一般社団法人 日本糖尿病・妊娠学会

会報 2014 September Vol.16 No.2

【巻頭言】
平田幸正先生をお偲びして

大森 安恵
海老名総合病院・糖尿病センター長/当学会名誉理事長

 日本糖尿病学会、日本糖尿病・妊娠学会の名誉会員であり、インスリン自己免疫性症候群の発見者として名高い平田幸正先生が、2014年2月15日、享年99で彼岸の国にお旅立ちになられた。 先生は比較的長く病床についておいでであったが、ご連絡を受けたその日、私は一日中泣いてしまった。「糖尿病の神様」という綽名を持ち、「学問の神様」として誰からも慕われていた先生が、脳のご病気になり、それが原因でお亡くなりになった不条理に耐え切れなかったのである。

 平田先生は1948年に九州大学医学部をご卒業になり、1960年から2年間、アメリカ・セントルイスのワシントン大学ブルメンタール教授のもとにご留学、1969年より鳥取大学第一内科教授を経て、1975年7月より東京女子医科大学糖尿病センター所長兼第三内科教授になられた。私事であるが、私がインターンを終え、医師になってすぐの1957年12月、日本糖尿病学会が設立された。それゆえ、糖尿病学の修練開始から平田先生の奥深い研究と臨床とリーダーとしてのお姿を遠目から学ばせていただき、薫陶を受け、尊敬し続けてきた。上司と仰ぎ、直接お仕えする身になって、何百倍もすばらしく、高潔で大秀才の学者であることを知って、尊敬の念はさらに深まった。

 平田先生は、1974年第17回日本糖尿病学会会長、1975年からの「食品交換表」編集委員長、1981年自己注射公認化実現、1990年日本糖尿病協会理事長、1991年第13回日本臨床栄養学会長などを歴任された。

 加えて、先生は大学における教育、診療、研究の三位一体のいずれをとっても超強力な威力をお持ちの教授で、インスリン自己免疫症候群の発見者として世界の教科書にも記述されている。1976年の朝日学術奨励賞や日本糖尿病学会第1回ハーゲドン賞の受賞は、すぐれた臨床家でありながら超一流の研究者であったことの証左と言えるだろう。

 ユダヤ格言集の中に、「偉大な学者だといっても商人にはなれず、偉大な商人だといっても学者にはなれない」というのがあるが、先生は先見の明に鋭く、教授でありながら経営にも明るく、糖尿病センターを一度も赤字にしたことはなかった。大学教授と併任してそのまま一流会社の社長として適用するような方であった。

 東京女子医科大学病院では先生がご赴任される前、1973年から「糖尿病妊娠外来」を私が始めていたので、直接糖尿病と妊娠の臨床や研究にタッチすることはなかったが、糖尿病に関する国内外のあらゆる文献を網羅して読みこなしておられ、どんな質問にも的確な解答を与えて下さった。さらに、先生は東京女子医科大学に赴任されてからまもなく、九州大学第一外科で胆石の手術をされたことがあったが、オペ2日後に、「“糖尿病母体から生まれた新生児肺硝子膜症の原因に関する解説”というこんな論文が見つかりました」という葉書を下さった。

 常人なら、やっと麻酔から覚めて朦朧としているときである。この葉書には指導者としても片時も弟子を忘れないお心、病床に臥していても研究のことを考えているお心、術後でも海外の文献を読むお心、諸々のお心が籠っているので家宝として大切に保存してある。

 このお心は先生の単独執筆の2冊の著書にも見ることができる。1957年、先生は32歳のとき、医学書院から300ページ超の『糖尿病』を出版された。インスリン発見前にジョスリンによって書かれた『糖尿病の治療』を参考にされたと伺っている。明治以降の日本の糖尿病に関する文献を全部集め、九州大学第二内科の糖尿病全入院患者の病歴や病理を参考に書き上げられたと言われている。11章?節 妊娠の項は355ページから370ページにわたっているが、古きを知る意味で大変参考になる。15個の文献中、欧米のものはわずか2個、13個は日本のものである。先生は常に「日本人のアイデアによる、日本人の手になる、日本人を対象とした研究で世界に向けて発信しなければならない」と主張しておられた。「科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン」と称して、2型糖尿病が主流を占める国に欧米の1型糖尿病の文献を平然と採用する日本の国柄を、平田先生は彼岸の国でもお嘆きになっていると思われる。1991年、ご定年の時に単独執筆された963ページの『糖尿病の治療』(文光堂)の中の糖尿病と妊娠の章は、もっと豊かに私たちを知の世界に導いて下さる。

