会報 2000 December Vol.2 No.2
【巻頭言】
小児科医・内科医にとって 重要な糖尿病者の妊娠
東京女子医科大学名誉教授
妊娠糖尿病の重要性については、産婦人科の先生から繰り返しお話いただいているので、ここでは、小児科医・内科医にとって必要な糖尿病者の妊娠について触れることとした。なお、妊娠と小児科とは関係が少ないという考え方もあるが、今日、1型糖尿病はもちろん2型糖尿病も、小児期に数多く診断されるようになっている。わが国でも欧米でも、小児糖尿病者が内科へ移る場合は、15〜18歳と指摘されていて、小児科受診中の患者でも妊娠は無関係とは言えない時代になっている。
すでに妊娠していることが明らかな状態で、経ロブドウ糖負荷試験を施行、それによって軽度の異常を発見した場合を妊娠糖尿病として対策を立てることは、産婦人科医と内科医によって確立され、将来の糖尿病発症の予告として考えられるようになっているので問題は少ないと思われる。
これに対して、現在すでに糖尿病になっている場合、無頓着に妊娠すれば、大きな危険が起こることを強調したい。一般に、軽症であり、経過をみることは大切でも、すぐには心配することはないと考えられている妊娠糖尿病とはまったく異なり、糖尿病者が妊娠する場合の危険は大きいことを強調する必要がある。妊娠糖尿病が力説されるために、はるかに重要な糖尿病者の妊娠という問題が浮上していないように思われる。両者は言葉の上では似ているものの、内容はまったく異なる。
糖尿病患者で妊娠が大きな問題となるのは、次の二つの理由による。
その一つは、血糖不良のまま受胎することが胎児奇形の原因となることによる。この奇形は受胎の初期からの血糖正常化によって防ぐことが可能である。妊娠していることが判明する前からの血糖正常化でないと効果が少なくなることから、古くから計画妊娠の必要性が主張されているが、その時期に患者に接する機会が多いのは小児科医・内科医であるので、その責任は大きい。この問題に対して、最近一つの進歩があった。それは従来、糖尿病患者教育は医師の担当であったが、今後は幅広くコメディカルの参加という世界的な方向がわが国でも取り入れられ、日本でも、来年から日本糖尿病療養指導士を養成し、認定することになっている。彼らの教育すべき内容にも当然、計画妊娠の問題が入っていると考えられるので、その普及に連なるものとも思われる。
糖尿病患者にとって重要な第2の問題は、糖尿病に特有な慢性の合併症、すなわち網膜症、腎症の急激な憎悪が妊娠によって誘発されるようにみえることである。かつては2型糖尿病に罹患していることを忘れたり、秘密にしておいて妊娠を誘因として失明、腎不全惹起という話があり、妊娠を極度に罪悪視するということもあった。現在では、糖尿病羅患の早期から、さらには合併症が存在しても各合併症治療の進歩を取り入れることにより、糖尿病があっても、すぐ妊娠不可となることは少ないという時代に移行中である。
しかし、それにしても妊娠可能の女性では、糖尿病を早期発見し、治療を放置することなく血糖をベストに維持し、合併症診療に関係する医療従事者との連携を惜しまないことが、上記二つのトラブルを乗り越えることになる。
上記二つの問題解決に必須ともいえるインスリン自己注射を厚生省は1981年に公認し、さらにおそらく糖尿病女性の妊娠という問題について身近な相談可能の日本糖尿病療養指導士も2001年には誕生の予定と聞いている。母体に糖尿病があるということで、母体のみでなく胎児までも悲劇的な生涯となる時代からの脱却に、産婦人科医、小児科医、内科医の努力は従来も著しいものであったが、上述の1981年と2001年という節目を越えることによって、1980年以前に比べ、例えようもないほどに進展した時代を迎えたことを心から感謝したい。