会報 2004 April Vol.6 No.1
【巻頭言】
定義は踊る、運用は柔軟に!
東京都済生会糖尿病臨床研究センター
昨年9月、パリのIDF会議の後、Oded Langerに会った。Odedは皆様にもおなじみの産婦人科医で、Gliburideの妊婦における安全性を報告した、あの太った愉快なテキサス大学の教授である。ご本人は食べ過ぎのシンドロームXで、シカゴでは学会中にハートアタックを起こして講演が中止になったり、メキシコシティーのIDFには高度で酸素が薄いからといって現れず、座長をすっぽかしたりしたエピソードもある。バイパス手術の後は元気になったようで大慶の至りである。彼は、ミネアポリスの国際糖尿病センター発刊のアメリカ版SDM (Staged Diabetes Management)の監修者で、小生とは古い付き合いだ。
開口一番、イスラエル訛りの英語でまくし立てるのは、「Dr. Omoriには脱帽だ。まさに彼女はミセス・サムライだ」と言う。Boyd E Metzgerが序文を書いている『Textbook of Diabetes and Pregnancy』では、大森安恵先生が糖尿病の妊娠の分類を分担執筆していて、Odedが糖尿病妊娠症例の経口薬療法の章を書いている。「何でだ」と問い返すと、「IDFの前、サテライトシンポジウムで彼女に会った。日本人女性には、検査上はGDMだが診断は2型糖尿病が多い。GDMと厳格に区別すべきことをうまく喋ろうとして、ウズウズしているそのスピリットが伝わってきた」と。
そこへ、SDMの編者で医療社会学のRoger Mazzeが来て、「こんなことは10年前の神戸のIDFのときから議論していたことで、同じ考え方だったんだ」と言うから調子がよい。「SDMの出産後経過観察のところに、『3〜6ヵ月後、検査をして糖尿病を再評価すること』という1行を、お前さんが日本版に書く前に米国版SDMに書いておいた」と言う。
英国内科学会会長のKGMM Alberti卿は、小生によく「日本人ってのは変な(strange)な連中だよな。太りやすいんだが、膵β細胞が貧弱だから、ちょっと太っただけですぐ2型になっちゃうんだよね」とからかう。だから、小生も「ハンプティダンプティやピックウィックみたいに変てこりんじゃないよ」と反論すると、「でも彼らはあれでハッピーなんだよ。キミ」とくるから、ジョーク交じりの英語の議論には負けてしまう。
しかし、大森先生の東京女子医科大学における統計で、2型が1型を上回る年代が15〜16歳、そしてGDMの範疇に入る例を改めてGDMと2型に分けてみると、児の先天異常に大幅な差がある成績の説得力は大きかった。また、最近の米国における若い人たちの2型の激増ぶりが、さらに彼らの思考を変えるのに拍車をかけたようだ。
日本糖尿病学会が新しい診断基準を出す前、葛谷健先生に「GDMと2型をはっきり区別しないと・・・・・・」と言ったら、目から鼻に抜ける彼は、「たいていが2型でしょ。エヘン!」という答えが戻ってきた。確かにGDMには2型の前段階である例が含まれているが、妊娠中に2型とわかったら、学会発表のためにいつまでもGDMに入れておくことだけは、やめにしようではないか。もともと、GDMの診断基準は日本とアメリカでは微妙に違い、人間も違う。彼らは話が通れば、「定義は定義、解釈と運用とはまた別な話」と言うに決まっているのである。
大森賞を受賞して
東京女子医科大学糖尿病センター
この度は、大森賞をいただき誠にありがとうございました。大森安恵先生が築かれた当センターでの糖尿病と妊娠の分野を、現在は佐中眞由実先生のご指導のもとに学ばせていただいている立場として、このような賞をいただくことができ、大変光栄に思います。そして、今後の糖尿病と妊娠における臨床、研究にさらなる精進をと、身の引き締まる思いです。
