一般社団法人 日本糖尿病・妊娠学会

会報 2009 April Vol.11 No.1

【巻頭言】
妊娠中の糖代謝の正常化と動脈硬化疾患の抑制

赤澤 昭一
新古賀病院副院長

 妊娠中に胎児が糖代謝異常にさらされますと、出産時に新生児異常を生じるだけでなく、生涯にわたる肥満や糖尿病、動脈硬化性疾患を生じやすいプログラミングを受けてしまうことになります。すなわち、糖尿病母体からの新生児は、奇形などの合併症を生じる頻度が増加しますが、巨大児や低体重出生児は、将来のメタボリックシンドローム、糖尿病、動脈硬化性疾患の発生しやすい体質を妊娠中に獲得してしまいます。また、妊娠糖尿病妊婦自身も、将来はメタボリックシンドローム、糖尿病、動脈硬化性疾患が発症しやすいということはよく知られた事実です。

 これが世代にわたり繰り返えされますと、肥満、糖尿病や脳・心血管障害を引き起こしやすい体質、病気は世界に蔓延し、患者本人の不幸にとどまらず、医療経済にも深刻な影響を与えるということになります。このようにみてきますと、妊娠中の糖代謝の管理が、いかに重要な問題であるかがわかります。

 私が糖尿病と妊娠にかかわるようになったのは、1981年、米国ノースウェスタン大学の故Freinkel 教授の下に留学してからです。その当時、Freinkel 教授は、ラット の胎芽(embryo)を培養する「embryo culture system」の技術を用い、マンノースを培養液に添加した時、奇形が発生するという結果を見い出して、その原因が(この時期のエネルギーの産生の根幹である)解糖系のブロックによって生じることを見い出し、蜜蜂も解糖系でエネルギー産生を行っており、蜜蜂にマンノースを与えるとlethargy(嗜眠状態)となることから、"Honeybee syndrome"としてNew Engl J Med.に発表されました。糖代謝系のブロックにより奇形が生じることを見い出したもので、この当時としては画期的な研究成果でした。私もこの研究に関与でき、多くのことを学びました。

 帰国したちょうどその翌年の1985年に我が国においても、大森安恵先生を中心として「糖尿病と妊娠に関する研究会」が発足し、日本における妊娠と糖尿病の研究がさらに発展することとなりました。2001年に研究会から学会へと大きく発展してきました。

 前に述べたごとく、妊娠と糖尿病の分野において、巨大児、低体重出生児はもっとも大きな問題です。私たちもEmbryo culture の実験系においても、ブドウ糖濃度を高くしていくと、胎芽はだんだん小さくなり、そして奇形を発生するようになります。実際、臨床的にも、妊娠初期の胎児(芽)の発育異常(growth retardation)が存在しますと、奇形の発生頻度が明かに高くなるという事実があります。すなわち、低体重出生児と奇形の発生は表裏一体の関係にあります。低体重出生児は、血糖コントロール不良の糖尿病母体とも密接な関連がありますが、妊娠初期の低栄養などとも関連しています。これはBarkerの仮説として知られていますが、低体重出生児はインスリン抵抗性を惹起し、将来、肥満、高血圧、高脂血症、耐糖能異常などを生じ、脳・心血管障害を生じやすくなります。この点から、若い女性の異常なやせ願望などは大きな問題と言えます。

 このようにみてきますと、妊娠中の糖代謝の正常化は健康な新生児を出産するという目的のためにあることはもちろんですが、児の将来の糖尿病や動脈硬化性疾患の体質をつくらないという観点からも重要であると言えます。

大森賞を受賞して

福島 千恵子
三重大学医学部附属病院看護部

 この度は、第24回日本糖尿病・妊娠学会年次学術集会におきまして、名誉ある大森賞を受賞することができ、大変光栄に存じます。大森安恵先生、中林正雄先生をはじめ、選考委員の諸先生方に厚く御礼申し上げます。また、研究に際してご協力を賜わりました、三重大学病医学部産科婦人科学教室の佐川典正先生をはじめとする諸先生方、母性棟助産師、調査にご協力いただいた褥婦の方々に深謝いたします。