 平田先生ありがとうございました。安らかにお休み下さいませ。

【チャンレンジ最前線】
糖尿病ラットから生まれた新生仔の心筋インスリンシグナルの解析

河原田 律子
高崎健康福祉大学健康栄養学科

 胎児期における母体の栄養状態が、胎児期の成長だけでなく成人後の生活習慣病発症におけるリスク因子となることが成人後の生活習慣病発症におけるリスク因子となることが、疫学調査や動物モデルを用いた研究成果により明らかになっています。

 私たちの研究室ではこれまで、妊娠中の糖尿病の母親の食事が生まれてくる子供にどのような影響を及ぼすかについて、ラットの新生仔心臓を用いた解析を行ってきました。妊娠中の糖尿病母ラットに飽和脂肪酸を多く含むラードを与えた結果、生まれてきた子供では、血糖値が正常であったにも関わらず、心臓におけるインスリンシグナル伝達系の異常が認められました。そこで、このメカニズムを解明するために、網羅的遺伝子解析を行ったところ、糖尿病の母親から生まれた子供においてはエネルギー代謝に関わる遺伝子群などに変化が見られることが分かりました。さらに、週末糖化産物(AGEs:Advanced Glycation End Products)の抗体を用いたタンパク質の糖化解析では、心筋細胞でのAGEs化が進行していることも明らかとなり、至急ないが高血糖に曝されることで、タンパク質の糖化修飾や化学的架橋が進み、酸素の機能が阻害されている可能性が考えられます。

 しかし、妊娠中にn-3系不飽和脂肪酸のエイコサペンタエン酸(EPA)を高血糖の母親に摂取させたとこ、子供の心臓で観察されたインスリンシグナル伝達系の異常改善し、さらAGEs生成が抑制されていることが明らかになりました。これらの結果から、EPAは胎児期の子供の心臓の糖化の抑制および抗酸化機能の発現により、これらのシグナル異常を改善する可能性が示唆されました。

 今後は、新生仔から得られた初代心筋培養細胞やiPS細胞を用いて、発生初期の遺伝子発現の抑制に高血糖がどのように関わっているのかを明らかにし、糖尿病妊婦をもたらすかについて検証していきたいと考えています。

診察室だより 北から南から

北海道大学大学院医学研究科産科・生殖医学分野/
北海道大学病院産科・周産母子センター

森川 守

 北海道大学病院はJR札幌駅北口より徒歩15分という立地でありながら、広大な敷地と緑の中にあり、国立大学法人の大学病院としては恵まれた環境にあります。病院は大正10年に設立され、平成15年に医学部と歯学部の附属病院が統合し、北海道大学病院となりました。病床数936床、1日外来患者数は医科約2,300人、歯科約700人の合計約3,000人に及びます。

 産婦人科は大正12年に設置され、平成13年に産科と婦人科に分離され、各科に教授が配属されました。産科・周産母子センターの病床数は51床で、産科31床(うちMFICU3床、新生児4床)、NICU 9床、GCU 11床です。水上尚典教授・診療部長を筆頭に、現在、産科医11名と新生児医6名で診療に当たっています。分娩数は年間350件前後ですが、そのほとんどが合併症妊娠や胎児異常妊娠です。

 当科では以前は、糖代謝異常合併妊娠に対して人工膵島を用いた管理を行うほど積極的に管理・研究を行っていましたが、担当していた先輩産科医が10年程前に関連病院へ移動されて以降、糖代謝異常合併妊娠に関する研究はほとんど行われなくなりました。しかし、水上教授と昵懇の仲の佐川典正先生(前三重大学前教授、本学会理事)が主催された第25回年次学術講演会(平成21年、四日市市)において小生がワークショップを担当させていただきましたのを機に、急遽小生が中心となって、当科での糖代謝異常合併妊娠の臨床研究を再開することになりました。小生を含め当科医師は、糖代謝異常合併妊娠に対しては当学会の諸先生方と比べると弱輩者です。

 当科では、水上教授が『産婦人科診療ガイドライン―産科編(2008、2011、2014)』の作成委員長ということもあり、同ガイドラインに従って、糖代謝異常合併妊娠の管理を行っています。当院では、以前から糖代謝異常に対する診療は内科Iと内科IIで行われており、当科で妊娠・分娩管理している糖代謝異常合併妊娠や妊娠糖尿病の妊婦は「産科+内科I」と「産科+内科II」に自動的に群分けされます。内科Iと内科IIで管理に大きな違いが生じないように、糖代謝異常管理に関する院内共通マニュアルが設定されています。

 このような状況で、本学会主導の「糖尿病と妊娠にかかわる科学的根拠に基づく医療の推進プロジェクト」の末席に加えていただくことになりました。引き続きご指導ご鞭撻を賜りたく、今後ともよろしくお願い申し上げます。

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