会報 2007 November Vol.9 No.2
【巻頭言】
糖尿病・妊娠と胎児サーベイランス
池ノ上 克
宮崎大学医学部産婦人科教授
最近の周産期管理の向上は目覚ましく、母児の死亡率の改善には目を見張るものがあります。さまざまな合併症に悩まされながらも、自分たちの子どもを欲しいと願う夫婦の熱意に後押しされた周産期医学の進歩がその背景にあることは間違いありません。
インスリンの発見以降、糖尿病の女性の妊娠・出産への希望は実現可能なものとなりました。高かった母体死亡率は大幅に改善されましたが、残念ながら胎児死亡や、早期新生児死亡の問題は残されたままでした。
一方、産道通過中の胎児が死亡したり、脳障害を残してしまう原因が分娩中の低酸素であろうとの意見が高まり、胎児の低酸素を早期に発見する方法として、E.H.Honらによる、胎児心拍数の連続モニタリングの技術が開発されました。多くの産科医が待ち望んでいたことだっただけに、この方法は分娩室での日常臨床に広く利用されるようになりました。
分娩中に行う胎児評価の方法を、陣痛がない時期にも応用ができないかと考えたグループがありました。妊娠30週を越えた頃から突然起こる胎児死亡を回避する手立てを探していた南カルフォルニア大学産婦人科医のRayやFreemanたちです。
彼らの考え方の背景はこうです。陣痛が起こるとそのたびに、母体血で満たされている胎盤の絨毛間腔では一時的な酸素低下が起こりますが、それに伴って胎児へ移行する酸素量も減少します。あるレベルを過ぎて酸素が低下すると、胎児の心拍調節機構が反応して遅発一過性徐脈を呈するわけですが、このメカニズムを応用して胎児が低酸素状態にあるか否かを見極めようというわけです。
そのために彼らが取った戦略は、子宮内胎児死亡の危険性が増す週数になったら、妊婦をセミファウラーの体位にして、約20分間分娩監視装置で子宮収縮の有無と胎児心拍数パターンの異常とをチェックします。異常がないと判断したら、あらかじめ、取ってあった静脈ルートの側管から、微量のオキシトシンを流し始めます。しだいに増量して子宮収縮が10分間に3回起こるのを待って、遅発一過性徐脈のパターン、つまり子宮胎盤機能低下による胎児低酸素状態が存在するかどうかをみようというものです。
その後、この方法は糖尿病合併妊娠のみならず、その他のハイリスク妊娠でも応用されるようになって、さまざまなハイリスク妊娠の周産期死亡率がみるみる改善されていきました。当初この方法は、オキシトシンを投与するのでOxytocin Challenge Test(OCT)と呼ばれていましたが、実質的には子宮収縮という負荷を与えて、胎児の心拍調節反応をみるものであることから、むしろContraction Stress Test(CST)と呼ぶべきであろうとされ、現在ではCSTとして使用されています。
その後、子宮収縮を起こさないで一過性頻脈の存在をみる、Non Stress Test(NST)が発見されました。さらに、NSTに加えて超音波による胎児の呼吸運動や胎動、それに筋の緊張度と羊水量を合わせて観察してスコア化するBiophysical Profile Scoreの出現へと続いていきます。
今日の周産期医療における、胎児の状態評価法の原点ともいえるCSTの出現は、糖尿病合併妊娠の児の安全を確保して、胎児死亡をなんとか回避したいという産科医たちの熱い思いから生まれたものです。周産期医学の進歩とともに、今後もさまざまな胎児サーベイランスの方法が発見されると思われますが、その進歩が糖尿病合併妊娠のみならず、さまざまなハイリスク妊娠の母児の幸せに貢献できるよう祈りたいと思います。
診察室だより 北から南から
手納医院
手納 信一
私は大森安恵名誉教授、岩本安彦教授の下、東京女子医科大学糖尿病センターで勉強させていただいた後、約2年前に故郷の出雲市で親のクリニックを継承しました。
