一般社団法人 日本糖尿病・妊娠学会

会報 2010 October Vol.12 No.2

【巻頭言】
糖尿病の新しい診断基準とHbA1Cの国際標準化

岩本 安彦
東京女子医科大学糖尿病センター センター長

 2010年は日本の糖尿病の診療において大きな変革の年といえよう。

 糖尿病と妊娠に関しては、妊娠糖尿病(GDM)の定義と診断基準の国際的な統一化がなされた年として特筆すべきであるが、 このことに関しては、すでに大森安恵名誉理事長が本会報の前号(Vol.12,No.1)の巻頭言で詳しく述べられている。 私は、日本糖尿病学会の「糖尿病の分類と診断基準に関する委員会報告」(糖尿病53(6):450-467,2010)の中から、 糖尿病診断基準の改訂の主なポイントについて簡潔に述べる。

 糖尿病の診断基準改訂の第一のポイントは、「糖尿病型」と判定する基準値の一つにこれまでの血糖値の三つの基準値 (空腹時血糖値≧126mg/dL、随時血糖値≧200mg/dL、OGTT2時間値≧200mg/dL)に加えて、HbA1C(JDS値)≧6.1%をとり入れたことである。 これまでHbA1Cは、糖尿病の診断の指標としては血糖値と同列ではなく、補助的な指標であり、糖尿病型を示す血糖値と同時に検査した場合に、 HbA1C(JDS値)≧6.5%であれば、1回の検査であっても糖尿病と診断できるとされていた。ここで、新基準において糖尿病型と判定しうる HbA1C(JDS値)が0.4%引き下げられたことは留意すべきである。日本人のOGTTのデータでHbA1C(JDS値)6.1%と空腹時血糖値126mg/dL、 OGTT2時間値200mg/dLがよく相当することが根拠となっている。また、糖尿病に特有の合併症である網膜症の発症もHbA1C(JDS値)6.5%より 低いレベルで起こることも引き下げの妥当な理由とされている。HbA1C(JDS値)6.1%という値は、5年毎に行われている 厚生労働省の糖尿病実態調査の際に用いられてきた基準値であることから、この引き下げによって糖尿病患者数が急に増えたりはしないとも予想しうる。

 診断基準改訂の第二のポイントは、臨床診断のフローチャートが詳しく示されたことである。複雑なチャートに見えるが、 ほとんどすべての場合が網羅されているので、個々のケースをあてはめていけば、糖尿病か糖尿病の疑いの診断にいきつくことになる。

 さて、今回の診断基準の改訂とは別の問題であるが、HbA1CのJDS値と、諸外国のHbA1C値、すなわちNGSP値との乖離についても この際正面からとり上げることとし、将来はJDS値に0.4%加えた値(国際標準値)に切り換える方針となった。 それに基づき、2010年7月以降は、学術誌や英文誌での日本人のHbA1Cの表記については、国際標準値が採用されている(可能性がある)ので、 注意する必要がある。しかし、臨床(診療)の現場におけるHbA1cは、当面JDS値の表記が継続されることも発表されている。 したがって、学術誌や学会発表でHbA1cが示されている場合には、JDS値か国際標準値かについて、常に考慮しなければならない。  HbA1Cは診断の指標としてよりも血糖コントロールの良・不良の評価の指標として有用であり、日常診療の場でも汎用されていることはいうまでもない。 このたび改訂された「糖尿病診療ガイド2010」において、「血糖コントロールの指標と評価」の項で明示されたHbA1Cの優・良・不十分・不良・不可の数値に関しては JDS値と国際標準値を併記することとなったが、基準値については変更されていない。この点については、近い将来変更される可能性がある。

 会報に糖尿病の新しい診断基準のことを書こうと考えていた矢先の8月初め、戦後の我が国の糖尿病学のリーダーとして多大な功績をあげられた 恩師小坂樹徳先生の突然の訃報に接した。昨年11月に開催された日本糖尿病学会主催の診断基準改訂に関するシンポジウムにおいて、 先生自らご発表された時に、私は座長を務めさせていただいた。その時のお姿が、先生の公的なご活動の最後のお姿ではなかったかと懐かしく思い出している。

【チャンレンジ最前線】
糖尿病合併妊娠におけるCGMの使用

守屋 達美
北里大学医学部内分泌代謝内科 准教授

 昨今、糖尿病をはじめとする耐糖能異常を合併する妊娠が増加している。妊娠前からの血糖管理そして妊娠中、はては分娩後までも良好な血糖コントロールを維持することが重要であることは言うまでもない。良好な血糖コントロールは、 詳細な血糖値の把握より始まる。自己血糖測定により血糖値のモニターは可能であるが、より厳格な血糖コントロールを必要とする 糖尿病合併妊娠においては十分ではないことも多い。

