会報 2002 October Vol.4 No.2
【巻頭言】
産科医として、なぜ膵ランゲルハンス島と
インスリン測定を目指したのか
三重大学名誉教授
巻頭の言葉を書くように編集担当の方からお話をいただいた。この学会(研究会)の発足時から産婦人科医として深く関わっていたとはいえ、残念なことに現代における最新の情報・成績等について、いま私は有益な提言、アドバイスなどをお話しできる立場にはない。そこで今回は、私がほぼ半世紀前、当時の産科医としては珍しい、インスリン代謝研究を行うに至った経緯のあらましを述べ、巻頭の言葉にかえさせていただくこととする。
大学院生の私に与えられた当時の研究課題は、「妊婦における糖質代謝の特異性」というテーマであった。1957年春のことである。まだ少なかった当時の文献類を渉猟し、今日では原始的と思える生化学的手法を用いて、解糖過程やTCAサイクルの糖脂質関連代謝産物を一つ一つ調べていった。その結果、妊娠時の血清中には、乳酸、焦性ブドウ酸などケト酸がかなり高値に認められる事実を発見した。
当時はその原因として、妊娠時の複雑で特殊な内分泌代謝環境にも影響されるであろうが、同時に特筆されるべき重要な因子として、子宮内における特異な代謝環境下で、嫌気的解糖過程が亢進している胎児の存在が、母体全体としての代謝に影響を与え、血中ケト酸の高値をもたらすのであろうと推論した。当時有名な Soskin の著書「Carbohydrate Metabolism」(1956年)では、体内における metabolic pathway の十字路には必ずインスリン作用が関係すると記され、インスリンの重要性が強調されていたが、私どもの領域でも、妊娠母体における合目的性のある代謝適応と、胎児の円滑な子宮内発育におけるインスリンの意義の重要性が示唆されたのである。
そこで産婦人科領域においても、妊娠時におけるインスリン分泌の実態を調べる必要性が生じたが、実験動物を用いた病理組織学的検索において、妊娠時には膵ラ島の肥大像などインスリン分泌の亢進像を示唆する成績は得られたものの、その分泌動態の詳細については、なお十分に知られてはいなかった。
血清インスリンの測定にあたっては、RIAによる測定法が確立されておらず、Bioassay による方式で行わねばならなかった。そこで大変手数のかかる複雑なマウス痙攣法(峰下法)によるILA測定によって、血清インスリン活性の測定を始めた。これが血清インスリン測定との縁の始まりとなった(1959年)。
転勤により一旦中断を余儀なくされた実験は、RIAによるIRI測定法の確立を契機に再開することができ、とくに1975年、三重大学に赴任してからは、「妊娠時におけるインスリン代謝」を教室の研究テーマの大きな柱の一つとして、以後の研究を進めることができた。思えば不思議なインスリンとの縁である。
今日、「妊娠と糖尿病を含む糖代謝異常」は、わが国においても糖尿病や糖代謝異常の著しい増加傾向を背景に、周産期におけるなど単に妊娠前後の母体の健康のみならず、その円滑な子宮胎児発育と出生児の生涯にわたる健康を包括する大きな臨床的・基礎的研究課題として、広く取り扱われるようになっている。
三重大学の産婦人科教室においても、豊田長康教授によって引き続き盛んな研究が行われ、国の内外で活発な発表がなされている。このような現況は、この間、産婦人科医の立場から一貫してこの領域の研究テーマに取り組んできた立場からみると、誠に感慨深いものがある。
大森安恵教授を中心とする数人の世話人の下に「糖尿病と妊娠に関する研究会」が発足し、1985年12月、第1回学術集会が同教授のお世話の下に、東京において盛大に開催された。世話人の一人として、そのときの模様がついこの間のことのように懐かしく思い出される。
第4回の学術集会(1988年)は、私どもの教室でお世話させていただいたが、2002年度は、第18回日本糖尿病・妊娠学会として、12月7日〜8日、奈良県立医科大学の森川肇教授の下に開催されることになっている。本学会の発展と学術集会が、盛大裡に終了することを祈念するものである。
