一般社団法人 日本糖尿病・妊娠学会

会報 2008 September Vol.10 No.2

【巻頭言】
血糖正常化への道

穴澤 園子
東京都済生会中央病院内科

 私が済生会中央病院で恩師北村信一先生のご指導で糖尿病妊婦にかかわるようになった1979年、当時の総説には「糖尿病妊婦の治療はインスリン使用開始による受胎率の向上と母体昏睡死からの脱却の時代、血糖コントロールの改善と至適分娩時期の選択による周産期生存率向上の時代を経て正常血糖コントロールと胎児・新生児の管理とケア発達の時代に入った」と書かれていた。1982年、Jovanovicによる1922年〜1980年までの諸発表をプロットすると、時代とともに母体平均血糖値が低下し、それに伴って周産期死亡率が見事に直線的に低下してきたグラフを見たときの感動は忘れられない。

糖尿病治療進歩の恩恵を最初に受け、結果を出した糖尿病妊婦

 技術革新は1980年前後に一気にやってきた。血糖簡易測定器は小型軽量化し、HbA1Cも一般化された。最初に1型糖尿病妊婦に血糖自己測定(SMBG)を導入したのは1981年、メータは7万円だったが血糖を厳格にコントロールするために有力なツールであることを話すと、即座に「やってみます」との答えが返ってきた。速効、中間型インスリン2製剤をそれぞれのバイアルからシリンジに吸い取り混合し、いまよりずっと太く長い針での頻回注射は大変だったが、1985年に登場したぺン型注射器は状況を一変させた。SMBGと頻回注射(あるいはCSII)による「インスリン強化療法」は糖尿病治療の歴史上、一大エポックであり、その成果は、1993年になってDCCTで明らにされた。妊婦では40週と勝負が速いため、86年頃から強化療養による分娩成績の向上が次々と報告され、「残された問題は「奇形」と「進行した細小血管症合併妊婦」」と言われるまでになった。しかし忘れてならないのが「過体重児」である。

 過体重児の発生に食後の血糖値が関連することは、一般の糖尿病診療で「食後高血糖」が騒がれるずっと以前から知られ、分食、グライセミックインデックス配慮、超速効型インスリンの利用など工夫が重ねられてきた。巨大児の原因は糖尿病ばかりではなく、肥満妊婦では高血糖がなくても児が大きくなることは経験する。しかし本年5月のHAPO Study最終報告で、過体重児の頻度は母体血糖値ときれいに連続的、直線的に関連している。やはり血糖値は大いに関係ありなのだ。とすると、過体重児が減らないのは、いまだ本当の意味で血糖が正常化されていないということなのだろうか。

正常血糖とは何か

 健常妊婦血糖日内変動はSMBGや最近の血糖連続測定(CGMS)で早朝空腹時70mg/dl、食後最高値110 mg/dlが示されている。妊婦の血糖の変動は言うまでもなく、胎児に優先的に栄養を供給する合目的メカニズムによっている。したがって、必要な栄養と至適インスリンの供給によってこれを再現することが望ましいのであろう。一方、糖尿病妊婦管理成績で、妊娠末期の食後1時間値が130mg/dlを切ると低体重児が出てくるデータも見逃してはなるまい。過体重より低体重児の方が周産期管理はずっと難しいと言われ、加えて近年は成人後のメタボリックシンドロームとの関連を危惧する声もあるからだ。

 CSIIは機器の進歩と保険診療での道が開けてきたことにより、1型糖尿病妊婦での使用が増えてきつつある。血糖値の動きがリアルタイムに把握できるタイプのCGMSの認可もそう遠くはないだろう。そうなれば真の正常血糖コントロール実現は夢ではない。しかし、これらハード面がいくら進歩しても、これを運用するのは妊婦である。近年見ることの多くなった「血糖は完璧近くよいが体重の増加も顕著」という事態は、母児に新しい問題を起こさないだろうか?児の健全な発育を確保するとともに、母体の代謝コントロールの基本である食事療法が正しく行われたうえでインスリンを適切に供給する、このための「患者教育」は糖尿病妊婦治療の土台である。妊婦はコンプライアンスがきわめて良好であるがゆえ、いま問われているのは私たち医療者の力量であろう。

Sansum科学賞を受賞

大森 安恵
海老名総合病院・糖尿病センター長(東京女子医科大学名誉教授)

 受賞の栄誉を自分で書くと、自己顕示欲と誤認されそうであるが、若い医師や、やる気の充満したコメディカルの方々の刺激になればと思い、執筆の依頼に応じることとした。

 アメリカのSanta Barbaraにある糖尿病の研究所として有名なSansum Diabetes Research Instituteから、この6月2日に思いがけず「Sansum Award for Science(Sansum科学賞)」を受賞した。Dr.William Sansumは、1922年アメリカで初めて糖尿病患者さんにインスリンを用い、人命救助に貢献した内科医として知られており、1944年にこの糖尿病研究所も創設している。

 Sansum科学賞は毎年授与されているのでなく、時に応じて与えられているようで、私の受賞理由は、

  1. 50年以上にわたって糖尿病の人たちのために貢献し続けている、
  2. 糖尿病と妊娠の分野を日本に樹立した、
  3. 国連(UN)と国際糖尿病連合(IDF)の共同キャンペーンで、糖尿病と妊娠部門のワーキングメンバーとして活躍していること、

であった。何しろ推薦状も業績の要求もなく賞を与えるので、「6月2日の授賞式に参加するように」という招待状を受け取り、驚いた次第である。分厚い業績集と推薦状を提出させて、まったく専門外の審査員たちが審査して、駄目という日本の賞の在り方とかなり異なるように思われた。

