会報 2001 April Vol.3 No.1
【巻頭言】
21世紀の糖尿病と妊娠
—GDM に接点の役割はさせられないか?—
母子愛育会総合母子保健センター所長
ミレニアムに生き、21世紀最初の年に「日本糖尿病・妊娠学会」誕生を迎える幸運を皆様と共にお祝いしたい。
縁あって私は、東京女子医科大学に母子総合医療センターを創設し、難病を預かる各センターの専門家と治療法を討論し、工夫する幸せを享受させていただいた。まず、周産期センターの成績は2年で世界一になり、討論症例も多く含まれていたことから、今までに妊娠を許されなかった偶発合併症例が妊婦として訪れ、管理法は次々と改善された。新糖尿病センターには妊婦外来が設けられ、大森安恵センター長の下、必要なデータが集められ討論も進歩した。センター群に真に必要なのは人材、熱意、そして flexibility と知ったことは、小さくとも第3次センター設立を志す方々へのお土産になった。
さて、厚生省(当時)の平成9年11月の発表によると、わが国の糖尿病患者数は約690万人。潜在例を合わせれば1370万人で、主として2型 DM だと言う。あれから3年余、患者数は銀座の肥った糖尿病ネズミ同様増えているに違いない。妊娠糖尿病一つでさえ関連専門医、コメディカル、療養指導士などの緊密な協力が必要なのに、産科医も少子化のあおりで、3分の1は分娩取扱いを止めている始末である。以下、雑感を述べる。
1) 働く女性群が、合併症があっても妊娠分娩が可能になったものの、DM 合併妊娠と GDM の怖さの差は知られず、妊娠前のスクリーニングは絶対必要。初期妊婦検診の項目も多く、耐糖能テストは入り込めず、変化もわかりにくい。すでに妊娠していて変化の出そうな中期に、随時尿でみても3%前後しかわからない。
2) 妊娠と言う言葉を単一カテゴリーにはめ込んでいる誤りはないか。受胎児は米粒大の頃から胎盤に人間一人の持つほとんどの機能を代行させ、280日の間に3〜4?の大きさに自律的に発育する controlled tumor であり、妊娠、分娩、授乳にかけてのめまぐるしい母体変化はその tumor のもたらす強大な内分泌代謝負荷で、その相互作用に耐えられぬ母児は結末を迎えるまでに周産期異常という泥沼にぶちこまれる。そう言うと、学生はびっくりする。専門家でも、要は血糖を下げればいいのだから、妊娠中早く治療すればいいではないかとなる。産科でも妊娠中、境界型下限でも驚くような母体や胎児の変化も出るし、妊娠負荷の耐糖能変化の実態は未だまとめられていない。皆が短絡思考に陥っている。個々の現象解明が深められても、総合的解析はいかに pitfall に陥りやすいか、若い人は考えてほしい。
3) 糖尿病の発症が、白人では1型が、colored people では2型が多く、日本で2型の発症が多い。農耕生活による遺伝子の変化、食事の差というが、どのくらいの期間で起こるのか。妊娠による耐糖能低下の影響は5年くらいともいうが(妊娠負荷は重なるほど強くなる傾向がある)、妊娠 space との関係は?
4) GDM で DM 型でなくても、周産期異常は少なくなく、取扱要注意で DM になるリスクは高い。GDM の中で妊娠前に見逃された2型 DM の予後は悪く、このような症例では早い時期の慎重な検査が望ましい。
5) 宿題は多い。(1)DM 合併妊娠と GDM 妊婦の周産期管理の予後調査による区別 (2)GDM 妊娠の DM への移行率、阻止法、発病間隔の長期検討 (3)IUGR 児の将来の DM 発症率が高いというが、IUGR 発症原因別の日本での長期 follow up の必要性 (4)奇形発生原因も分析されつつあり、スクリーニングは可能か (5)30歳以下の若者の DM は、白人で1型100%、日本人で2型98%というのは、1型、2型の%交差点が日本では15歳、フィンランドで30歳ということもあろうが、表現法の差を直すと日本の交差が比較的平らなことは要注意ではないのか。いつの日か世界全体で種属差ごとの管理基準を、同じ規準値で定めてほしいものである。
“If two lines on a graph cross, it must be important.”(ボルチモア大学アーネスト・F・クック)