやせている人が1日2合程度の飲酒を続けると、2型糖尿病の発症が3倍に増えるという。また乳製品や魚介類、大豆、野菜などからのマグネシウム摂取が低下すると、インスリン分泌能の低下やインスリン抵抗性の増加になつがる。一方で、緑茶やコーヒーをよく飲む人では、基礎代謝が向上し脂肪の燃焼が促進する傾向がみられ
る。
飽和脂肪酸の多く含まれる肉を食べすぎると血中の総コレステロール値が高くなるが、魚には不飽和脂肪酸が多く含まれ、血液を固まりにくくする作用がある。魚をよく食べる人では心筋梗塞の発症率が減るという調査結果がある。また、日本人は平均的に食品(ナトリウム)をとりすぎているが、過剰摂取は糖尿病の合併症である脳卒中や脳梗塞などのリスクを高めるので注意が必要。野菜や果物にはカリウムが豊富に含まれ、ナトリウムの排泄を促す。野菜を食べる量が少ない人では脳卒中や脳梗塞を発症する割合が高くなるので、毎日十分な量を食べた
い。
磯氏は、糖尿病の療養で大切なのは「完全主義にならないこと」であり、食事療法や運動療法でくじけることがあっても「とにかく継続することが重要」とした。
(社)日本糖尿病協会 東京都支部(東京都糖尿病協会)
[ Terahata ]