日本では、欧米に比べて1型糖尿病が少なく、妊娠可能年齢における2型糖尿病の比率が相対的に高いため、妊娠前からあった未発見の糖尿病や耐糖能異常が、妊娠時に初めて発見される症例も多く見られます。今回は、妊娠初期に発見された耐糖能異常合併妊婦について、診断時から妊娠中の経過、分娩後の耐糖能をHbA1Cを中心に検討しました。妊娠糖尿病の診断時に糖尿病の診断基準を満たした群で、HbA1Cが6.5%以上であった頻度は66.7%であり、妊娠前から耐糖能異常が存在する症例も多いと考えられました。この群における網膜症、インスリン治療の頻度は2型糖尿病妊婦に近い臨床像であり、分娩後は77.2%が糖尿病型を呈しました。今回は、それぞれの症例の経過を改めて検討する機会となり、分娩後の耐糖能には、妊娠中の血糖コントロール、体重を含めた治療と管理、また妊娠中の糖尿病に関する教育も影響していることを再確認しました。
妊娠初期のスクリーニングは、未発見の耐糖能異常を発見するために重要であり、分娩後は糖尿病の発症予防のため、また糖尿病の合併症を防ぐためにも、定期的な観察が重要です。妊娠時の糖尿病の治療管理に携わっている立場として、今回の検討を日常臨床に役立て、健やかな妊娠、出産を迎えていただけるようにサポートし、さらに分娩後の定期的な経過観察の重要性を伝えていけるようにしたいと思います。最後になりましたが、岩本安彦教授をはじめ、チーム医療で支えてくださっている先生方およびスタッフの方々に心より感謝いたします。
診察室だより 北から南から
社会福祉法人聖母会聖母病院
社会福祉法人聖母会聖母病院は、1925年にマリアの宣教者フランシスコ修道会により『国際聖母病院』の名でスタートし、1952年社会福祉事業法の制定により今の名前になりました。病床数173、外来患者数は1日平均約750名です。新宿には大学病院や総合病院がいくつもありますが、当院は比較的都会の騒音から一歩離れた住宅街にあり、地域に密着した医療を目指してスタッフ一同が日々奮闘しています。「国籍、信仰、貧富を問わず、心の通う医療を提供する」という基本理念があり、ときには英語やスペイン語等が飛び交う場面もあります。少子化の昨今にしては、分娩数が年間1800前後と多いのも特徴と言えます。
月、火、金曜日の午前、水曜日の午後の週4回を糖尿病研修指導医の私が担当しています。チーム医療として、糖尿病療養指導士の栄養士3名、薬剤師2名が患者教育に熱心に取り組んでくれています。午後の外来では、毎回栄養指導を行い、月1回は季節に合った低カロリーのレシピを写真入りで患者さんに提供し、好評を得ています。教育入院は毎月2週間コース、1週間コースを1クールずつ行っています。
妊婦検診には血糖測定を行い、随時血糖100?/dl 以上やハイリスクの場合はOGTTを施行していて、産科医との連携は良好です。私が赴任して4年になりますが、その間、約20名の妊娠糖尿病、妊娠中に初めて糖尿病型を示した7名、5名の2型糖尿病、1名の1型糖尿病の方が無事に出産されました。妊娠中に初めて糖尿病を示したうち2名は抗GAD抗体陽性で、出産後は1型糖尿病として強化インスリン療法を継続しており、昨年の学会で報告しました。また、一般の方にも糖尿病の理解を深めていただくために、年1回は『糖尿病フェスティバル』と題して、パネル展示や血糖測定の実施、医療相談を行っています。
今後もきめ細かい専門医療を目指し、妊娠糖尿病の方の出産後のフォローも含めてスタッフとともに努力をしていきたいと考えています。
鳥取県立中央病院
鳥取県立中央病院は、JR鳥取駅から車で約15分、鳥取砂丘にほど近い国道9号線(旧山陰道)沿いに建つ病床数436床の鳥取県東部地区の基幹病院です。県下で唯一の救命救急センターや周産期センターなどを併設している関係もあり、西は鳥取県中部地区から東は兵庫県北部地区までの広範なエリアを医療圏としております。
当院は、平成13年4月に松江赤十字病院より武田倬先生が副院長として着任されました。平成14年4月には院長に就任され、糖尿病診療体制が着実に充実してまいりました。小生は平成14年4月に赴任いたしました。
