糖尿病と口腔ケア(口の中のケア)は関連が深い。「食べる」「話す」といった行為は、人の根幹に関わる機能だ。虫歯や歯周病といった口の中のトラブルによりこの機能が低下すると、活動的、社交的に生活できなくなる。
また、歯周病の発症が糖尿病の進行につながることが知られており、合併症のひとつとして注意が求められている。
厚生労働省は「高齢者の口腔と摂食嚥下の機能維持・向上のための取組に関する調査」の結果を発表した。高齢者の口腔と摂食嚥下の機能を維持・向上するために、自治体が先導し地域のさまざまな専門職が連係した取組みが、それぞれの地域に応じた方法ではじまりつつある。
口の機能低下 患者自身の気付きが第一歩
加齢に伴い全身の筋肉が衰えていくとともに、口腔と摂食嚥下の機能も衰えていく。そして、軟らかいものに偏った食事や、会話が億劫になって家に閉じこもる生活が続くと、食欲の減退や低栄養の状態を招きがちになる。運動器の機能がさらに低下して、誤嚥性肺炎や窒息事故といった生命の危険に直結する事態に至ることもある。
このため、機能低下の兆しに気づいた場合には放置せず、患者自身で予防をはじめる必要がある。また、脳血管疾患の後遺症や認知症の進行に伴い、口腔と摂食嚥下の機能に障害の現れる場合があり、病後のリハビリ期などには多職種の専門職からのサポートを得ることも重要だ。
現在、各自治体では「地域包括ケアシステム」を整備していく一環として、高齢者に対する介護予防や要介護高齢者への在宅医療・介護連携による支援を進めており、「食べること」を支援する取組みも始めている。
高齢者の口腔と摂食嚥下の機能維持・向上については、高齢者自身がその重要性と予防効果などについて認識する必要があるが、全国的に予防講座・教室への積極的な参加や、要介護高齢者への口腔ケア指導などの早期導入が取り組まれているという状況には達していない。
さまざまな専門職が連携したサポート体制を構築
こうした中で、厚生労働省は「高齢者の口腔と摂食嚥下の機能維持・向上のための取組に関する調査」結果を発表した。5つの自治体における取組みを調査し、他の自治体関係者や国民へ課題解決に向けた手掛かりを提供している。
対象となったのは、▼ 東京都大田区(人口:71万5,000人)、▼ 東京都新宿区(人口:33万5,000人)、▼ 千葉県柏市(人口:41万5,000人)、▼ 富山県南砺市(人口:5万2,000人)、▼ 岡山県苫田郡鏡野町(人口:1万3,000人)――の5自治体。どのようにすれば円滑に取り組みが進むのか、どのような取り組みを行っているのかなどについてポイントを分析した。
報告書では、「食べること」は地域住民に広く共通する課題であり、これを支援するための仕組みづくりは、その地域のニーズに応じて、活用できる保健医療や介護の専門職をはじめとした資源を最大限に生かしたものとするべきだとしている。
課題となっているのは、在宅や施設で介護サービスを受けている要介護高齢者などの摂食嚥下障害の支援に向けて、それぞれ地域で介護サービスの担い手と歯科分野をはじめさまざまな職種の専門職が連携したサポート体制をいかに構築していくかだ。
高齢者の口腔の「機能低下」を予防
5つ自治体では、住民の「最期まで自分の口から食べる」ことを支援するため、歯を守る事業に加えて、介護予防(早期発見)および疾病により要介護状態になった場合などの重症化(誤嚥性肺炎)予防の仕組みづくりに力を入れている。
高齢者の口腔と摂食嚥下の機能を維持・向上していくためには、歯を守ることに加えて、飲込みに関連するさまざまな筋肉や器官の「機能低下」を予防することが重要だ。各自治体では、実績のある「8020運動」などのより多くの歯を残すための事業に加えて、地域住民に対する口腔と摂食嚥下に関する啓発活動や機能の維持・向上を支援するための仕組づくりに取り組んでいる。
介護予防事業として、加齢に伴い食べ物でむせることが多くなるメカニズムや早期発見・予防の方法などの啓発に力を入れている。また、身近なところに配置された専門職が高齢者の兆候を的確に評価して、適切な医療機関などにつないでいる。
多職種の専門職が連携し啓発活動を展開
調査では、5自治体では、医師と歯科医師に加え、看護師、歯科衛生士、言語聴覚士、理学療法士、作業療法士、管理栄養士、薬剤師、介護福祉士など、多職種の専門職と連携して、次の取り組みを推進していることが分かった。
(1) 口腔と摂食嚥下の機能について学び・予防する
高齢者に提供される介護予防プログラムで、口腔と摂食嚥下の機能と栄養、全身の健康や社会参加などとの関わりなどを説明し、その重要性を周知・啓発する。
