一般社団法人 日本糖尿病・妊娠学会

会報 2013 April Vol.15 No.1

【巻頭言】
糖尿病合併妊娠:臨床研究元年の幕開け

松田 義雄
東京女子医科大学医学部産婦人科・母子総合医療センター教授

 上京してから、新幹線を利用する機会が急に増えた。車窓からの眺めで、「富士は日本一の山」が文字通り実感できる。とくに冬の時期の下りで横浜を過ぎてからは、 遠くに近くに富士山が現れる。現代的なつくりが多い住宅群の向こうに富士山が見え、いったん視界から消えたあと、小田原手前で再び大きく見える。 三島駅を過ぎて、新富士駅に近づくにつれ、ほかの建物に視界を邪魔されることなく裾野までの全体像かが明らかになって、富士川を渡ると、今度はだんだん遠ざかっていく。

 あるとき、静岡駅を過ぎると、富士山が山側の座席の視界から消えることに気づいた。そしてほんの一瞬、海側の座席から富士山が見える場所がある。 「幸せの富士」と呼ばれているそうだ。インターネットによる情報では、静岡駅を過ぎて数分後に左の席で見られるので、「左富士」とも言われているとか。 我々は、海側の座席からは富士山が見えないと錯覚している。その前提には、新幹線は在来線に比べて直線部分が多く、山側にしか富士山は見えないという思い込みがあるからである。

 このような思い込みは医学の世界にも存在していて、思い込みに基づく医療からの脱却を試みているが、実は簡単ではない。

 「使った」「治った」「効いた」は「思い込みの三た論法」として皮肉っぽく使われている。思い込みをする前提として、以下の四つの効果の存在が言われている。

  • ハロー(Halo)効果;ある特定の際立った特徴がある場合、それが他の評価に影響を与える。
  • プラセボ(Placebo)効果;治療効果のない偽薬(ダミー)を与えると、「薬を飲んだ」という精神的安定によって、自覚症状のみならず客観的所見にも改善をもたらす。
  • ホーソン(Hawthorne)効果;調査対象になり注目されているという認識そのものが、効果を上げる動機づけになる。
  • ピグマリオン(Pygmalion)効果;期待を込めた対応により対象の能力が高まる。

 治療がうまくいったとされる背景に、実はこれらの効果が隠されている場合があるのである。

 主観的ではなく客観的な判定の基礎になるものが、先入観(思い込み)を排したエビデンスに基づく治療であるが、そのためには前方視的研究が必要となる。 しかしながら、妊婦を対象としたエビデンスレベルの高い臨床研究は、胎児をも対象にしているがゆえに思ったほどに進んでいないのが現状である。

 昨年主催させて頂いた「第28回日本糖尿病・妊娠学会年次学術集会」では、シンポジウムの一つとして、「糖尿病合併妊娠における臨床研究の行方」を企画した。 臨床研究の進め方、population-based studyやobservational studyの重要性、我が国の現状、海外における現状、内科的視点からの現状などについての発表があった。 我が国からエビデンスレベルの高い臨床研究を世界に発信していくためには、登録制度と研究計画の充実が何よりも必要であることが改めて強調され、national centerの 積極的関与が求められた。

 昨年末には、GDMに関する多施設共同研究(JGSG study)をより推進していくために、40代の先生方を中心にして「プロトコール作成」と「登録システム班」が 新たに構成され、研究の再スタートが切られた。新基準で診断されたGDMに対してどのような管理方法が最適なのか、回答が求められている。

 今年(平成25年)は巳年である。「巳」という字は、胎児の形を表した象形文字で、蛇が冬眠から覚めて地上に這い出す姿を表しているとも言われ、「起こる、 始まる、定まる」などの意味があるという。本研究が本格的に開始され、一日も早く我が国から世界に発信できる研究成果が成就することを祈念してやまない。

学会長特別賞を受賞して

市川 雷師
北里大学医学部 内分泌代謝内科学

 このたびは、第28回日本糖尿病・妊娠学会年次学術集会におきまして、学会長特別賞をの栄誉をを賜り、学会長の松田義雄先生をはじめ、 選考委員の先生方に厚くお礼申し上げます。また、糖尿病診療に協力いただいている当院のメディカルスタッフの皆様にもこの場を借りてお礼申上げます。 とくに今回の研究内容は栄養士の方々の協力なしには成しえなかったことであり、私一人の努力により受賞できた賞ではなく、妊婦をサポートするチーム全員で 受賞した賞だと感じております。今後も耐糖能障害合併妊婦の診療に役立つデータを提供できるよう微力を尽くしてまいる所存ですので、ご指導ご鞭撻のほどよろしく お願い申し上げます。

耐糖能障害合併妊婦のエネルギー需要量は妊娠経過中にどのように変化するか
—REEを指標とした研究—

 日本人耐糖能障害合併妊婦の妊娠経過に伴うエネルギー消費量についての科学的な検証報告はなく、その実態は不明であることから、間接熱量測定法で測定した安静時 代謝量(REE)をエネルギー消費の指標としてその推移を検証した。REEは妊娠週数が進むとともに増加し、妊娠経過とともにエネルギー消費量が増加することが示唆された。 標準体重(IBW)あたりのREE(REE/IBW)の検証でも妊娠経過とともに増加が見れら、経験的に妊婦の食事療法に用いられてきた標準体重当たり30Kcalに近似した数値を示した。 以上から、これまでの妊婦に対する食事療法の妥当性が示唆されるとともに、エネルギー消費量の増加に対応した適切なエネルギー付加の必要性も示唆された。

