一般社団法人 日本糖尿病・妊娠学会

会報 2010 April Vol.12 No.1

【巻頭言】
新時代の到来 新しい妊娠糖尿病(GDM)の定義と
診断基準の世界統一化

大森 安恵
海老名総合病院・糖尿病センター長(東京女子医大名誉教授)

 妊娠糖尿病の定義、診断基準が一新され、世界統一化がなされようとしている。臨床上でも研究面でも、澄んだ空気の中に昇る朝日を見るようなさわやかさである。この革新は、妊娠中、どの程度の血糖値が母子にriskを与えるかの命題のもとに、約15年かけて行われたHAPO Study(Hyperglycemia and Adverse Pregnancy Outcome)の研究成果に基づいている。IADPSG(International Association of Diabetes and Pregnancy Study Group:世界糖尿病妊娠学会)がシカゴで行われていた「妊娠糖尿病に関する国際ワークショップカンファランス」と協力して、何回もの国際会議、数えきれないほどの国際電話討論を経て、2009年9月に世界統一化を目指して提唱したものである。

 その全容は、アメリカ糖尿病学会(ADA)から出版されている『Diabetes Care』3月号に公表される。IADPSGの関連委員には、もうすでに最終論文が配布されている。これを受けて日本糖尿病・妊娠学会では妊娠糖尿病診断基準検討委員会を設け、一般会員に開示し、日本に対応できるようまとめあげた。2010年2月現在、日本糖尿病学会、日本産婦人科学会の改変許可を待っており、周産期委員会からはすでに「諾」をいただいたと伺っている。

 新しく改変された妊娠糖尿病(GDM)の定義は、「妊娠中にはじめて発見または発症した、糖尿病にいたっていない糖代謝異常である。明らかな糖尿病(Overt diabetes)は含めない」となっている。診断基準は、

75gGTT:
  前値92mg/dl(5.1mmol/l)
  1時間値180mg/dl(10.0mmol/l)
  2時間値153mg/dl(8.5mmol/l)

で、以前の日本の診断基準と大変よく類似しているが、以前のものは前値が高すぎた感がある。

 明らかな糖尿病(Overt diabetes)とは、(1)空腹時血糖値≧126mg/dl、(2)HbA1C≧6.1%、(3)随時血糖値≧200mg/dl、この場合には空腹時血糖かHbA1Cで確認、(4)糖尿病網膜症が存在する場合、となっていて、基本的には日本糖尿病学会の糖尿病の診断基準に準じるわけであるが、妊娠中に行った75gGTTの解析結果で、2時間値≧200mg/dlの場合は、明らかな糖尿病診断基準項目の(1)〜(4)について検討し、明らかな糖尿病かどうか総合判定する。また、HbA1C6.1%以下でGTT2時間値200mg/dl以上の場合は、high risk GDMとして、より糖尿病に近い管理を行う必要があるということになっている。妊娠前・中スクリーニング、分娩後追跡調査の大切さは変わっていない。

 1997年、ADAにおける妊娠糖尿病の定義は、「妊娠中に発症またははじめて発見された耐糖能低下を指す。耐糖能低下はいろいろの程度のものも含め、治療にインスリンが必要か否かは問わないし、その異常が分娩後にも継続するかどうかも問わない。また妊娠前から耐糖能低下が存在した可能性も除外しない」となっていた。妊娠可能な年代に1型糖尿病の多いアメリカで、白人を対象にした場合、この定義でも矛盾はない。しかし、2型糖尿病が95%を占める我が国に採用すると、不当と混乱を招くのみであるが、強力な産婦人科医の強い哲学によってそのまま採用された。

 1999年、私は『Diabetes in the New Millennium』という国際的なTextbookに、「GDMは妊娠中にはじめて発症または発見された軽い糖代謝異常で、2型糖尿病のPre-Stageであり、Predictorである。妊娠中にはじめて発見された2型糖尿病をGDMの中に含めるべきでない。妊娠中に初めて発見された2型糖尿病は“妊娠中に診断された2型糖尿病と呼ぶべきである”」と記述して反論したが、数人の内科医が是認してくれたに過ぎなかった。ガルシア・マルケスは小説『100年の孤独』を書いたが、私は10年の孤独を味わい続けてきた。

 内田 樹は『日本辺境論』(新潮新書)に、「外来の知見を「正系」に揚げ、地場の現実を見下す。これが日本において反復されてきた思想現況です。」と書いている。確かに我が国のリーダーたる人々はアメリカの言う通りにしたがる。先進国のすぐれた意見は仰ぎ、それを我が国の特殊性のなかに応用して生かさなければ国民のお役に立つことはできないのではないか。今回も「GTT2時間200mg/dl以上はOvert Diabetesである」とはアメリカのドラフトに書かれていないという意見が多かった。博学、公正な中林正雄先生のとりまとめがなかったら、今回もまた古の過誤を繰り返していたかもしれない。

 皆が同じ定義、同じ診断基準のもとで仲よく肩を並べて研究発表できる日がくることを待っている次第である。

大森賞を受賞して

八代 智子
国立成育医療センター 薬剤部

 この度は、第25回日本糖尿病・妊娠学会年次学術集会におきまして、名誉ある大森賞を受賞することができ、大変光栄に存じます。大森安恵先生、中林正雄先生、今回の学会長の佐川典正先生をはじめ、選考委員の諸先生方に厚く御礼申し上げます。また、本研究をご指導していただいた当センター母性内科の荒田尚子先生、村島温子先生をはじめとする母性内科諸先生方、ならびに産科の諸先生方に深謝いたします。

