一般社団法人 日本糖尿病・妊娠学会

会報 2007 April Vol.9 No.1

【巻頭言】
1型糖尿病の子どもたちと結婚問題

松浦 信夫
聖徳大学人文学部児童学科教授

 我が国の15歳未満発症1型糖尿病は女児の方が多く、小児科で診療する1型糖尿病患者は男性より女性が多いのが特徴である。新しいインスリン製剤、自己血糖測定機器の改良が進み、また治療方法の進歩で小児期発症1型糖尿病の子どもたちの予後は改善してきている。思春期に達した子どもたちは高等教育を受け、社会に出て行くことが多くなった。

 病気を持った患児たちの結婚は大きな問題である。せっかく出来た恋人も病気の話をしたとたん、去っていったとの話もよく聞く。本人たちの問題だけでなく、生まれてくる子どもに奇形がないか、将来同じ病気が発症しないかの不安が深刻のように思われる。

 昨年の日本糖尿病・妊娠学会での東京女子医科大学糖尿病センターからの報告は、非常に貴重な情報を提供してくれた。現在まで積み上げてきた1型糖尿病女性患者から出生した子ども65名に10歳時点でOGTTを実施した。1型糖尿病女性からの児には異常は見られなかった。

 私が診療した多くの患者の中に、とくに優秀で模範的な女性がいた。内科に転科していたが、ある日突然外来を訪ねてきた。「好きな人が出来たが、自分の口から病気のことを話すことができないので説明してほしい」とのことであった。相手も非常に立派な青年で、遺伝のこと、患者の現状、長期的な事を含め説明した。めでたく結婚することができ、子どもさんも授かった。ただ、その児が2歳頃に偶然尿糖が見つかり、耐糖能障害があることがわかった。生活に気を付け、食事、運動療法を続けたが、小学校入学前にインスリン治療が必要であることを母親に告げた。気丈夫な母親も初めて涙を流した。非常に辛い一時であった。けれども、夫のご両親も大変理解のある方で、子どもも成人し、現在も母子ともに元気で暮らしている。

 1型糖尿病の親から生まれる子どもの糖尿病発症率はいろいろ報告されている。我が国で子どもが診断されたときに1度近親(両親または兄弟)に糖尿病(すべての糖尿病)を有する割合は急性発症1型糖尿病で4%、緩除進行型1型糖尿病で11.1%と報告されている。両親のうち、母親が糖尿病である割合は、父親が糖尿病であるより多いとの報告もある。

 発症率の高い白人では男児の発症率が女児より多く、低年齢化してきている。子どもが診断された時点で1親等に1型糖尿病のある割合は6%で、一般人口の割合である0.4%の15倍と報告されている。両親のうち母親が1型糖尿病の割合は1.3〜4.0%、父親が1型糖尿病の割合は6〜9%と父親が多いのが特徴である。また、子どもが5歳未満の低年齢で診断された方が、それ以上の年齢で診断されるより兄弟、父親が、発端者が20歳になるまでに発症する確率は有意に高いことも報告されている。

 1型糖尿病の病因としてHLA抗原遺伝子が最も重要である。両親、患児および発症していない兄弟のHLA抗原遺伝子を調べ、Transmission Disequilibrium Test(TDT)により、発症感受性遺伝子がどちらの親から伝搬しているのか検討することができる。日本人若年発症感受性遺伝子プロタイプHLA-DRB1*0901-DQA1*0301-DQB1*0303は父親から伝搬している割合が、母親から伝搬するより有意に高いことが明らかになった。一方、発症抵抗性遺伝子は未発症の兄弟に母親から伝搬している傾向が見られた。すなわち、発症感受性遺伝子の両親からの伝搬は、メンデルの法則によるのではなく、発症感受性遺伝子のインプリンティングを含めた、epigenetic機序が関与している可能性が示唆されている。

 患者から結婚のこと、次の子どもの発症のことを聞かれることが多い。確かに、1型糖尿病を持っていない夫婦より生まれる子どもよりは確率は高いが、そのために結婚をあきらめる必要はないと話をする。ただ、1型糖尿病同士の結婚はさらにその可能性を高めるので、可能なら健康な人と結婚することを勧めるが、これも本人同士の考えであり、絶対的なものではない。発症予測、発症阻止の研究が進むことを願ってやまない。