 CGM(Continuous Glucose Monitoring)は、血糖値を5分おきに最長72時間にわたってモニターできる装置である。タバコケースほどの大きさで、 装着は容易で、故障も少なく、2010年4月から保険適応となった。

 私たちは4年前からこのCGMを使用し、糖尿病患者の妊娠前、妊娠中の血糖値の詳細な経過を観察している。正常妊婦は過去の報告の通り、 血糖値は1日を通じて驚くほど正常に、平坦に推移する。しかし、糖尿病患者の血糖動態はさまざまで、それをCGMにより把握し、 よりよい治療につなげなくてはならない。

 Prepregnancy管理の1型糖尿病患者は、妊娠前にCGMを装着し、その結果からインスリン療法を変更した。血糖コントロールも良好となり、 その後妊娠し、分娩経過も順調であった。妊娠中に装着した2型糖尿病患者は、夜間無自覚低血糖や食後血糖のピーク時間を観察でき、 インスリン療法を変更し、血糖コントロールはより良好となった。このようにとくに厳格な血糖コントロールを必要とする耐糖能異常妊婦に対して、 CGMの使用は有用である。ぜひ、多くの施設で試みていただきたい。

【編集長訪問インタビュー】

平松 祐司
岡山大学大学院医歯学総合研究科 産科・婦人科学教授

 5月27日、第53回日本糖尿病学会のさなか、岡山大学産科婦人科教室を訪問し、平松祐司教授にお話をうかがいました。

小 浜 まず最初に、教室の歴史について簡単にお教え下さい。

平 松 教室ができたのは1888年で、非常に古い歴史をもつ教室であり、私が12代目の教授です。

小 浜 年間分娩数はどのくらいですか?

平 松 300-330前後です。そのうち耐糖能異常妊婦は20〜25名で、その40〜45%が糖尿病、50〜55%が妊娠糖尿病といった割合です。

小 浜 NICUに入室する例はどのくらいでしょうか?

平 松 ほとんどが合併症をもった妊婦、胎児ですので、約70%がNICUあるいは入院管理になっています。

小 浜 今後、日本糖尿病・妊娠学会の活動に期待することをお教え下さい。

平 松 4点ほどお話ししたいと思います。

 第1はGDMスクリーニングの普及についてです。『産婦人科診療ガイドライン 産科編』の作成に副委員長として関与しており、 その中の糖尿病に関する項目を担当しています。産婦人科学会では、全妊婦に対して妊娠初期と中期の2回スクリーニングし、 GDMの患者に対しては、産後6〜12週で75gOGTTの再検を勧めています。このガイドラインを2008年に発刊し、 2009年7月に一次診療施設に行ったアンケートでは、妊娠初期の随時血糖によるスクリーニング実施率は71.4%ですが、 妊娠中期は49.2%という低さでした。これを普及させることが重要であり、2011年版では推奨レベルも上げる予定です。

 第2は新しいGDM診断基準についてです。新しい診断基準が採用されると、GDMの頻度は2.9%から10%以上になります。 患者さんが増えることを問題にする人もいますが、私はより広い範囲で妊娠中に耐糖能異常を見つけ、患者さんに教育することが重要だと思っています。 妊婦さんは自分自身のことだけでなく、家に帰れば母であり、妻であり、食事や健康管理などで家族に及ぼす影響が大きいため、その意義は大きいと思います。

 第3としては、これらの妊婦さん、子どもを管理し、フォローアップしていくためには、妊娠と糖尿病に興味を持つ産婦人科医、 内科医、小児科医などを増やしていく必要があると思っています。

 第4に、わが国では2500g未満と4000g以上の巨大児を合わせると全出生児の約10%になります。言い換えると、将来の糖尿病やメタボリックシンドロームの予備軍が毎年10万人以上生まれてきていることになります。 最近はfetal programmingの概念が普及してきていますが、今後はこの分野の研究がもっと注目され、研究者を増やしていくことが重要ではないでしょうか。

 以上のような課題の解決に中心的役割を果たしていくのが本学会の役割だと思っています。

小 浜 ありがとうございました。最後に、先生はなぜ産婦人科医になられたのかお教えいただけますか。

平 松 学生時代は血液に興味があり、血液内科か心臓血管外科を選択しようと思っていました。 しかし、学生時代にクラブの先輩の勤務している病院に友人数名と分娩見学に行き、そこの部長の「産科領域には多くの未知の研究分野がある」という話に感銘を受け、 産婦人科医になりました。

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