会報 2011 September Vol.13 No.2
【巻頭言】
GDMに関する多施設臨床研究の提案
佐川 典正
洛和会音羽病院 総合女性医学健康センター所長
HAPO studyの報告を受けて、我が国でも、2010年7月から世界統一基準に準拠した新しいGDM診断基準が運用されています。新しい定義では、 「75gOGTTで1ポイント以上陽性であればGDMと診断される」ようになったため、GDMの頻度は旧基準の約3%から約12%へと4倍に増加します。 そして、今回の新たな定義で含まれることになったいわゆる「1ポイント異常」のGDM合併妊婦は全妊婦の約10%にあたるとことから、 年間約10万人にものぼると考えられます。
従来から、糖代謝異常合併妊娠のうち妊娠中にもインスリン治療が必要な症例の取り扱いは、いくつかの指標をもとに厳格に血糖管理が行われていました。 しかし、1ポイント異常のGDMの管理については、いまだ明確な指針がありません。HAPO studyでは巨大児が増加するという結果は示していますが、 食事指導だけでよいのか、あるいは自己血糖測定に基づいたより厳格な血糖管理が必要なのかなど、具体的な管理方法やその効果(新生児の予後改善効果)に関しては示されておりません。 すなわち、HAPO studyで判明したadverse outcomeである巨大児とそれに伴う各種周産期異常をどうすれば防ぐことができるのかは不明です。 また、巨大児は将来、耐糖能異常を発症しやすいことが知られていますが、1ポイント異常の妊婦の血糖管理を十分に行えば、 児の将来の耐糖能異常発症を予防できるか否かに関しても、まったく知見がありません。
このような問題を解決するため、「第26回日本糖尿病・妊娠学会(2010年埼玉)」の理事会において、新診断基準に対する対応が協議されました。 おりしも、「日本産婦人科栄養・代謝研究会」でも、新しいGDM診断基準への対応に関して、学会として臨床研究を行うことが提案されていましたので、 両学会の共同研究として「新しいGDM診断基準への対応、特に、1点異常GDMの管理」をテーマに検討することになりました。まず、研究プロトコールを策定するために、 内科側と産科側からそれぞれ若干名の代表者によるワーキンググループが設置されました。そして、本年5月の「日本糖尿病学会(札幌)」のときには内科側の施設代表者が、 7月の「日本周産期・新生児医学会(札幌)」のときには産科側の施設代表者が集まり、プロトコールの検討を行いました。その概要は以下のとおりです。
(1)研究テーマとして次の二つを検討する
- 後方視的疫学研究:1点異常の周産期予後を多施設で行う。
- 前方視的介入試験:対象は1ポイント異常症例として、管理法(食事療法のみ、食事療法+SMBG+インスリンと厳格な治療を行う)による予後の相違を比較検討する。
(2)研究の具体的な進め方にして以下の内容が討論された
- 目標症例数はLGAや巨大児をエンドポイントとして設定する。
- 前方視的介入試験を行うとすれば研究実施施設での倫理委員会の承認を得る必要がある。
- 各施設においてGDMの管理方針、管理内容は同様ではなく、かつ内科・栄養士などの管理体制も異なるので、まず、各施設に管理方法に関するアンケート調査を行う。 どのような介入内容であれば参加(対応)可能かについてもアンケート調査を行う。
(3)今後の予定
産科側は3名の先生(平松、安日、杉山)が、内科側は4名の先生(佐中、清水、和栗、荒田)が中心となり、具体的な案作りを行い、 共同研究参加施設にメールで意見を求め、共同研究を展開していく。
8月4日現在、アンケート調査に対して10施設から回答がありましたが、おおむね統一した管理プロトコールによる研究が可能であると考えられました。 今後は、アンケート結果をもとに、基本プロトコールを作成し、8月末の「日本産婦人科栄養・代謝研究会」と「日本産科婦人科学会学術集会」、 ならびに11月の「日本糖尿病・妊娠学会」のときに関係者が集まり、来年度の研究開始を目指してプロトコールの詳細を検討する予定です。
今回のGDMの取り扱いに関する多施設共同研究は、行政による妊婦健診補助事業で妊婦の血糖スクリーニングが全国統一して行われる我が国でこそ可能な臨床研究であると思います。会員の皆様にはぜひともご協力をよろしくお願いいたします。