当院は出雲大社で有名な島根県中東部に位置する人口約14万人の出雲市にあり、竹下登、竹内まりや、和田毅などの著名人の出身地でもあります。近隣には大学病院と県立病院があり全国でも医師が多い地区ですが、糖尿病専門医は勤務医と開業医がそれぞれ3名程しかいません。当院も糖尿病患者さんが徐々に増加するにつれて、一般的な血糖コントロールや慢性合併症対策などに加えて、小児糖尿病、糖尿病合併妊娠、フットケアなど、さらに幅広く診療する必要に迫られるようになりました。幸いなことに当院は、母(小児科医)と妻(眼科医)の計3人で診療に当たっていることから、とくに糖尿病網膜症や小児一般の管理の面ではスムーズな連携が可能です。しかしながら、糖尿病と妊娠に関しては、糖尿病センター在籍中に比べて開業後のほうが接する機会が多く、先日も大森安恵名誉教授に島根でご講演ならびにご指導をいただき猛勉強しているところです。
多くの地域に共通することと思いますが、ここ出雲市でも産科医の数が少なく、病診連携の一環としてセミオープンシステムを構築中です。当院で加療中の糖尿病患者さんの妊娠出産や、産科クリニックで妊娠中に新たに糖尿病を発見された方が元気な赤ちゃんを産む事ができる環境を整えるために、産科医主導のセミオープンシステムに内科・眼科サイドから参画させていただけるよう努力しております。先日も出雲地区産婦人科医会で、妊娠糖尿病のことや出産後の定期健診の重要性について内科的な立場から話をさせていただきました。
今後、開業医レベルでも、糖尿病専門医として、妊娠糖尿病や糖尿病合併妊娠を診療する機会が増すと思います。地域医療を担うクリニックとして、日々研鑚を積み、真に患者さんのためになる医療を心がける所存です。
【ヤングコーナー】
ヤングエイジの1型糖尿病と2型糖尿病の比率
内潟 安子
東京女子医科大学糖尿病センターヤンググループチーフ
Hospital-based研究であるが、若くして発症する2型糖尿病が存在することを、当センターは1990年に世界に先駆けて報告した。いまでこそ、マスコミにも取り上げられるようになったが、そのころは海外からは極東アジアには、変わった1型糖尿病がある、1型糖尿病の診断ができないのだ、などとその存在は否認され、日本でも小児糖尿病は1型糖尿病しかいないと人口に膾炙されていた。若年発症2型糖尿病が内外で問題視されてきたのは最近のことである。
2006年に米国、カナダを中心に20歳未満発症糖尿病の頻度および病型をpopulation-based調査したSEARCH研究が発表された(Pediatrics 118:1510,2006)。民族別の病型比率も報告され、そのなかにアジア太平洋住民がある。0〜9歳時診断の1型:2型は86.6%:6.7%、10〜19歳のそれは58.5%:40.1%であった。
翻って当センターの当該年齢の病型をみてみよう。0〜9歳のそれは90.5%:5.0%、10〜19歳のそれは50.9%:41.9%であった。年代別の比率のデータもあるが、ここでは1960年以降2004年までに初診された当該患者4,063名を母集団とした(Ogawa Y, et al. Diabetes Care 2007)。
病型比率に関する日本人のpopulation-based調査がなく、当センターのデータが日本人を代表するかどうかは以前から疑問であったが、当センターの病型比率はほぼアジア太平洋住民のそれと同じであるとわかった。
太平洋沿岸のアジア人には若年発症2型糖尿病が存在し、9歳以下で診断される2型糖尿病は糖尿病患者全体の5〜6%に、10〜19歳では40〜50%に存在するといえる。
これらのデータあるいは事実は、大森安恵先生が主導し、日本糖尿病財団と日本糖尿病・妊娠学会が主宰する若年者の糖尿病の検診、発症予防に役立つことを祈念している。