当院では1型、2型および妊娠糖尿病を合わせて年間5名前後の方が出産され、現在も4名を外来フォロー中です。また、昭和49年から開催されている『小児糖尿病大山サマーキャンプ』の代表を武田院長が務めておられるため、当院には1型、2型を問わず小児・若年発症の糖尿病の方々が多数通院されています。最近の傾向としては、若年発症2型糖尿病の方の増加が目立ち、それに伴って非計画的に妊娠されたケースの紹介が増えています。その多くは肥満を合併しており、妊娠中も体重管理、血糖管理に苦慮します。
若年発症2型糖尿病の多くは、発症背景に食生活を中心とした生活習慣の問題を抱えており、そういった食生活の問題を通して糖尿病の発症・進展を予防しようと、武田院長や松江赤十字病院栄養課の田中栄養士らが世話人となられて、平成14年9月に、鳥取、島根両県の栄養士からなる『小児・ヤング糖尿病食事療法研究会』が発足しました。現在は年4回の開催で、対象も必ずしも糖尿病のみに限定せず、青少年の健全な育成のために必要な食事の知識、日本人としてのよりよい食生活のあり方などについての研究・啓発をしていこうと、鳥取・島根の山陰両県を挙げて取り組み始めています。
院内に留まらず、地域との連携の中で一丸となって、糖尿病を持つ妊婦さんを支援できる体制の構築を目指しています。
IADPSGに参加して
愛媛県立今治病院内科
パリから鉄道でバルセロナ入りしたIADPSGの前日は暑く長い一日だった。
鶏の鳴き声で起こされた学会初日は、糖尿病妊婦の胎児への影響や妊娠中の代謝に関するsessionから開幕し、糖尿病と妊娠に関心を寄せる世界中の医師、研究者が集まり盛会であった。この日は、糖尿病と妊娠に関する研究で有名なHAPO Studyの紹介があり、穴澤先生がUSAのProf. Metzgerと座長をされ、佐中先生の発表もあった。2日目は、第1回Joseph Hoet賞受賞講演として、UKのDr. Hattersleyが妊婦と胎児のglucokinase mutationを中心に、わかりやすく話された。その日の午後は、Poblet修道院へのバスツアーがあり、夜は大森教授らとともに地中海に面した海辺のレストランで楽しく食事をした。3日目、疫学や予防医学のsessionでは三田尾先生、穴澤先生、鮫島先生が口演。胎児発育と遺伝的免疫学的事項では、大森先生とDenmarkのDr. Buschardが座長をされた。最後の新しい治療のsessionの座長をUKのDr. Dornhostと私が担当した。3日間を通して友田先生や小浜教授など、紹介しきれないが多くの日本からの先生方も参加した活発な討議であった。残念なことはtightなスケジュールでポスター討議の時間はもの足りなかった。
臨床医にとって、国際学会に出席する時間を取ることは容易ではないが、そこにはそれを上回る出会いがある。Prof. Melloからのクリスマスメッセージを会員の先生方に贈る。
“Wish you health, happiness, success and satisfaction for the New Year”
書評「Textbook of Diabetes and Pregnancy」
東京女子医科大学糖尿病センター所長
糖尿病と妊娠に関する分野で世界をリードする臨床家、研究者の共同執筆になる「Textbook of Diabetes and Pregnancy」(Martin Dunitz社)が昨年刊行された。
Metzger教授の序文にも述べられているように、本書は糖尿病と妊娠についての最近の進歩を幅広く網羅した集大成である。とくに、巻頭の四つの章には、糖尿病妊娠の歴史と、この分野の偉大な先達であったWhite、Pedersen、そしてFreinkelの三先生の業績がまとめられており、興味深い。
本書は50章に分かれ、糖尿病と妊娠のすべてについて、それぞれの専門家によって記述されている。折りにふれて、項目ごとに読むうちに、全貌を把握できるであろう。
我が国からは唯一人、糖尿病と妊娠の分野のパイオニアである大森安恵理事長が「Classification of diabetic pregnancy」の章を執筆されている。
本学会員必携・必読のTextbookとして、ぜひお読みいただくようお薦めしたい。