糖尿病患者は血糖コントロールが不良であると、不安症やうつに陥りやすいことが知られる。その原因は脳に生じるインスリン抵抗性である可能性がある。治療法の開発も進められている。
脳にインスリン抵抗性が起こると神経伝達物質が不足するようになる
糖尿病患者は血糖コントロールが不良であると、他の慢性疾患の患者に比べて不安症やうつに陥りやすいことが、米国の20万人以上を対象とした調査で示されている。米ハーバード大学のジョスリン糖尿病センターは、そのメカニズムを明らかにする研究を発表した。
研究チームは、遺伝子を組み替えて脳にインスリン抵抗性を生じさせたマウスと普通のマウスを用いて、ストレスを与えて行動にどのような違いが出るかを調べる実験を行った。こうした実験は、不安症やうつを治療する薬の効果を調べるために一般的に行われている。
脳にインスリン抵抗性を生じたマウスは、若いうちは普通のマウスと同様の行動を示していたが、生後17ヵ月(ヒトの壮年期以降に相当する)になると、行動障害を示すようになった。
行動障害を示したマウスの脳を検査したところ、ミトコンドリアに異変が起きていた。ミトコンドリアは細胞の中にある、糖や脂肪から体が活動するためのエネルギーを作り出している器官だ。その変化とは、脳の活動をコントロールする主要な神経伝達物質であるドーパミンを分解する酵素の生産量が増加するというものだった。
脳にインスリン抵抗性を生じたマウスは、ドーパミンの放出量は変わっていなかったが、ミトコンドリアに生じた変化のためにドーパミンが分解されるペースが速くなっていた。
さらに、ドーパミンが長持ちしないのが行動障害の原因ではないかと考えた研究グループが、ドーパミンの分解を遅くする作用を持つ薬剤を投与したところ、行動障害が部分的に解消された。
歳をとると脳のインスリン抵抗性の症状が起こりやすくなる
この脳細胞の変化は、脳のインスリン抵抗性が起こっている若いマウスでも壮年期のマウスと同様に生じていた。若いマウスでは行動障害があらわれないが、歳をとると症状が出てくることが判明した。同様の現象はヒトの脳でも起こる可能性があるという。
「今回の研究で、インスリン抵抗性が脳に直接に変化を起こすことがはじめて解明できました」と、ハーバード メディカルスクールのメアリー アイアコッカ教授は言う。
脳のインスリン抵抗性とアルツハイマー病の関連についても解明が勧められている。アルツハイマー病の治療にインスリンを使う治療法の開発が行われており、米国では臨床試験が進められている。
その方法とは、鼻からインスリンを噴霧し、脳でのインスリンの働きを改善させることを目指したものだ。アルツハイマー病の症状を改善し、進行をくい止めることが期待されている。他にも、糖尿病などの治療薬を認知症の治療に使う研究が進められている。
糖尿病を発症したら若いうちから糖尿病の治療をはじめ、インスリン抵抗性を改善することが脳の健康を維持するためにも必要であることが裏付けられた。
Joslin Scientists Find Direct Link between Insulin Resistance in the Brain and Behavioral Disorders(ジョスリン糖尿病センター 2015年3月2日)
Diabetes and anxiety in US adults: findings from the 2006 Behavioral Risk Factor Surveillance System(Diabetic Medicine 2008年5月13日)
[ Terahata ]