一般社団法人 日本糖尿病・妊娠学会

会報 2006 November Vol.8 No.2

【巻頭言】
胎生期の教育

野中 共平
特定医療法人静便堂白石共立病院名誉院長

 最近、これからの教育について講演する機会が与えられた。私の受けた教育を回顧してみると、いくつかの複数の動機が私を鍛え動かし、否応なしに今日の私を形成してきたことがわかる。最大の実体験であり歴史認識でもある強烈な衝撃は、我が国の第二次世界大戦の敗戦と焼け野原であり、すべての主義主張は自己の頭脳で判断し行動すべきであることを骨身にしみて教えられた。

 また、学校教育で出会った素晴らしい先生方を思い起こしてみると、経歴・学歴に多彩な先生方であったことに気がついた。人は十人十色であるがゆえに、ちょうど抗原と抗体のように、教師と生徒の間に励起される人間関係も人によってまったく違う。また、多くの恩師は青年期に中学校の教壇に立った経歴を持っておられる。結局、人生の多感な時期にすぐれた人生の先達(人間のモデル)に邂逅することの重要性は多言を要すまい。

 このようなことを考察した上で私の出した結論は、学校教育に現状以上に多彩な教師を配置することと総括することができる。そのために広く各界の優秀な若手を、ちょうど昔の徴兵義務に応ずるように、2〜3年間、小・中学校の教師に任命し、初等教育に従事させる。また、最近話題となる団塊の世代の人々 の退職後も、小・中学生の少人数教育に当たってもらうのである。教育の理想は一対一であると私は考えている。このことのメリットは少なくとも二つある。第一は、この時期に将来の職業選択のモデルに接する機会を小・中学生に与える。第二に、若い教師や熟年の教師にとっても約10年、50年後輩の若者を理解する機会が得られることであろう。

 筆者は現今社会の理解を絶する子殺し、親殺し、朋輩殺しは、動物であるヒトを人間に変える幼児教育、小児期・思春期教育に問題があるためと考えている。人を傷つけるな、殺すな、盗むなといった社会を構成するために必須の不文律は、この時期にいわば刷り込まれなければならない。もっと人材と資力と時間を注がなければ、いまの混乱は解決できないであろう。

 それではもっと以前の、主題である受精の瞬間から出生までの胎児教育は、いかにとらえるべきであろうか。体内での環境汚染については生化学、衛生学、病理学等の立場から研究が進められている。本学会の成果もあって、糖尿病の影響などは、いまでは比較的よく知られた事実に属するであろう。しかし、母体の精神・社会生活が影響する胎児の在胎期間の環境は、出生以後の人の精神形成・性格形成・行動様式に、いかにかかわっているのであろうか。

 母体内にいる胎児は主として、聴覚によって母と交信しているらしい。母の声、母の胎内で聞こえる各種の音を聞いて胎内を過ごす。胎児への母親の話しかけのことをmotherese(1970、米国)と称し、胎児・新生児・乳児期には非常に大切なコミュニケーションであるらしい。意味は不明でも母親の気持ちは伝わるという。まさにボディーランゲージの極致である。これが欠けると、反応の乏しい子どもに育つと言われている。母のイライラは子に伝わり、逆に豊かなマザリーズを浴びた子は、よく笑い、情緒の発達が順調で、言語機能の発育もよいのだそうである。胎内での児にはまたある種の記憶が残り、胎内記憶と呼ばれている。胎内記憶は子宮内の記憶、体験となって人格形成に影響すると言われている。空間認識や自己の姿勢認識、四股の位置関係などは、この時期に発育するのかもしれない。

 胎内環境と母の豊かなマザリーズは、まさに初期中の初期の教育の基礎をつくる重要な発達段階であり、これが欠けると人格形成に重大な欠陥が生じる可能性がある。今後の発展に期待したい。シェークスピアも言っている。

 There are more things in heaven and earth, Horatio, Than are dreamt of in your philosophy.(この世の中には、お前さんの哲学なんぞでは及びもつかないことがたくさんあるのだ;"Hamlet"より拙訳)

