一般社団法人 日本糖尿病・妊娠学会

会報 2015 September Vol.17 No.2

【巻頭言】
糖尿病を持つ母とその子のために

小浜 智子
真木会真木病院 糖尿病内科部長

 「糖尿病の人は子供を産んではいけない。」これは実際に私が、群馬のある大学病院の病室で産婦人科医に言われた言葉である。今なら、考えられないことだが、四半世紀前では、一般に信じられていたことで、いくらすでに東京女子医大では600名近くの糖尿病妊婦分娩成功例があると説明しても聞き入れなかった。真偽の程は不明だが、ある病院で糖尿病患者が妊娠中に低血糖を起こして亡くなったからだと言うのだ。私への説得は優に2時間近くに及んだ。私はその後すぐに当時東京女子医大糖尿病センター所長であられた大森安惠先生に電話した。「先生、無理です。私には出来ません。」先生のお答は「そうね、大変ね。だからこそあなたが頑張りなさい―。」

 それでも何とか皆さまのお陰で、総合診療部に糖尿病妊婦・ヤングの専門外来を持つに至った。ある日、市民病院から29歳の1型糖尿病妊婦が紹介されてきた。内容はコントロール不良で、妊娠中も時にケトアシドーシスを起こしている。腎症も発症し、腎機能低下があるが、妊娠継続を強く望んでいるが分娩可能だろうかと言うようなものであった。腎機能を再検すると、24hCCr 39ml/min、Cr、BUNも軽度に上昇していた。診察すると、どうしても産みたいという。まさに、「我が命に代えても」の感があった。妊娠初期のコントロールが悪いので、奇形の可能性が正常妊婦よりあること、妊娠後半は妊娠による高血圧などの合併症も考慮し、分娩まで全期間入院すること、万が一、急性に腎機能が悪化した場合は、透析導入もあり得る事などを説明し、妊娠を継続した。腎機能が22.5ml/minまで低下したため、妊娠32週にて帝王切開にて女児分娩。2675g。奇形なし。児はNICUに入院したが、新生児低血糖なし。母子とも順調で同時に退院となった。女児は「明寿香」ちゃんと名付けられた。母親が病気勝ちなので、子供は,明日健康に長寿に香る意味だそうだ。後にヤングの会を設立するが、名前を「あすか会」と命名した。遺伝子検査でHNF-1B異常があることが判明(Nishigori et al ;Diabetes 43 1999)した後も、キャンプ、お花見にも積極的に参加。遠方のため、小児科も併設している近医に紹介したが、腎症も進展せず、今も元気に通院している。

 その後、妊娠・ヤング外来を通して多くの1型、2型糖尿病患者が受診し、妊娠分娩に至っている。当時夜8時から、内科,産科、小児科、新生児科が集まり、月に一回程度ではあるが、勉強会、症例検討会を行った。私は、各医局間の「壁」の大きな国立大学病院で「壁」を取り除いた最初の人ではなかろうか。それは、糖尿病妊婦を「内科」から「産科」へ行かせ、その後「眼科」を受診する負担をかけないよう、各医師が一同で治療方針を決める方がよいと思ったからである。当時は全ての分娩に立ち会った。内科医が分娩室に同室し、分娩法や分娩時期をコメントすることは、一般的には無いであろうと思われる。それも糖尿病妊婦や生まれてくる子供のことを考えて、わが身を振り返らずであったように思われる。

 私は、現在は大学を辞し、高崎市の病院で一般外来と糖尿病外来を行っている。それでも、妊娠希望の1型糖尿病患者が紹介されてくる。先日は群馬在住で東京女子医大に通院していた、罹病期間29年、39歳1型糖尿病が来院した。内潟安子教授より「群馬中探して、小浜先生を探し当てろ」と言われたというが、無論妊娠を考慮してであろう。「糖尿病をどう思っているのか。」と聞いてみると、「一生インスリンを打たなくてはならないのは嫌だ。」と表面の明るさとは裏腹に、心の奥底を吐露して涙した。本当に誰も喜んで病気になる人はいない。糖尿病しかり。妊娠、分娩のみならず、糖尿病を持つ人が、そうでない人と同じ幸せな人生を全うしてくれることが、私の願いである。 今、二つのテーマに取り組んでいる。一つは、母体の代謝状態が胎仔にどのように影響するかを見る動物実験である。これは高崎健康福祉大学で河原田律子助教が実験を続けている。もう一つは、尿中ミオイノシトール測定による耐糖能異常の早期発見である。これを、糖尿病、妊娠糖尿病の妊娠前診断の一つとして用いたいと思っている。又。啓蒙活動の一環としたいと思っている。やっと、群馬県庁の予防課長と面談したが、其の先の進展は未だである。

 最後に、今日、糖尿病・妊娠の分野は飛躍的に進歩した感がある。しかしながら、その為に大森安恵元理事長をはじめ、多くの医学の先人たちの命懸けのご尽力があったことを、私たちは決して忘れてはならないと思う。