【チャンレンジ最前線】
糖尿病母体児の周産期死亡―Population-based study について
児玉 由紀
宮崎大学医学部附属病院 総合周産期母子医療センター 講師
周産期医療や新生児医療の発展に伴って周産期死亡率は飛躍的に改善してきましたが、糖尿病母体児の周産期死亡率は依然として高率です。 宮崎県では、2次、3次周産期施設の産科と新生児担当医が一同に会し、すべての周産期死亡例と神経予後不良例の検討を年2回行っています(宮崎県周産期症例検討会)。本県では年間約10,000の分娩があり、1998年以降、ほぼすべての周産期死亡症例を登録して原因分析を行ってきました。
1999〜2008年の10年間における総出生数約105,000例のpopulation-based study では、周産期死亡数434例あり、その中の糖尿病母体児は死産7例、新生児死亡3例の合計10例ありました。死亡の原因としては、 新基準の糖尿病1例と妊娠糖尿病4例の未診断、管理不十分2例、奇形2例、その他2例(重複あり)で、約3分の2は予防可能と推測されました。
同時期に行った専門施設(2施設)の検討では、全分娩数に占める糖尿病母体症例は5.1%(256/5,015)と高率でしたが、周産期死亡は超低出生体重児の新生児死亡1例のみであり、死産はありませんでした。 周産期死亡率は3.9/1,000で、一般妊婦と同等でした。
Population-based study の結果から、地域全体として妊娠中の糖尿病に関するスクリーニングと妊娠中の母児管理徹底の甘さが浮かび上がってきました。妊娠前から分娩までの母体血糖管理、胎児well-beingの評価、さらに新生児管理まで連続した周産期医療によって、糖尿病母体児の予後をさらに改善できると考え、力を注いでいます。
編集長訪問インタビュー
中林 正雄
愛育病院院長
8月4日、JR恵比寿駅からタクシーで数分、東京都港区南麻布にある閑静な佇まいの愛育病院に、院長の中林正雄先生をお尋ねしました。
小 浜 理事長、大変ご苦労様でした。本日は、お時間をいただき、ありがとうございます。早速ですが、貴院の歴史についてお教え下さい。
中 林 恩賜財団母子愛育会は、皇太子明仁親王(現 天皇陛下)のご誕生を記念し、昭和天皇からのご下賜金を基金として設立されたものです。現在の総裁は、秋篠宮妃紀子殿下です。
小 浜 年間の分娩数と耐糖能異常妊娠の割合はどのくらいですか。
中 林 年間1,600〜1,800件で、そのうち耐糖能異常妊婦は3%程度です。当院では、以前より、初診時に新基準のovert diabetesに当てはまる方は、 すぐに東京女子医科大学附属病院などに紹介するので、他の施設に比べて少なくなっています。
小 浜 なぜ、産婦人科医を目指されたのでしょうか。
中 林 父親が産婦人科医で、東京の向島で開業しており、私が千葉大学医学部に入学したときに、あとを継いでもらいたいとのことで、6階建てのビルにしました。 子どもは、私と姉、妹だったので、必然的に私が産婦人科医になったのです。
小 浜 今後、日本糖尿病・妊娠学会の活動に期待することをお教え下さい。
中 林 妊娠と糖尿病をテーマにしている本学会では、40歳からの対策では不十分であり、10代から、さらには胎児期からの栄養状態のチェックが望まれます。 大森安恵名誉理事長が悲願として私たちが引き継いだ理念は、“糖尿病から母子を守ろう”ということです。女性が妊娠に気づいて、 産科医を訪れたときにはすでに糖尿病を発症しており、児の奇形や死産に見舞われるなどのアクシデントをなくすことが大切です。
2009年の春から、献血時に糖尿病のスクリーニング検査が行われるようになりました。年間500万人に及ぶ献血者の中での、 若い女性の糖尿病あるいは糖尿病の可能性のある人についての報告は、『糖尿病と妊娠』第11巻第1号で、大森名誉理事長が 「母子を糖尿病から守る予防キャンペーン―妊娠前における糖代謝異常検出への期待―」と題して、その経由とともに詳細に述べられています。
そのように、本学会は未来に向かって、公衆衛生的、予防医学的役割をも担う必要があると思います。
小 浜 本日はありがとうございました。