第82回 日本循環器学会学術集会 ランチョンセミナー 44より
「心腎連関」というフレーズが医学用語として定着して久しい。心血管疾患と腎疾患は病態機序レベルで深いつながりがあり、研究と臨床そして教育を一体的に進める必要がある。また治療に際しては、腎疾患をできるだけ早期に把握して介入していくことが心疾患の発症・進展抑制のためにも求められる。本講演では「心血管腎臓病」研究の最新トピックスと、その早期介入を可能にするための新規バイオマーカーについて、横浜市立大学医学部循環器・腎臓・高血圧内科学主任教授の田村功一先生に総括いただいた。
演者:田村 功一 先生(横浜市立大学医学部 循環器・腎臓・高血圧内科学 主任教授)
座長:北風 政史 先生(国立循環器病研究センター 臨床研究部 部長)
循環器疾患・腎疾患・高血圧の一体的な臨床・研究・教育体制が必要
医学の研究と臨床は年々専門細分化が進んでいるが、我々の横浜市大では循環器科に加えて腎臓・高血圧内科という広範な領域を一つの教室のもとに運営している。「なぜなのか?」とよく尋ねられるのだが、循環器疾患と高血圧、腎臓病はそれぞれが別個に存在しているのではなく、病態機序のレベルで非常に密接な連関があるからだ。実際にこの三つが併存している患者が少なくなく、包括的な対応が求められることが多い。我々はこの一連の病態を「心血管腎臓病」あるいは「病態連関病」と捉えて研究・臨床・教育を進めている(図1)。そこで我々がふだんどのような研究をしているのかを示しながら、心血管腎臓病に対しいかに立ち向かっていくべきかを考えてみたい。
図1 心血管腎臓病に立ち向かうための臨床、教育、研究
RAA:renin-angiotensin-aldosterone
我々の研究の柱は三つに分けられる。一つは血圧変動に関する臨床的研究、二つ目は循環器・腎臓・高血圧内科の連携による先進医療の取り組み、そして三つ目はアンジオテンシンIIタイプ1(AT1)受容体結合蛋白の基礎的研究だ。
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血圧変動が腎機能低下と動脈硬化進展のリスク因子
血圧変動が腎機能低下と動脈硬化進展のリスク因子
まず一つ目の柱である血圧に関連し、この領域の最近のトピックと言えば2017年のAHA(American Heart Association)/ACC(American College of Cardiology)で発表された米国の新たな高血圧診断基準だろう。つい最近まで血圧管理を緩める傾向にあったものが、 SPRINT試験(Systolic Blood Pressure Intervention Trial)の結果を受けて突然のように厳格化され、従来prehypertensionとされていた130~139/80~89mmHgもステージ1の高血圧と定義された1)。
しかし、SPRINTにおいてベースライン時にCKDを有していた群のサブグループ解析をみると、厳格降圧群と通常降圧群とで主要評価項目である心血管イベントと腎イベントのいずれも有意差がない。ところが全死亡に関しては厳格降圧群で有意に抑制されていた2)。この点が重視された結果、前述の診断基準改訂につながったのであろう。しかしCKD患者の予後には人種差があり、日本人では死亡よりも末期腎不全リスクの方が高いとの報告がある3~6)。また最近では日本人のネフロン数は欧米人の3分の2ほどしかなく、生来的に腎臓が弱い可能性も指摘されている7)。よって海外のエビデンスの解釈は慎重であらねばならず、わが国発のエビデンスが求められる。
そこで我々がいま注目しているのが先ほど述べた血圧変動だ。既報ではCKDのステージ進行とともに血圧変動パターンがnon-dipper、riserを呈する患者が増え8)、それに伴い心血管疾患発症リスクが有意に増加することが示されているが9)、我々は血圧変動へ介入することによる臓器障害への影響を検討している。現在までに、診察室血圧の低下幅よりもABPM(Ambulatory Blood Pressure Monitoring)で把握した夜間睡眠時血圧の それの方が、腎障害のマーカーであるアルブミン尿の改善とより強く相関することを明らかにしている10)。また病態連関の視点から動脈硬化にも目を向けbaPWV(brachial-ankle Pulse Wave Velocity)との相関も検討したが、同様の結果が得られている。
正脂血症のASO患者にもLDLアフェレーシスが有効
研究の二つ目の柱は、血清脂質正常のASO発症透析患者に対するLDLアフェレーシスだ。先進医療Bとして厚労省から認可され全国唯一の施設として行っており、循環器科と腎臓内科を一体化した我々の教室の特色を生かした取り組みと言える。
これまでの成果として、治療抵抗性ASO患者の歩行可能距離がLDLアフェレーシスによって有意に改善すること11, 12)、eNOS(endothelial Nitric Oxide Synthase)活性化が歩行可能距離やABI(Ankle Brachial pressure Index)の改善と有意に相関すること13,14)などを報告してきた。LDLアフェレーシスの効果は単にLDL-Cを低下させるだけでなく、酸化ストレスや炎症系、凝固系を抑制するなどの経路を介して内皮機能を向上させ、その結果ASOの症状改善に結び付くと考えている。
