一般社団法人 日本糖尿病・妊娠学会

会報 2002 April Vol.4 No.1

【巻頭言】
Prediabetes—いつのまにか消えた用語—

後藤由夫
東北大学名誉教授

 1939年シカゴの Allen により糖尿病発症以前の婦人から生まれる新生児の体重の重いことが報告された1)。6年後、Miller は過体重児は prediabetic state の根拠になるのではなかろうかと述べ2)、それから prediabetes という用語がポピュラーになり、また糖尿病婦人の巨大児分娩が注目されるようになった3)。

 巨大児では膵島が通常の6〜9倍に肥大(macronesia)、膵島細胞数も増加し(polynesia)膵に占める島組織の割合が2、3倍に増加する。膵の間質にはリンパ球、大食球、白血球とくに好酸球の浸潤がみられ、好酸球に関連したシャルコー・ライデン結晶もみられるという。巨大児となる説明は Pedersen(1954)以来、栄養素の過剰供給に対する胎児膵島のインスリン分泌の増加があげられている。糖尿病状態の母体ではインスリン効果の不足のために、糖利用の低下と肝の糖新生亢進による高血糖、それに付随する高脂血症、高ケトン血症、高アミノ酸血症の状態となって、過剰のグルコース、脂肪酸、ケトン体、アミノ酸が胎盤を通過して胎児に流入する。胎児体はこれを処理するために、膵島が前述のように反応する。胎児のインスリンにより、それらの栄養素はグリコーゲン、脂肪として貯蔵されるとともに器官形成に用いられ、脳を除く臓器が大きくなる。体重は通常の新生児より平均して50%、肝は細胞肥大と骨髄外造血の増加で80%、心臓は細胞数の増加で約78%、脾は約25%、副腎はおよそ58%増で重くなるといわれている。胎盤からは、ソマトメジンの調節因子ラクトゲンやその他の因子が分泌されて臓器の肥大が起こる。

 一方、糖尿病の罹病期間が長く血管障害が進行している妊婦では、低体重の新生児や早・死産などが起こる。実験的に子宮を栄養する動脈を一部結紮して、血行障害を起こさせると、胎児が低体重で発育が遅れるのと同様な現象である。

 現在は、巨大児や低体重児の生まれる機序はこのように明らかになったが、1940年代は糖尿病は糖尿病遺伝子によって起こるが、遺伝子を持っていてもすぐに高血糖状態(糖尿病)になるわけではなく、発症までの期間が prediabetic stage と考えられた。この時期には、内科的に何も異常を見い出せないのに産科的には異常がみられる。それらが糖尿病遺伝子にもとづくものであるならば、内科的な異常はないものであろうか。

 1950、60年代はこの異常の探索が糖尿病学の流行のテーマで4) 5)、わが国では山田弘三先生が代表でヘキスト社の援助で prediabetes の研究会が何年か続いた。筆者は糖尿病の遺伝が単純劣性遺伝という当時もっとも有力だった Pincus と White の説を前提に両親糖尿病の子どもの研究を行った。43組の夫婦で137人の子どもに GTT を行い、正常、境界群、糖尿病に分けてインスリン分泌、血漿 FFA、インスリン低血糖時の GH 反応などを調べた。正常型ではインスリンが低反応で、境界型、糖尿病型となるにつれ反応が増すこと、FFA、GH の反応もすべて段階的に変わること、そして網膜電図では正常でも律動様小波の減弱・消失がみられた。そして妊娠歴を持つ人たちの流早産歴、巨大児分娩歴などは、GTT 糖尿病型のものに高く、正常に少ないことがみられた。これらは第7回 IDF に招かれて発表した6)。

 1970年代になり HLA と1型糖尿病の関連をはじめ糖尿病遺伝子の探索が始まり今も続いている。糖尿病合併妊娠でも血糖を厳重にコントロールすれば巨大児も大奇形児も生まれないことが明らかになり、prediabetes は Pomeranze7)が指摘したように prediagnosis diabetes のことだったのかなと思われるようになった。1980年代になるとテキストからも prediabetes という項目も名も消えてしまった。これが学問の進歩なのであろう。時代を越えて残るのは正確に観察された現象や事実であることを改めて感じさせられている。

文献:
1) Allen E : Am J Obst Gynec 38, 982, 1939
2) Miller HC : NEJM 233, 376, 1945
3) Kriss JP, Futcher PH: J C Clin Endocrinol 8, 380, 1948
4) Jackson WPU: Brit Med J ll, 690, 1952
5) Camerini-Davalos AR et al. : Diabetes 12, 508, 1963
6) Goto Y et al. : Diabetes, 7th lDF(lCS231, 240, 1971(日医会誌69, 1267, 1973)
7) Pomeranze J: Ann Int Med 51, 219, 1959

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