会報 2003 March Vol.5 No.1
【巻頭言】
揺籃期の小児糖尿病の医療と
糖尿病妊婦の胎児障害の問題
日本大学名誉教授/(財)東京都予防医学協会理事長
わが国の小児糖尿病学のパイオニアでおられる丸山博先生のお話によると、先生が東大病院小児科で糖尿病専門外来を開始されたのは1960年であって、外来の糖尿病患者が次第に増えたので、1963年に患者教育とレクリエーションのために、主任教授の反対を押し切って、苦労されながら日本で最初の糖尿病サマーキャンプを開催されたとのことである。そして、先生は東大第三内科の三木英司先生と共に、1970年にわが国ではじめて全国的な患児の実態調査を実施され、その成績を1972年に日本糖尿病学会の機関誌の「糖尿病」に報告された。私はその先駆性に心から敬意を表したい。
その報告では619例の患児の実態が記載されているが、私はインスリン注射なしでは生存がむずかしいと考えられる患児が、第2次世界大戦中どのようであったかを知りたいと思い、その報告の中に1945年の終戦以前に出生した患児が何名含まれているかを調べてみた。報告の中で調査時の年齢が明らかであったのは584例で、1945年以前に出生していた患児はその約8%に過ぎず、戦争中または終戦直後の混乱の中では多数の患児が不幸な転帰をとったものと思われ、治療用のインスリンの入手の困難なことがその一因と推測された。
そこで、わが国の糖尿病患者のインスリン療法の歴史をひもといてみると、小児では1924年に大津の宮澤美敬先生が、6歳11ヵ月の1型糖尿病にはじめてこれを使用し、血糖と尿糖は減少し、全身状態は著しく改善したと小児科雑誌に報告している。
インスリンは1921年にカナダで発見され、1922年に世界ではじめて14歳の小児に使用されたといわれているので、宮澤先生の先駆的治療に敬意を表したい。
このように小児糖尿病学の先駆者達が、かなり早期から小児糖尿病の臨床において努力されてきたのに、1980年までのわが国の1型糖尿病患者の予後が著しく惨めな状態であったのは何故であろうか。
それは、私共が最初に証明したように、日本の小児の1型糖尿病がノルウェーの20分の1、米国の約15分の1というように、発生頻度が少なく、一般の関心がそれに向けられなかったからであり、もっと頻度の多い小児疾患に対する医療体制の整備が優先されたからであろう。
サマーキャンプ開催についての反対や、1型糖尿病に対するインスリン自己注射の認可の遅れを責める人がいる。しかし、日本のように2型糖尿病の成人が多く、1型糖尿病の小児が少ない国の医療の優先順位を考えれば、これを責めるべきかどうか判らない。幸いにして1970年半ば以降は、小児糖尿病に対する医療システムは向上し、その長期予後は急速に改善している。
私は、過去を責めるよりもむしろ現在の政府の緊縮財政政策によって、せっかく整備された望ましいこの小児医療システムが切り捨てられることのないように心から願っている次第である。
このように、1975年頃から小児糖尿病の医療システムは向上し、それに伴って若年発症糖尿病女性の妊娠も増えたと思われる。筆者は、1980年頃に Excerpta Medica が出版した『Pregnancy Metabolism, Diabetes and Fetus』を読んで、糖尿病妊婦から生まれた児の問題に強い関心を持った。それは、筆者らが障害児発症予防を目的として研究していたフェニルケトン尿症妊婦の胎児障害の問題と極めて類似していたからである。
それから5年後に大森安恵会長の下で第1回「糖尿病と妊娠に関する研究会」が開催された。
筆者は、糖尿病のみならず小児内分泌代謝疾患の医療が進歩するにつれて、それらの疾患をもつ妊婦の胎児障害とその予防が大きくクローズアップされると思い、小児科医もこの問題に関心をもつべきと考えて、1989年に本会をお世話させていただいたが、それから15年が経過し、糖尿病妊婦から生まれた児の予後が著しく向上しているのを知り喜びに堪えない。
本会の益々の発展を祈念しつつ筆を置く。
大森賞を受賞して
みなみ赤塚クリニック
この度は、われわれの研究発表「糖代謝異常合併妊婦における血糖自己測定データ通信手段(e-SMBGを導入して)」に、栄誉ある第3回大森賞をいただきまして誠にありがとうございました。
糖代謝異常合併妊娠における血糖コントロール目標は、「糖代謝の完全正常化」でありますが、近年著しく増加しつつある糖代謝異常合併妊婦に対して、きめ細かい血糖管理を行うためには、e-SMBGなどのITを利用した医療手段の活用が今後さらに必要不可欠になるものと思われます。また、患者さんを中心としたチーム医療の実践のためには、何よりもわれわれ医療従事者が、患者さんに信頼していただかなければなりません。妊婦さんたちとの毎日のメールのやり取りの継続は、この信頼関係の構築にたいへん有用であったように思います。