長寿遺伝子Sirtuin1との関連からも注目されるATRAP
三つ目の柱の基礎的研究ではAT1の下流に位置する情報伝達系の研究を進めている。主要なターゲットは我々がATRAP(angiotensin II receptor associated protein)と呼ぶ、AT1受容体C末端に特異的に結合する蛋白質だ。
ATRAPは、AT1受容体が刺激を受け細胞内にinternalization(内在化)する過程を促進することで受容体機能を選択的に阻害すると考えられている。まだ研究途上ではあるが、現在までにわかったポイントを述べてみたい。
ATRAPは腎尿細管上皮に多く発現しており、腎機能低下や寿命とも関連を認める
ATRAPを高発現させたトランスジェニックマウスも通常飼育下では、野生型マウスと血圧や心機能・形態に何ら変わりない。ところが心肥大刺激を加えて飼育すると、野生型マウスではp38-MAPK(Mitogen-Activated Protein Kinase)が活性化し心肥大が進行する一方、ATRAP高発現マウスはその変化を認めない15~17)。つまり、病的刺激が存在する時にATRAPは臓器保護的に働く可能性がある。
このATRAPの発現は2型糖尿病モデルマウスでは有意に低下しており、ヒトにおいても糖尿病やMet-S(Metabolic Syndrome)で発現が低下している18)。そしてヒト生体内でのATRAPの組織分布をみると、脂肪組織や心血管系、筋肉などにもみられるが、最も多く発現しているのは腎尿細管、ことに上皮細胞であることがわかった19)。またヒトにおいて腎尿細管のATRAPの発現はeGFRが低いほど減少することも示され(図2)、腎機能の低下に伴ってATRAPの機能も低下してくると考えられる。
図2 ヒト腎尿細管のATRAP発現と腎機能の相関
〔Am J Physiol Renal Physiol 299:720-731,2010〕
この他、ATRAPをノックアウトした5/6腎摘マウスでは、野生型マウスに比べて血圧が有意に上昇しナトリウム再吸収チャネルの発現が増加することを報告しており20)、腎組織の線維化が亢進することも確認した。またこれらの違いの背景として長寿遺伝子と呼ばれるSirtuin1の腎臓における発現がATRAPノックアウトマウスで低下していることも見出している。
我々の検討ではATRAPノックアウトマウスは寿命が18.4%短縮しており、これをヒトに当てはめると15~17年に相当する。最近『NHKスペシャル』で「腎臓が寿命を決める」と放送され話題になったが、仮にそうだとすると腎尿細管でのATRAPの発現もそれに関与しているのかもしれない。
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腎機能低下に早期介入して心血管腎臓病を抑制する
腎機能低下に早期介入して心血管腎臓病を抑制する
冒頭に述べたように、心血管病と腎臓病はともに生活習慣を起点として密接に関連しながら進行する。その過程において腎臓から出る初期のシグナルとしてアルブミン尿があり、古くからマーカーとして使われている。しかし本日の話題はそのアルブミンよりさらに早期のマーカーであるL型脂肪酸結合蛋白「L-FABP」(Liver-type Fatty Acid-Binding Protein)である。
L-FABPはアルブミン尿よりも早く腎機能低下を捉えることが可能
L-FABPは近位尿細管上皮細胞に存在している蛋白質で、腎尿細管に虚血や酸化ストレスが加わると発現が増強する。この点は腎臓の構造上の変化が生じバリア機能が破綻した結果として出てくるアルブミン尿との違いである。具体的なデータをいくつか紹介する。
図3は同程度のアルブミン尿を呈している糖尿病性腎症と微小変化型ネフローゼ症候群を比較した結果だ。前者の予後は不良となりやすい一方、後者は急性期を過ぎれば後遺症なく寛解することが多いが、実際に組織障害スコアを比較すると前者が後者より有意に高い。そしてL-FABPも前者が有意に高値であり、尿中アルブミンの多寡では判断できない腎障害をL-FABPで判別可能であることがわかる。
図3 糖尿病性腎症と微小変化型ネフローゼ症候群での組織障害スコアと尿中L-FABPの比較
〔聖マリアンナ医科大学雑誌 33:301-309,2005〕
さらにL-FABPを用いることで腎機能正常の時点から予後を予測できることも明らかになっている。図4は尿アルブミン陰性の1型糖尿病患者をL-FABPで四分位に分け経過を追った結果だ。ベースライン時のL-FABPが高い群ほど腎症の新規発症リスクが高いことがわかる。
図4 尿中L-FABPと糖尿病性腎症の進行の関連
〔Diabetes Care 33:1320-1324,2010〕
AKIの早期診断や発症リスク、重症度判定にもL-FABPが有用