大森賞を受賞して

籠橋 有紀子
島根県立大学短期大学部健康栄養学科

 この度は、第22回日本糖尿病・妊娠学会におきまして栄えある大森賞をいただき、誠にありがとうございます。理事長の中林正雄先生、大森安恵先生をはじめ、選考委員の諸先生方に厚く御礼申し上げます。

 また、実際の研究に際してご指導賜りました、島根大学医学部解剖学講座の大谷浩先生をはじめ、日々ご支援いただいている教室の諸先生方に深謝申し上げます。

 本研究「必須脂肪酸摂取比率が1型糖尿病モデル動物の顕性糖尿病発症率に与える影響」では、1型糖尿病発症の予防および治療の研究に用いられている、ヒト1型糖尿病モデルマウスであるNOD(Non Obese Diabetic)マウスを用いて、離乳前(胎児期・乳児期)および離乳後の各時期に、母獣あるいは仔の摂取する必須脂肪酸比率(n-6/n-3)が、仔の糖尿病発症へ与える影響について検討しました。その結果、離乳前において母体を介した必須脂肪酸摂取比率(n-6/n-3)が高い群では、糖尿病発症マーカーであるインスリン自己抗体(IAA)陽性率の高まりと顕性糖尿病の発症が誘発され、低い群ではこれらが抑制されました。すなわち、胎盤や母乳を介して摂取する必須脂肪酸摂取比率(n-6/n-3)が、仔の1型糖尿病発症率に影響する可能性が示唆されました。

 この度の大森賞受賞を励みとし、今後も「母体環境と1型糖尿病発症」の研究に、一層精進してまいりたいと思います。今後ともご指導のほど、よろしくお願い申し上げます。

近藤 由理香
杏林大学医学部付属病院総合周産期母子医療センター

 この度は、第22回日本糖尿病・妊娠学会におきまして、名誉ある大森賞を受賞することができ大変光栄に存じます。大森安恵先生、中林正雄先生をはじめ選考委員の先生方に厚く御礼申し上げます。また、福井トシ子助産師をはじめ、このレビューをまとめた共同研究者のメンバーに感謝いたします。今回、私たちは「耐糖能異常合併妊産褥婦へのチームケア−8年間の実践報告のレビューより−」という演題を発表させていただきました。この演題は、臨床で糖代謝異常合併妊産褥婦さんたちのケアを少しずつまとめてきた実践報告8回を振り返ったもので、チームケアの大切さを再認識することができるものでした。

 私たち助産師も知識や経験を積む過程で、妊産褥婦との関わりは治療中心の関わりでした。しかし、2000年以降は治療目標を達成し、継続するためには行動変容に対する支援が必要と気づき、実践を行ってきました。

 現代社会において、女性を取り巻く環境は多様化しています。妊婦の行動変容を支援するために、私たちは糖尿病の知識はもちろん、不妊とインスリン抵抗性の関係、血糖値と母乳などの知識や、妊婦を取り巻く背景を知り、個別性を考慮したアセスメントをする必要があります。妊産褥婦を支えていくためには一人の力だけでなく、経験や職種の違うメンバーによる支援が必要です。

 この度の大森賞受賞を励みとし、チームで糖代謝異常合併妊産褥婦を支えていきたいと思います。今後ともご指導のほど、よろしくお願いいたします。

診察室だより 北から南から

愛媛県立中央病院 糖尿病内科

清水 一紀

 当院は昭和20年に日本医療団愛媛病院として発足し、昭和23年に県立愛媛病院として県に移管されました。その後、昭和31年に県立中央病院と改称し、救命救急センター、総合周産期母子医療センターを併設するなど、愛媛県の基幹病院として、一般医療から救急医療、周産期医療などの先駆的医療まで取り組んでいます。現在24診療科、病床数864床、正規医師126名、専攻医37名、研修医38名を含む職員1,210名で「患者さんを中心とした『いたわり』のある、良質で安全な医療を提供します」という当院の理念を達成するべく、患者様中心のチーム医療を実践し、患者様に信頼と満足をしていただける医療を提供できる病院づくりに日夜努力しております。