大森賞の選考基準の一つは、「今後も継続して研究活動がなされること」であります。このことを肝に銘じながら、今後も微力ではありますが全力を尽くしてまいりたいと思います。
大阪市立総合医療センター代謝内分泌内科
この度、第18回日本糖尿病・妊娠学会におきまして大森賞をいただき大変光栄に存じております。また、今後も糖尿病患者さんによりよい妊娠出産を迎えていただけるように努力してまいりたいと心を新たにしております。
当院では、1型、2型および妊娠糖尿病合わせて年間約20名の患者さんが出産されており、内科、産科、小児科、眼科の医師はもちろん、看護師、栄養士さんの協力を得て診療を行っています。内科側としましては、インスリン導入を含めた母体の血糖管理に最も重点をおいておりますが、多くの方が外来でのインスリン導入となるため、指導には大変気を使います。診断時よりインスリンの導入の予知が可能であれば、時間をかけてゆっくりと指導ができ、患者さんも安心してインスリン注射を行うことができるのではないかという思いから、診断時のインスリン抵抗性に着目し、藤井院長、田中部長、佐藤部長のご指導のもと、今回の研究としてまとめさせていただきました。妊娠糖尿病の患者さんは年々増加傾向にあり、今後も患者さんにフィードバックできる形でさらに発展させていきたいと存じます。今後ともご指導賜りますようよろしくお願いいたします。
診察室だより 北から南から
東京都東京医科大学八王子医療センター
東京医科大学八王子医療センターは東京医科大学の分院の一つで、東京都、神奈川県、山梨県のちょうど県境に位置する総合病院です。そのため、患者さんは1都2県から来院され、大学という研究機関でありながら、地域の中核病院として一般診療もこなすという二つの面を持っています。
産婦人科は、産科20床(今春より33床)、婦人科15床を有し、地域の診療所や病院と病診連携を行いながら、主にハイリスク妊娠管理、婦人科悪性腫瘍の治療、腹腔鏡手術等を中心に診療を行っています。
私は、平成10年1月に当院へ着任し、妊娠中毒症、耐糖能異常合併妊娠の管理を中心に診療してまいりました。耐糖能異常合併妊娠は、5年間で62名の分娩を経験させていただき、現在も4名の方が外来通院中です。
当院での耐糖能異常合併妊娠の血糖コントロールは、妊娠中は産婦人科が行い、糖尿病合併妊娠の分娩後や妊娠中に初めて診断された糖尿病の方の分娩後の診療は、内分泌内科が行います。そのため、医師、助産師、看護師、栄養士は、耐糖能異常合併妊娠の患者さんと年間を通じて接しており、平成14年10月には、助産師、看護師が中心となって、これから妊娠の可能性のある糖尿病患者さんの自主的なサークルが発足しました。サークルでは、医師を交えた糖尿病と妊娠の勉強会を開催するなど、患者さん同士の交流の場となっています。今後も心身の両面から患者さんを支援していければと思っています。
兵庫県 加古川市民病院
加古川市民病院は、兵庫県南部の神戸市と姫路市の中間に位置しています。産婦人科は、小児科とともに兵庫県東播磨地区の地域周産期センターとして機能しており、房産婦人科部長以下、研修医を含めて5名が勤務しています。
緊急母体搬送例は、分娩数の20〜30%を占め、よほどの事情がない限り、ほとんどの依頼を受け入れているため、ハイリスク妊娠例を多く経験する機会に恵まれております。つい先日も、はるばる和歌山県から妊娠27週品胎の前期破水症例が、阪神地区を越えて搬送されてきました。
私が着任した平成10年6月以後、GDMやDM合併妊娠で、入院管理を要した症例は11例ありました。現在も2名が入院していますが、神戸大学産婦人科学教室での指導を思い出しながら、周産期チーム一丸となって、母児ともに元気に出産を迎えるお手伝いをさせていただいています。
ここで最近印象に残ったことを一つ。DMでSU剤を投薬されている方が、ずっと欲しかった赤ちゃんに恵まれて当科を受診されました。内科では、薬と妊娠に関して何の説明もなかったそうです。DMのコントロールは良好でした。今後に活かしていただこうと、内科医師に事情を説明しましたが、「内科では妊娠の可能性があるかどうかいちいち聞いていられない。今後そういう女性がきたら、全員産婦人科に紹介していいんですね!」と、逆ギレされてしまいました。本学会に所属されている先生方には釈迦に説法かもしれませんが、女性を診る以上、慢性疾患の治療の際には、挙児希望の有無を確認して投薬するか、計画妊娠の必要性を説明していただきたいと思います。
今度、その先生方をこの学会に誘ってみようと思っています。