診察室だより 北から南から

至誠会第二病院 糖尿病内科

本田 正志

 至誠会第二病院は世田谷区の西の端に位置し、病床数332床、1日約900人の患者様が通院する総合病院で、地域の中核病院です。染色体研究室、看護学校が併設されています。

 昭和4年、東京女子医科大学の創設者、吉岡禰生先生により開設され、現在は大学の同窓会である社団法人至誠会が運営しております。平成16年より東京女子医科大学の協力型卒後臨床研修病院となり、大学の若い研修医を迎え、活気に満ちています。

 糖尿病内科は、1ヶ月当たり約1,300人の糖尿病患者様が通院しており、産科より紹介受診される糖代謝異常合併妊娠が多いことが特徴の一つとなっています。産科で糖尿病スクリーニングを実施し異常を認めると、当科で精査をして、分娩まで産科、糖尿病内科、眼科で管理をします。平成5年より始めた妊婦のOGTTは769例に達しており、そのうち糖代謝異常合併妊娠に関しては、毎年、日本糖尿病・妊娠学会に報告させていただいております。

 妊娠糖尿病は分娩後糖代謝が一時改善しますが、将来の糖尿病発症予防が大切であるため、最近では、分娩後の健康管理目的で、当科で作製した女性健康手帳を渡して、年1回は受診していただくようにしています。また糖尿病教室では、家族の糖尿病を早期発見するための家族検尿を勧めており、妊娠可能年齢の女性の糖尿病早期発見に努力しています。

 日本糖尿病・妊娠学会、学会誌、そしてこの会報を通じて、学会員の諸先生方より大変多くの素晴らしい刺激をいただいて、日々の診療、臨床研究に励んでおります。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

至誠会第二病院 産婦人科

雨宮 照子

 至誠会第二病院産婦人科は、近隣の開業の先生方が分娩を取り扱われなくなったこともあり、2005年度分娩件数は711例と増加しています。当院はNICUもなく、ハイリスク・合併症を持つ妊婦は少ないのですが、35歳以上の高齢妊婦は24.5%で、その割合は毎年増加しています。

 現在、産婦人科は全員女性医師で診療に当たっており、助産師も助産師指導、マタニティヨガ、ベビーマッサージ、母乳相談など、積極的に妊娠中・分娩後のケアにかかわっています。産婦人科外来の向かい側には糖尿病内科外来が位置し、糖負荷試験や栄養相談など、両方の科を受診しやすくなっています。

 今後とも耐糖能異常の妊婦管理を、糖尿病内科と連携してやっていきたいと思っています。

至誠会第二病院ホームページ ▶

【コラム】 労働現場から

谷川 敬一郎
鈴鹿富士ゼロックス健康推進室

 昨年11月から企業の嘱託医として産業医の見習いをしている。

 産業医というのも中々興味深いもので、大学や病院にいては経験できない社会の現実を肌で感じる。これまでは患者が来るのを待っていたが、今は「生活習慣病」を生じる労働現場に踏み込んだという感じである。そして「生活習慣病」という名称は少しおかしいのではないかと考えるようになった。

 最近の新聞報道にもあるように、キャノン、トヨタ、シャープなど日本の一流企業の労働現場では少数の正社員と大量の派遣社員が働いている。社員の中には過重労働で疲れきって、そのストレス解消のために夜遅くに大食いしている者がいる。これは「生活習慣」と呼ぶような甘い物ではなく、労働者は必死なのである。不幸にもウツ病になる者もいる。糖尿病がウツを引き起こすのではなく、糖尿病を引き起こす労働現場が同時にウツ病をも発症せしめていると推定される。

 格差社会の現実も厳しく、多くの派遣社員の年収は300万円以下で「結婚も出産もできない」若い男女が多数いる。昨年戦後60年で初めて日本の人口が減少に転じたが、これらの男女が増えれば増えるほど人口が減り続けるのは自明の理である。最近の国勢調査では20〜34歳の未婚率は男性68%、女性56%だという。驚くべき数字であり、この国の何らかの歪みを反映していると思われる。

 今後は労働現場から様々な疾患の成立過程を解析してゆきたいと考えている。

(現:山中胃腸科病院所属)

日本糖尿病・妊娠学会 会報 一覧へ ▶

© 1985-2024 一般社団法人 日本糖尿病・妊娠学会