一般社団法人 日本糖尿病・妊娠学会

会報 2000 May Vol.2 No.1

【巻頭言】
よい子を生み 育てるために

望月 眞人
神戸大学名誉教授

 いま、パラサイト・シングルという言葉が世の中でよく使われている。

 これは、学卒後もなお親と同居し、基礎的生活条件をすべて親に依存している未婚者という意味であり、少子化や未婚化現象の原因になっているという。ご多分にもれず、胎児も母体のパラサイトである。しかし、前述のパラサイト・シングルとは異なり、胎児の持つ意味は重大であり、かつそれはグルコース依存性のパラサイトである。

 ところで、妊娠現象は、胎児・胎盤・母体系というシステム概念で集約されるが、この系の中で、胎盤はインスリンの制御をあまり受けずに、母体から恒常的にグルコースを胎児に供給する。このグルコースは、胎児の膵臓からインスリンの分泌を促して、胎児の発育を促進させる。また、供給される蛋白質は、胎児での IGF-1 の産生を調節し、遊離脂肪酸は脂質として胎児に蓄積される。

 このような母体の物質代謝の流れは、胎盤の内分泌環境の差異によって、妊娠前半期ではより「facilitated anabolism」、後半期に至ると「accelerated starvation」という傾向になり、胎児の発育が促進される。つまり、胎児の発育は、母体の内分泌代謝の動的反映なのである。

 妊娠末期になると、胎盤にはコルチコトロピン放出因子(CRF)が発現し、母体側へ、そして胎児側へと放出される。この結果、母体ならびに胎児で、DHA-S の産生分泌を高め、母体側での DHA-S はエストロゲンヘの転換から、子宮頸部の軟化、子宮体部のオキシトシンヘの感受性を高め、胎児側のそれは、転換されずに子宮頸部に働き、頸部の展退と子宮口の開大を司り、分娩準備状態を完成させる。

 これが大雑把にみた胎児・胎盤・母体系の作動状態であるが、胎児は、胎盤を介して母体と巧妙なコミュニケーションを完成させているのである。

 ところで、もし、母体に糖質、脂質、蛋白質などの代謝異常が存在(惹起)すれば、その影響は、母体のみならず、胎児の発育に直接的に作用する。

 糖質代謝異常(妊娠糖尿病、糖尿病合併妊娠など)は、巨大児、低血糖、高ビリルビン血症、赤血球増多症、仮死、奇形など、胎児の異状を惹起させるし、脂質代謝異常では、母体における妊娠中毒症、DIC、急性脂肪肝、HELLP(hemolysis, elevated liver enzymes, and low platelet count)症候群などの合併症が発症し、蛋白質代謝異常はIUGR(子宮内発育遅延)の起因となる。

 飽食、少子化時代にこのような代謝異常(特に糖質代謝異常)妊婦がより健康で、すこやかな子どもを生み育てるためには、産科医や糖尿病を専攻する内科医、そして小児科医、またコメディカルのスタッフが統一された定義と診断基準の下で、何をなすべきかを絶えず自問する必要がある。

 臨床の場で、患者と医師との関係がギスギスするようになって久しい。医療に関する報道の悪さもこの関係をさらに悪化させているが、それよりも問題は、基本的に日本人全体を支配している「義務はそこそこに、権利はたっぷり」と主張する風潮と、医師のモラルの低下であろう。

 特に、産婦人科の医師は心すべき事柄である。

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