 糖代謝異常女性は母乳栄養の確立が難しいと言われています。前回の調査結果では、糖尿病女性が母乳栄養を確立するためには、退院時までに母乳栄養が確立できるようにすることが条件でした。そのため、母子分離となる可能性が高い糖代謝異常女性の母乳栄養率を高めていくことは、かなり難しいととらえていました。今回の調査において、退院時に母乳栄養の確立が無理であっても、助産師が継続的にかかわることで、糖代謝異常女性母乳栄養率が高くなるという結果を得ることができました。

 今後は、さらに母乳栄養率を高めるために、妊娠中からの援助の工夫も必要です。また、産褥期は、育児との両立が困難との訴えがあり、血糖コントロールが不良になる傾向があります。問題となる産褥期に、母乳外来を利用した日常生活への継続した援助が有効だと考え、援助時期や内容が今後の検討課題だと感じています。そして糖代謝異常女性への産褥期に則した療養生活指導のためのマニュアル作成を行い、適切な援助が提供できるようにしていきたいと思います。

 今回の受賞を励みとし、糖代謝異常女性へのよりよい援助方法について考え、継続的な発表ができるように日々努力を重ねていきたいと思います。今後ともご指導ご支援のほどよろしくお願い申し上げます。

診察室だより 北から南から

海老名総合病院・糖尿病センター医長

鈴木 奈津子

 海老名市は神奈川県のほぼ中央に位置する人口12万人の小都市です。小田急線、相模鉄道、JR相模線が乗り入れる交通の要所であるために、県内でも人口増加率の高い地域です。

 海老名総合病院は、昭和58年9月に開院し、以来、地域医療の中核病院としての機能を担っています。現在は、本院と外来専門の海老名メディカルプラザ、慢性期医療・予防医療を担当する海老名メディカルサポートセンター(旧・東日本循環器病院)の3施設で機能分担を行っています。

 糖尿病センターは平成11年4月の開設ですが、現在の形に整えられたのは、平成14年4月、大森安恵先生がセンター長として赴任されてからです。妊娠外来もこのときよりスタートし、現在7年目に入りました。ここ数年で急激に周辺の宅地化が進み、人口増に伴って糖尿病センターに来院する患者数も増加しています。現在、外来を受診される患者数は一日平均140人に上り、常勤医7名、非常勤医5名体制で午前5診、午後2診で診療を行っています。患者会として、「海老名けやきの会」が活動しています。

 当院のマタニティーセンターは、常勤医4名、非常勤医6名体制で診療を行っており、一般妊婦の分娩件数が年間500例に上る地域の中核施設の一つです。近隣から紹介された糖尿病妊婦や耐糖能異常の疑われた患者さんは、糖尿病センター妊娠外来に紹介となり、小児科とも連携して治療にあたっています。毎週月曜日の午後が妊娠専門外来です。当院で分娩された糖尿病合併妊婦は、これまでに1型糖尿病12症例、2型糖尿病12症例となっています。

 妊娠外来発足当初は、コントロール不良のまま妊娠後に他院から紹介される患者さんが多く、すでに網膜症を有する方もおられました。初診時ケトアシドーシスの状態で緊急入院され、無事、健常児分娩にいたった1型糖尿病妊婦も経験いたしました。現在では計画妊娠目的に紹介受診される方も増加しており、地域の啓蒙活動の大切さを実感する毎日です。