診察室だより 北から南から
北海道 札幌社会保険総合病院
糖尿病内科部長、栄養科管理部長
当院は新札幌地域の中核病院で、ベッド数は276床。規模としては中規模病院ですが、在院日数は平均14.2日と高回転型病院で、総合外来、医療連携室を有し、地域の各診療所や病院と病診連携を行っています。内科は、糖尿病、腎臓(透析)、呼吸器、循環器、消化器、膠原病と分化・専門化しています。透析センター、健診センターを併設しているため、初回教育入院の患者さんだけでなく、重大な合併症を有する患者さん、糖尿病以外の疾病合併患者さん、1型糖尿病患者さんが集まっています。
平成10年11月からは、糖尿病クリティカルパス(以下パス)が導入され、平成14年には1型糖尿病のパスも開始し、糖尿病合併妊婦のパスも作成努力中です。現在の当科の平均在院日数は、10.6〜11.8日で、医師、薬剤師、外来・病棟看護師、栄養士が入院患者に対して、定期カンファレンスを開くなど、協力して治療にあたっています。
糖尿病合併妊婦に関しては、産婦人科と糖尿病科の連携システムが確立しており、産婦人科初診の妊婦は、産婦人科医により50g challenge テストおよび75gGTTが行われ、糖尿病合併妊娠およびGDMは糖尿病内科へ紹介され、その他は産婦人科で管理されます。また、GDMは出産後の1か月健診時に75gGTTを産婦人科で行い、その結果は内科で患者さんにお話ししフォローアップします。病棟は、糖尿病科と産婦人科の混合病棟で、糖尿病内科医2名、産科医3名で診療にあたっています。助産師も常に糖尿病患者に関わり、また、CDEの資格のある助産婦もおり、糖尿病合併妊婦を診る環境としては整っていると言えましょう。
糖尿病合併妊婦は、年間6〜7名ですが、当科通院患者さんは、日ごろから口うるさく言っているためか、計画妊娠が多くなりました。現在、地域の先生、コメディカルの方々と糖尿病に関する三つの勉強会を設けており、共に学び、少しでも計画妊娠の患者さんのご紹介が増えればと思っています。
兵庫県 パルモア病院
神戸・元町にあるパルモア病院は、京都府立大学小児科教授であられた三宅廉先生が、大学を辞めて開院した病院です。以来、「新生児に生きる」をモットーに周産期医療に力を入れ、近年の年間分娩数は1200例を超えています。
私は、平成12年6月着任後、当院でも最近増加傾向にあるGDMやDM合併妊婦の管理を行っています。血糖管理を行っている患者さんのうち、現在妊娠している方3名、分娩を完了した方11名、今後挙児希望の方が7名おります。
私が当院で初めて手掛けた症例は、初診時 HbA1C 11.9%でケトアシドーシスにより入院した挙児希望の女性でした。計画妊娠の重要性を説明していたのですが、HbA1C 9%で妊娠してしまい、頻回のインスリン投与、食事・運動療法と厳格なコントロールにより無事出産に至りました。その後は、計画妊娠の必要性をより具体的に説いております。大阪府立母子保健医療センターの藤田富雄先生らには、いろいろとご指導いただき感謝しております。
もう一つ力を入れているのが、心療内科的なケアです。何の症状もない人、とくに若年者が突然、糖尿病と診断されると、大きな不安と動揺を与えられます。一般に、DM患者さんのうつ病発生頻度は約15%といわれており、そうなると血糖コントロールも不良になります。そこで適宜、心理テストなどを行い、心身症的な側面も見逃さないように努めています。
当院でも、無事に出産はしたものの、終わりのないインスリン治療に孤独感を感じ、抑うつ状態となった患者さんを経験しました。支持、共感をしていくとともに、抗うつ剤併用によって改善されました。
また、妊娠したDM患者さんがどうすればよいかわからず、同じDM患者さんのホームページの伝言板に書き込みをしたことで励みとなり、乗り越えた方もおられます。今後は、当院でも患者さん同士の交流の場の実現に向け、手助けができればと思っています。