The 8th International Symposium on Diabetes, Hypertension, Metabolic Syndrome and Pregnancyに参加して

ベルリンはGreat!産科医の視点から

安日 一郎
国立病院機構長崎医療センター 産婦人科部長

  DIPシンポジウムは、前回のDIPフィレンツェ2013のときに糖尿病のみならず妊娠高血圧症候群(PIH)がテーマに加わり、「Diabetes and Hypertension in Pregnancy」と冠した国際シンポジウムとなり、今回のDIPベルリン2015では、周産期の対象領域をさらに拡大して、「great obstetrical syndrome (GOS)」という新たな概念が登場した記念すべき学会となった、と後世に語り継がれるかもしれない。このGOSの命名者はイタリア周産期医学の重鎮Di Renzo教授で(2009年)、妊娠糖尿病(GDM)、PIH、早産、胎児発育不全(FGR)、胎児先天奇形という「周産期5大疾患」の各々の発症関連リスクを妊娠初期の段階で特定し、発症予防も含めた早期介入を可能にするという概念である。現在の妊娠管理は、妊娠後期はじめにリスク・スクリーニングを行い、そこから予防介入や早期治療介入を開始する。早産の頚管長、PIHやFGRの子宮動脈波形、胎児超音波スクリーニングなどはいずれも妊娠20〜22週頃に設定され、GDMスクリーニングは24〜28週である。これに対して、GOSの概念は、母体背景などのいわゆるbig dataの活用、血液・生化学的検査、超音波画像診断、遺伝子情報を含めた包括的な情報を活用した新たな統計学的手法を導入し、妊娠初期のうちに主な産科疾患の発症リスクをそれぞれの妊婦で個別化するという発想である。胎児超音波・胎児治療の大御所、英国のNicolaides教授のグループはこの新手法をGOSの「5大疾患」に適応すべく精力的な臨床研究を展開している。Di Renzo、Nicolaides、そしてIADPSGのトップでヨーロッパ周産期学会のexecutive boardでもあるイスラエルのHod教授の3人が強力なタッグを組んで周産期医学に新しい息吹を吹き込むような、これまでにないヨーロッパの強烈なエネルギーを感じさせる学会であった。

  べルリンはその市街地の中心、ブランデンブルグ門を入口とした広大な公園のある静かな美しい街で、早朝ジョグでキツネの親子に出会す幸運もあった。街は建設ラッシュで反映しているようであったが、多くのタクシーの運転手は全く英語が通じない。彼らは東ベルリンの出身という。ドイツの光と影を感じた短いベルリン滞在であった。


内科医の立場から

柳沢 慶香
東京女子医科大学糖尿病センター

  2015年4月15日〜18日ベルリンにおいて、DIP Symposiumが開催されました。北ドイツの長い冬も終わり、春の日差しのもと、77ヵ国から1,000人以上の参加者が集まりました。歴史と文化の街―ベルリンらあしく、絵画にみられる出産の歴史、ベルリンで始まったインスリン治療の歴史でシンポジウムの幕は開きました。

  本シンポジムのテーマは、糖尿病のみならず、肥満、高血圧、早産と多岐にわたります。Hottest topicsとしては、Perinatal programmingが取り上げられ、母体の脂肪摂取などによるEpigeneticsや母体のMicrobiomeの変化が児へ影響を及ぼすといった新知見が報告されました。New technologiesとしては、closed-loopのインスリンポンプやCGMの効果が紹介されました。1型糖尿病を対象としたCSIIにreal-timeCGMを併用したSwitch studyでは、HbA1cの低下や低血糖時間の短縮が見られました。 closed-loopのインスリンポンプは昨年、我が国でも認可され、今後、妊婦への適切な使用とその効果が期待されます。妊娠中の治療に関しては、インスリンアナログ製剤が取り上げられました。現在、アスパルト、リスプロ、デテミルはFDA分類ではカテゴリーC、NICEのガイドラインでは十分なエビデンスがないとされています。児の先天奇形や長期安全性に関してはいまだ不安な点が多く、今後も検討が必要です。

    1989年11月のベルリンの壁崩壊から25年、ベルリンは新しい街に生まれ変わりました。昨年行われた25周年記念式典で、メルケル首相は壁の崩壊を「希望のメッセージ」と表現しています。本シンポジウムは、産科、内科、小児科など科をの壁を越え、一緒に討論を行える場です。また、今回は周産期医療への企業の取り組みを報告するセッションもあり、企業との壁もありません。報告された多くの研究はmulti-center、multi-national studyであり、施設や国の壁もありません。本シンポジウムや日本糖尿病・妊娠学会が、健全な出産の希望のメッセージとなることを期待し、微力ながら私自身も役に立てるよう心新たにしました。

  次回のDIP symposiumは2017年3月バルセロナで行われます。内科の先生方の参加を期待します。

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