【ヤングコーナー】
思春期の管理で大切なこと

浦上 達彦
駿河台日本大学病院小児科講師

 当科で管理中の1型糖尿病女性の年齢別の平均HbA1C値は、11〜18歳の思春期年齢が8.0±1.4%と、他の年齢群に比してもっとも高いが、20歳以上になると6.6±1.2%と顕著に低下している。思春期ではインスリン感受性が30%低下し、血糖値の上昇を招くが、思春期年齢の血糖コントロール不良例をみると、その原因として、心理・社会的原因が考えられることが多い。その年齢は男女を問わず、また糖尿病と言わなくとも、さまざまな規則に反発することが多い。先のことを考えるよりいまという瞬間を楽しむ刹那的な思想は、現代の若者の特徴と言えよう。また思春期から少し上の年齢にいたるまで、嫌が応にも外見を気にするのが乙女心である。Weight controlのために、欠食したり、insulin omissonする例もめずらしくない。

 ここれ多くの主治医は頭を抱え、頼むからインスリン注射だけでも続けて欲しいと望むものだが、この時期の管理で大切なことは、“決して見捨てないこと”。そして“嫌がられても誠意を持って未来についての適切なアドバイスをすること”である。そして女性は多かれ少なかれ結婚と出産が感心事になるので、思春期年齢に達したら“結婚と出産”について時間をかけて話す必要がある。するとこのことが一番のモチベーションとなり、ふっと我が身を振り返り、未来を考えるときが到来するのである。そして彼氏ができたら、これが何よりのきっかけになり(彼氏は主治医に勝る)、自己管理しようとする姿勢が急速に芽生えてくる。本当にある年齢が来ると、血糖コントロールは自ずとよくなるのである。

 いままでギャルギャルしていた女の子が、「先生、今日から頑張るよ」と言って、SMBGもきちんと行い、「CSIIやろうかな」などと言ってくると本当にうれしい。

 本院では超速効型インスリンを使ったCSIIをprepregnancy〜pregnancy管理に利用し、良好な結果を得ている。また日常の管理には、e-mailが情報交換・アドバイスの場として有用である。小児期から継続して管理をし、出産を経験した症例が20例近くになるが、元気な親子の顔を見ると、胸に熱いものがこみ上げてくるこの頃である。

最新の臨床研究紹介

Hyperglycemia and Adverse Perinatal Outcomes(HAPO)Study
妊娠糖尿病(GDM)の疾患概念を確立するエビデンスを提供

安日 一郎
国立病院機構長崎医療センター産婦人科部長

 2008年5月、HAPO研究の第一報がNew Engl J Med.の巻頭を飾った(NEJM 2008:358:1191-2002)。東南アジアを含む世界9ヶ国の多施設共同研究で、25,000人を超える妊婦に妊娠24〜32週に75gOGTTを施行し、軽症の耐糖能異常妊婦(空腹時血糖値105mg/dL以上または2時間値200mg/dL以上は除外)を対象とした前方視的未介入観察研究である。GDMは、母体の将来の高率な糖尿病発症に関するエビデンスは豊富であるが、糖尿病より軽症の母体高血糖が周産期予後に関連するのかという観点からは、必ずしも良質なエビデンスがなかった。

 本研究の目的は、第1に、軽症の母体高血糖がはたして周産期予後不良と関連するのかを明らかにし、第2に、GDMの国際標準診断基準を確立することであった。その結果は、新生児合併症(巨大児、低血糖など)、母体合併症(初回帝王切開率、肩甲難産、妊娠高血圧腎症など)の母児の予後不良事象が、母体の血糖値の上昇に伴って有意に増加することを初めて証明し、GDMの疾患概念の確立という点で歴史的な意義を持つ。一方、母体血糖値と有害事象発症との関連は直線回帰的であり、診断基準を設定するための明確な変局点は見い出せなかった。

 このHAPO研究の成果を受けて、2008年6月、第6回妊娠糖尿病国際ワークショップ会議(ロサンゼルス)で、新国際標準診断基準の議論が開始された。また本会議では、大森安恵先生(日本糖尿病・妊娠学会名誉理事長)の強い意向を受けて、GDMの定義の見直しが検討され、GDMから重症の耐糖能異常を除外して新たなカテゴリーを設定するという提案が約8割の賛同を得て承認された。新国際診断基準については2010年の国際糖尿病妊娠学会で最終決定される予定である。

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