池ノ上 学
慶應義塾大学医学部産婦人科

 このたびは、第28回日本糖尿病・妊娠学会年次学術集会におきまして、学会長特別賞をいただきました。学術集会長の松田義雄先生をはじめ、諸先生方に 厚く御礼申し上げます。今回の受賞をはげみに、今後の研鑽を積み重ねて参りたいと存じます。今後ともご指導のほど宜しくお願い申し上げます。

当院における新診断基準導入後の妊娠糖尿病の臨床像に関する検討

 2010年にIADPSGから妊娠糖尿病の新診断基準が提言されましたが、我が国においてはこれまで新基準導入後の臨床像に関する知見は十分ではありませんでした。 本研究では、当院における新基準導入後の妊娠分娩管理例853例をもとに、GDMの臨床像およびOGTT1点陽性群のインスリン導入予測因子に関するケントゥを行いました。

  今回の検討で、新基準導入によりGDMの頻度は2.3%から11.8%へ上昇すること、2点/3点陽性群は1点陽性群と比較し優位にインスリン導入率が高率であること、 その一方で、1点陽性群でも約20%でインスリン導入が必要であることが示されました。またOGTT1点陽性群の母体背景の解析により、糖尿病家族歴とインスリン導入との 関連性が示唆されました。今後も症例を集積し、さらに検討を深めていきたいと考えています。 

【チャレンジ最前線】
「糖尿病と妊娠にかかわる科学的根拠に基づく医療推進プロジェクト」班の
立ち上げについて

荒田 尚子
国立成育医療研究センター母性内科(代謝内分泌内科)

 成育医療研究センターには、病院と研究所が一体となり、健全な次世代を育成するための「成育医療」とその研究を推進するナショナルセンターとしての使命があります。 「成育医療」とは、胎児期、新生児期、乳幼児期、学童期、思春期を経て成人に達し、次世代を育む過程を、総合的かつ継続的に診る医療を意味します。 そこで、昨年11月に松田義雄会長のもと開催されました第28回日本糖尿病・妊娠学会年次学術集会のシンポジウム「糖尿病合併妊娠における臨床研究の行方」において、 英国の医療行政の礎である“診療ガバナンス”という考え方を、我が国の糖代謝異常合併妊娠の診療に取り入れることを、本センターの一員として提案させて頂きました。 これは、科学的根拠に基づく医療の輪、すなわち、1)科学的根拠作成(登録システム構築)、2)系統的レビューと診療ガイドライン作成、3)臨床応用(教育研修、資材の導入など)の 流れをclosed loopとし、医療の質と安全性を向上させるシステムを同時に構築することで糖代謝異常合併妊娠に関する良質の医療を提供する、というものです。

 1月吉日、日本糖尿病・妊娠学会の若手有志の先生方(守屋達美先生、杉山隆先生、和栗雅子先生、延本悦子先生(増山寿先生代理)、柳澤慶香先生、宮越敬先生、小川浩平先生)、 実際に英国での同システム構築に携わっておられた本センター研究所の森臨太郎先生、「母性内科」のリーダー的存在である村島温子先生とともに「糖尿病と妊娠にかかわる 科学的根拠に基づく医療の推進プロジェクト」班を立ち上げました。また、穴澤園子先生にオブザーバーをお願いしました。同班でプロジェクト案を作成後、日本糖尿病・妊娠学会 に提案させて頂く所存でございます。

 糖代謝異常合併女性とその子どもたちの健康を守るための同プロジェクトにご意見等ございましたら、ぜひご連絡頂ければ幸いでございます。(E-mail:arata-n@ncchd.go.jp)

編集長訪問インタビュー

守屋 達美
北里大学医学部内分泌代謝内科学准教授

2月27日、新宿駅から小田急線急行で約40分。相模大野の北里大学に守屋達美先生を訪ねました。守屋先生は、診察時に白衣は着ないとのことでした。

小 浜 本日は貴重なお時間をありがとうございます。まず、貴院の糖尿病に関する歴史についてお教えください。

守 屋 北里大学医学部内分泌代謝内科学としては平成17年に発足していますが、診療科としての内分泌代謝内科は医学部が誕生した昭和45年からあります。

小 浜 年間の分娩数と耐糖能異常妊娠の割合はどのくらいですか。

守 屋 平成19年分娩数1,289例のうち糖尿病妊婦は29例であり、年々比率は増加しています。

小 浜 なぜ、糖尿病学を目指されたのでしょうか。

守 屋 最初から糖尿病学を目指したのではなく、臓器疾患ではなく全身にわたる疾患を選びたかったように思います。たとえば、血液疾患、膠原病、内分泌代謝疾患 というように……。また、腎疾患にも興味がありましたが、父が糖尿病を専門としていたことも影響があると思います。

小 浜 今後、日本糖尿病・妊娠学会の活動に期待することをお教えください。

守 屋 肥満糖尿病妊婦を含めた治療指針を作成することです。そのためには、内科、産科、小児科、コメディカルと密にタイアップする方策を具体化することが重要 であり、そのために私も尽力したいと思います。

日本糖尿病・妊娠学会 会報 一覧へ ▶

© 1985-2024 一般社団法人 日本糖尿病・妊娠学会