 今回私たちの研究では、「母体の低出生体重が妊娠中の耐糖能異常リスクファクターの一つになりうる」ことを日本人においても明らかにしました。さらに、母体の低出生体重が、年齢や肥満とは独立した妊娠中の耐糖能異常のリスクファクターであることを示すことができました。耐糖能異常妊婦においては、一般的に巨大児出産へのリスクに目が向けられがちですが、同時に低出生体重児を増やさないことが、将来の妊娠中の耐糖能異常、ひいては将来の糖尿病を増加させないために重要であることが再認識されました。

 DOHaD(Developmental Origins of Health and Disease)説提唱のきっかけとなっている低出生体重児の問題は、耐糖能異常妊婦に限らず、健常妊婦においても重要と考えられます。現場においてはまず、その要因となる妊娠中、妊娠前からの女性の食育についての指導を高めていくこと、そして今後においては、低出生体重児であっても耐糖能異常妊婦に至らなかった症例についても探っていければと思います。加えて、当分野にはまだまだ参入の少ない薬剤師の世界にも、これらの知識を広めていくことができればと思います。

 この度の大森賞受賞は本当に大きな励みとなりました。微力ではありますが、当センター諸先生方とともに、次世代の健康を考慮した耐糖能異常妊産褥婦への研究に精進してまいりたいと存じます。今後ともご指導のほど、よろしくお願い申し上げます。

【チャレンジ最前線】
ガムによる葉酸摂取の検討

福元 敦子
東京医科大学八王子医療センター 栄養士

 毎日の食事、栄養の取り方は、自分の健康のためだけでなく、お腹の赤ちゃんの健康状態、元気な赤ちゃんの出産、妊娠後の体調と密接につながっている。

 厚生労働省は、妊娠前の女性や妊産婦に、葉酸の摂取が胎児の先天性異常の発生率を低減すると発表し、1日400μgの摂取をすすめて久しい。

 国民栄養調査によると、妊娠前後の女性に欠かせないビタミンB群の栄養素“葉酸”の摂取量は、20歳代女性で約200μg/日(必要量は200μg/日)である。この値を目標にバランスのよい食事「主食」「主菜」「副菜」「牛乳・乳製品」「果物」の5つを欠かさずとることを基本に、葉酸含有量の高い緑黄色野菜や豆類、果物などの食品を多く食べる習慣をつけることが大切であり、食事バランスの点から350gの野菜が推奨されている。これを毎日充足させるのには、食事にさまざまな「色」と「味」を組み合わせるなど、かなりの工夫と意識を要する。ましてや、1日400μgを摂取するには、さらなる増量や献立の工夫だけでは容易なことではない。

 そこで、葉酸を添加したチューインガム(葉酸の含有量50μg/粒)を噛むことにより、実際に葉酸が体内に吸収されるのか、また、吸収されるとすれば、どの程度の効率で吸収されるのかの試験を計画した。現在入院中の妊婦に食事摂取時間、ガム摂取量と時間、採血のスケジュールにしたがってガムを噛んでもらい、咀嚼後の血中葉酸量の推移をみることで確認するテストを継続中である(倫理委員会認定済)。

 葉酸摂取を「ガム」にした理由は大きくは次の3点である。

・いつでもどこでも容易に摂取可能なこと
・噛むことによる唾液分泌の促進で口腔のケアに資すること
・食育の基本である咀嚼の重要性を自覚する好機であること

 このテストで、血中の葉酸は、我々の予想通りの吸収量を確認できつつある。

 このことは、葉酸の持つ生理機能から生活習慣病の予防にも期待がもたれ、今後、症例数を増やし、発表したいと考えている。

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診察室だより 北から南から

久留米大学医学部看護学科

田中 佳代
久留米大学医学部看護学科母性看護学 講師

 久留米大学は平成20年に創立80周年を迎え、現在では5学部11学科の総合大学として地域社会に貢献する人材の育成に努めております。医学部看護学科は昭和41年に開校した久留米大学医学部付属高等専門学校にはじまり、西日本地区の私立総合大学では初めての4年制看護大学として、平成6年に設置されました。

 私は平成8年より現職に就いておりますが、以前は久留米大学病院で助産師として勤務し、濱田悌二教授の下、妊娠糖尿病や糖尿病合併の妊婦さんのケアにたずさわってきました。また、8年間、1型糖尿病の子どもたちのサマーキャンプにボランティアスタッフとして参加し、子どもたちが成長する過程で持つ結婚や妊娠・出産に対する悩み・不安に直面したことが、現在の活動をする契機となりました。

 平成16年に行った1型糖尿病女性、医療従事者の調査では、まだ多くの糖尿病女性が妊娠・出産に不安を抱えており、支援が十分でない状況が明らかとなりました。そこで、糖尿病女性の性と妊娠・出産への支援の具体的な指針となる看護職者のためのマニュアルの開発を、杏林大学、成田赤十字病院、三重大学、久留米大学の助産師、糖尿病看護認定看護師の皆様と進めており、平成22年度には完成予定です。

 またあわせて、1型糖尿病女性と看護職者がともに、性と妊娠・出産について意見交換を行い、双方向性のある支援のあり方を考えていく「糖尿病を持つ女性と看護職者のためのセミナー」を、NPO法人日本IDDMネットワークや糖尿病看護認定看護師、助産師の皆様にご協力いただき、福岡、東京、京都で開催しました。次年度も仙台等で開催し、看護職者同志のネットワークづくりにもつなげていきたいと考えております。

 まだまだ遅々たる歩みですが、糖尿病を持つ女性の妊娠・出産がよりよいものとなるサポートができますよう活動してまいりたいと思います。今後とも学会員の皆様のご指導・ご支援を賜りたくよろしくお願い申し上げます。

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