(2) 介護予防講座・教室の効果的な運営のための工夫
介護予防事業で、加齢に伴い生活機能の低下した高齢者を見出し、適切な講座・教室への参加につないでいく。行政広報誌やホームページで、介護予防講座・教室などを区民に周知。
(3) 地域サポーターの養成
地域で介護予防の普及・啓発に協力する地域サポーターを養成。サポーターが地域で介護予防教室を主導し、高齢者が互いに支え合い、行政と地域の高齢者との隔たりを埋める効果を挙げている。
「障害や慢性疾患の重症化」「摂食嚥下の障害」といった課題を共有
「最期まで自分の口から食べる」ことは、人として最優先される生活の質(QOL)だが、当たり前に達成できることではない。まず、高齢者自身が口腔と摂食嚥下の機能の重要性を再認識して、介護予防に取り組むことが大切だ。しかし、予防だけで疾病や事故のリスクを避けることは難しい。
傷病などが原因で口腔と摂食嚥下の機能に障害が生じた場合には、急性期医療、あるいは重症化予防のため専門職からの適切なサポートが必要となってくる。専門職が下図のように高齢者の自立度の変化に応じて、急性期や慢性期医療、リハビリなど適切にサポートする必要がある。
多様な分野の専門職が要介護高齢者や介護者と、「障害や慢性疾患の重症化」「摂食嚥下の障害」といった課題を共有し、分野の垣根を超えてチームを結成した上で、医療・介護サービスを提供することが重要だ。
(1) 介護予防事業で口腔機能などの重要性と予防方法について学ぶ機会を提供
多職種の専門職を地域包括支援センターに加えて住民の身近な拠点に配置し、地域の高齢者などからの相談に対応している。
(2) 自治体が主導して、重症化予防のために歯科医療サービスの提供体制を構築
対象者の口腔と摂食嚥下の機能を評価した上で、適切な食事形態、食事の姿勢、食具・食器、介助方法などについて実地指導を行う。
(3) 多職種の専門職が「食べること」の支援ネットワークを構築、支援に伴う課題とノウハウを共有
嚥下機能などの変化に早く気づき、身近な専門職に情報を伝えて相談できる仕組みを用意。行政が主導して研修会などを開催し、要介護高齢者などに対する「地域の対応力」の向上を図る。
自治体が地域のネットワークを構築 「点」から「面」へ展開
いずれの自治体においても、行政が地域の課題解決のため、地域資源からの協力を得て事業を立ち上げたことが手掛かりとなっている。そして、協議を重ねて事業の方向性を確立するとともに、多職種を対象とする研修会などを通じて地域における課題の共有化を進め、いわゆる「点」から「面」へと展開している。
各自治体では、地域特性を踏まえながら事業を展開し、以下のような段階を経て、地域のネットワークを構築していた。
(1) 行政が医師会・歯科医師会などをはじめ、地域資源からの協力を得ながら在宅医療の推進や「食べること」の支援など、地域の課題解決のための事業を立ち上げる。
(2) 事業の一環として研修会などを開催し、地域の課題を広範囲にわたる多職種の専門職で共有する。
(3) 大学・大学病院などから(事業)事務局への参画者を得ることにより、エビデンスに裏打ちされた解決方法や研修体制を確立し、地域の住民へ提供する。
(4) 地域の多職種の専門職が実地研修や連携ツールを通じてノウハウを共有しながらチームを形成して、住民に対して医療・介護サービスを提供する。
(5) 行政と事業事務局が、フィードバックされた個別事例や事業全体の進捗状況などを分析して、今後の事業の進め方を検討する。
歯科医師からは「歯科医師もフレイルチェックなどに対して積極的に関わる必要がある。診療と合わせてフレイルの視点から診ることが重要で、オーラルフレイルなどと判断された場合の診療所での対処方法や行政へつなぐ受け皿が用意されると良い」といった意見が出された。
「オーラルフレイル」は、歯科口腔機能の虚弱の意味で、滑舌の低下、食べこぼしやわずかのむせ、噛めない食品の増加などに伴う食習慣悪化の徴候が現れる段階を示す。
地域における支援の仕組みづくりはことのほか重要で、連携ツールの活用で機能低下の兆候を捉え、身近な拠点の専門職に相談できる体制づくりが求められている。
そのためには地域におけるネットワークづくりが欠かせない。各自治体は、多職種対象の研修会を通じて、課題とノウハウを共有し、互いに「顔の見える」関係のネットワークの構築を目指している。
高齢者の口腔と摂食嚥下の機能維持・向上のための取組に関する調査(厚生労働省 2017年1月24日)
[ Terahata ]