 この賞は、糖尿病を勉強している人なら誰でも知っているR.Levine、P.Lacy、J.R.Gavin、J.Hoet、P.H Forshamという偉大なる大学者に続く6人目、日本人で初めて、しかも女性でも初めてという筆舌に尽くしがたい栄光なものであった。

 45分と規定された受賞講演の演題は「The Road I walked」。日本語なら「道一筋」で、「一千年前、日本女性の紫式部が世界で初めて長編小説を書いて日本から文化を発信したが、「糖尿病と妊娠」の分野は、アメリカの大先輩の皆様から教えを受けたものである」と緒言でまず感謝を表明した。その後、自分の歩んできた研究と臨床の道程、国連のキャンペーンを述べ、佐藤一斎の「学は一生の大事」を英訳し結語とした。講演のあと、これほどのStanding Ovationを浴びたことはない。2000ドルの副賞を授与されたが、それは日米友情の証に封を切らずDonationしてきた。

 東京女子医科大学で研鑽し研究できたこと、海老名でいまなお臨床を続けさせていただいていること、日本糖尿病・妊娠学会の皆様からいつもご支援いただいていることに心から感謝申し上げる次第である。

【ヤングコーナー】
小児・ヤング糖尿病者への妊娠に関しての取り組みについて

岡田 泰助
もみのき病院糖尿病・生活習慣病外来内科・小児科部長

 16年前に、19歳で網膜症・神経障害・早期腎症・白内障を合併した7歳発症女性の方や、妊娠してはいけないと信じていた9歳発症17歳女性の方の診療にかかわったことから糖尿病の世界に入ることになりました。当初から小児糖尿病という考えはなく、糖尿病全体を学ぶ目的で、東京女子医科大学糖尿病センターで勉強させていただきました。大森安恵先生、岩本安彦先生、内潟安子先生をはじめ、多くの方にご指導いただき感謝しています。

 さて、現在当院通院中の30歳未満糖尿病の方は73名(1型60名、2型13名)で、女性が48名です。発症時から本人とご家族に、

  1. 糖尿病であっても妊娠・出産は可能であること、
  2. HbA1Cが高いほど・血糖コントロールが上手くいっていないほど児に悪影響が出ること、
  3. 妊娠判明後から血糖をコントロールしても児の奇形発生を防ぐことが困難であるため計画妊娠を心がけること

の3点を説明しています。よく「(妊娠・出産について)何歳から説明したらよいか」と聞かれますが、初潮のみられた女性は妊娠が可能です。性早熟症の方は小学生であっても妊娠可能です。したがって、年齢ではなく、その方の成長に応じて、遅くとも初潮のみられた方には、直接本人に説明しています。

 また糖尿病専門内科医による講演会やサマーキャンプでの産婦人科医による勉強会も開いています。とくに2型糖尿病の方は、高校卒業後の治療中断を防ぐために、教師・養護教諭・栄養士・学校給食栄養士に対する講演を行ったり、対象患者のいるすべての学校での勉強会を開き、子どもを取り巻く環境整備に取り組んでいます。さらに、肥満外来と同時に肥満児対象の親子キャンプとしてのスリムキャンプも毎年行っています。

 長期的な効果はまだ不明ですが、長く続けることにより、高知県における若年発症糖尿病者の出産例増加と児の合併症減少がみられると信じています。これからも皆さんのご協力をいただくと思いますのでよろしくお願いします。

診察室だより 北から南から

長崎大学医学部・歯学部病院栄養管理室

高島 美和

 長崎大学医学部・歯学部病院は、安政4年(1857年)に長崎奉行所西役所内に開設された医学伝習所が始まりの歴史を持つ、32診療科・病床数869床の長崎県唯一の大学病院です。JR長崎駅から車で約10分、近くには平和公園や長崎原爆資料館が徒歩圏内にあります。

 栄養管理室は、2006年に事務部から院長直属の診療補助部門に独立しました。今年6月には新病棟開設に伴い、32年間使用した施設から新しい栄養管理室へと引っ越しをしました。栄養士は1998年より新設された代謝疾患治療部(現、生活習慣病予防診療部)を併任し、現在は副部長の川崎英二先生(糖尿病専門医)と山本広美看護士(糖尿病看護認定看護師)とともにチーム治療を行っております。

 「糖尿病と妊娠」とのかかわりは、1990年頃より赤澤昭一先生(現、新古賀病院)、豊里英子元室長、松下七寶惠前室長らが、産婦人科の安日一郎先生(現、国立病院機構長崎医療センター)らと一緒にたずさわれたのが始まりで、現在に至っています。

 管理栄養士は妊娠糖尿病、糖尿病合併妊娠として紹介された患者様に対し、適切な血糖管理の下、妊娠中は母子に必要な栄養量について、また出産後は糖尿病の発症予防、さらに糖尿病発症後も合併症予防のための栄養管理を行っております。現在、出産後のフォローアップとして定期的に施行している75g OGTT後に食生活の内容などを確認しています。定期的に通院される方は健康に関心を持っている方が多く、良好にコントロールされていますが、通院されない方が気がかりであり、今後、どのようにかかわっていくかが課題となっています。

 2007年には川崎英二先生、安日一郎先生ほか県内の内科医・産婦人科医により「長崎県糖尿病・妊娠研究会」が発足しました。栄養士がいる産科病院が少ないこともあり、「糖尿病と妊娠」とのかかわりが未知の領域である栄養士が多いと思われますが、長崎県糖尿病・妊娠研究会、長崎県病院栄養士協議会を介して、長崎県の栄養士に「糖尿病と妊娠」を拡げることができそうです。今後も糖尿病発症・合併症予防に少しでも寄与できればと、微力ながら取り組んでいきたいと存じます。

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