 糖尿病内科は、昭和53年より前院長の藤井靖久先生が近隣病院よりいち早く糖尿病専門外来を始められ、平成3年からは、チーム医療による糖尿病教育入院も始まりました。現在、糖尿病外来はのべ6名の医師(うち4名が糖尿病専門医)が二つの診察室で、毎日朝から夕方まで外来を行っています。昨年10月より電子カルテが導入され、それに伴いさまざまなニーズに応じた病診連携を模索しているところです。糖尿病外来に糖尿病病棟看護師による生活指導室と栄養士による栄養指導室が隣接しており、初診の妊娠糖尿病の方もスムーズに栄養指導、生活指導が受けられるように配慮しています。糖尿病教育入院は、毎週金曜日の総回診と隔週火曜日のチームカンファランスで患者情報の交換や治療方針の統一化を行い、2週間の入院期間のうちに問題点を迅速に解決できるよう進めています。教育入院を担当する病棟に産婦人科の病棟もあるため、1型糖尿病合併妊娠やCSII導入の入院もしやすくなっています

 私は卒業当初、お産は男には関係ないように思い、あまり妊娠に興味を抱いていませんでした。しかし、救急で来院された患者さんの分析から、妊娠関連発症劇症1型糖尿病を発見したことが、妊娠と糖尿病に関わることのきっかけとなりました。"おっさん"になって初めてお産に目覚めたのです。

 医療の専門化は高度医療を推進しますが、逆に医療のボーダーラインを増やし、たらい回しや押し付け合いが問題となります。その隙間を少しでも埋めるために、私どもができることが糖尿病と妊娠の領域には多いのではないかと感じています。そこで自分への啓蒙も含め、さまざまな地域活動を行っています。一つは私が代表を務める地域糖尿病療養指導士制度(愛媛CDE)の研修会で、糖尿病と妊娠について重要な項目として研修カリキュラムに入れています(愛媛CDEについてはhttp://ecde.m.ehime-u.ac.jp/をご参照ください)。また本年から、松山で「糖尿病と妊娠研究会」を開催し、多くの方々に情報を提供できるようになりました。

 このように順風満帆に見えますが、問題が一つあります。四国の地に糖尿病の心配をする妊婦さんや合併症で困る患者さんを少しでも減らしていけるように一生懸命考えていると、自分の血糖が上がってくるようです。お産できない身体でよかったかも・・・。

愛媛県立中央病院 産婦人科

野田 清史

 愛媛県立中央病院は、JR松山駅から車で約10分、伊予鉄道松山市駅から徒歩5分と交通の便に恵まれた松山市街中心部に位置する、病床864床の愛媛県最大の基幹病院です。

 平成3年に周産期センター開設となり、平成16年3月には総合周産期センターに拡大され、現在、広範囲な愛媛県下の周産期医療を担っています。産婦人科は産科38床、そのうち重症妊婦収容のためのMFICU6床を持っており、医師10名で日々の外来診療、母体搬送受け入れ、分娩、手術を分担しています。

 昨今取り上げられている、産婦人科医不足による分娩を取り扱わない産婦人科の増加、出産の高齢化、それに伴う合併症妊婦の増加もあり、当センターへの年間母体搬送数は401例、年間分娩数は1,362例で、分娩数のうち緊急母体搬送による分娩が334例、非緊急母体搬送による分娩が593例にもなります。

 当院での糖尿病、妊娠糖尿病合併妊娠は年々増加しており、平成18年は15例の分娩がありました。当院では、1型糖尿病の患者さんで、内科にて妊娠前から外来followされた上で妊娠されるケースも多く、内科医の協力により、常に、産科と内科が連携を取りやすい体制で、糖尿病患者さんの妊娠・分娩・産褥管理を行っています。また、糖尿病妊婦からの新生児異常所見に対して、すぐに新生児科医をcallできるのも当院の利点と考え、今後も各科とのチーム医療を充実させていきたいと思います。

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