CKDのみならず急性腎障害(AKI)の予測にもL-FABPが有用との報告が多い。例えば、心血管手術を受けた患者の腎機能マーカーを複数同時測定し経時的に比較してみると、L-FABPはNGAL(Neutrophil Gelatinase-Associated Lipocalin)やNAG(N-Acetyl-β-D-Glucosaminidase)などに比較し、術直後の早期から有意に上昇することが報告されている21)。また造影剤腎症によりAKIを来した群は造影剤投与後にL-FABPが上昇するのみならず、投与前の時点で既にAKI非発症群より有意にL-FABPが高いとの報告もみられる22)。
さらにAKIの予後についても、ICU入室後14日間の死亡率との関連を複数のマーカーで検討したところ、L-FABPのROC曲線下面積は最も高値であったことが報告されている(図5)。
図5 各種マーカーのAKI重症化予測能
ICU入室時の検査値と14日間での死亡率のROC解析
〔Crit Care Med 39:2464-2469,2011〕
脳心血管疾患の発症リスクもL-FABPで評価できる
心血管腎臓病の観点からは腎機能との関連にとどまらず、脳心血管疾患との関連にも着目したい。
2型糖尿病患者をL-FABPで三分位に分け、透析導入+心血管イベントを複合エンドポイントとして追跡した結果からは、やはりL-FABPが高い群ほどイベント発生率も有意に高いことが示されている23)。さらに同様の結果は糖尿病の有無に関わらず認められており24)、L-FABPが腎障害の原因疾患によらずに広く心血管腎臓病のリスクを把握可能であることがわかる。
ガイドライン上のL-FABPの位置づけと保険適用
以上のエビデンスにより、L-FABPは既に各種疾患ガイドラインに取り上げられている。CKDにおいては有望なマーカーとして解説されており(表1)、AKIにおいては推奨レベルとエビデンスレベル も示されている(表2)。
表1 CKD診療ガイドラインにおけるL-FABP
1.CKDの診断と意義
CQ6
CKDのフォローアップに有用な尿中バイオマーカーは何か?
推 奨
CKDの予後の指標として、尿蛋白および尿中アルブミンのフォローアップを推奨する。その他の尿中バイオマーカーとしては、α1ミクログロブリン、β2ミクログロブリン、L-FABPが有望である可能性がある。
〔エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2013.東京医学社,2013〕
表2 AKI診療ガイドラインにおけるL-FABP
5章
CQ5-1
AKIの早期診断として尿中バイオマーカーを用いるべきか?
推 奨
尿中NGAL、L-FABPはAKIの早期診断に有用な可能性があり測定することを提案する。尿中シスタチンCの有用性は限定的で明確な推奨はできない。
尿中NGAL、尿中L-FABP:
推奨の強さ 2
エビデンスの強さ B
尿中シスタチンC:
推奨の強さ なし
エビデンスの強さ C
〔AKI(急性腎障害)診療ガイドライン2016. 東京医学社,2016〕
もちろん保険適応もあり先生方にすぐにお使いいただける状況だ。具体的に、CKDを念頭におく場合は腎機能が低下する前の早期診断やリスク評価に適用され、薬剤性腎障害や敗血症、多臓器不全などでAKIを疑う場合にも適用される(表3)。
表3 L-FABP診断薬の保険適用条件(中医協答申)
【測定内容】 | 尿中のL-FABPの測定(尿細管機能障害を伴う腎疾患の診断の補助) |
【主な対象】 | ? eGFR≧60の、断続的に治療を受けている糖尿病患者、糸球体腎炎などの慢性腎臓病が疑われる患者 ? 急性腎障害が確立されていない、薬剤性腎障害、敗血症または多臓器不全等の患者 |
【有用性】 | ? 腎機能が低下する以前の糖尿病患者に対して、本検査を行うことにより糖尿病性腎症の病期進行リスクを判別し、また治療効果の判定にも使用できる可能性がある。 ? 急性腎障害が確立されていない、敗血症または多臓器不全等の患者対し、治療転帰を含めた重症化リスクを判別することで、血液浄化療法などの適応判断に利用可能性がある。 |
〔中医協(総-3)23.7.27〕
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Discussion
Discussion
座長(北風先生) 血清脂質が正常な方にLDLアフェレーシスをすると、LDL-Cはど のくらい下がるのでしょうか?
田村先生 例えば90mg/dLぐらいであれば50mg/dL程度に下がります。その値は次に施行する時には前値近くに戻っているのですが、酸化や炎症のマーカーは低値傾向が維持されています。それがeNOSの活性化につながりASOに対して効果を発揮するのではないかと考えています。
北風先生 PCSK9 阻害薬はいかがでしょう?
田村先生 私どもPCSK9阻害薬での検討はしていなのですが最近、同薬でASOの症状が改善する可能性も指摘されていますが、結果の再現性や機序等について今後の検討が必要であると考えます。
北風先生 L-FABPは心疾患のマーカーとしても使えるのでしょうか?
田村先生 これまでに、末期腎不全だけでなく心血管イベントとも関連があると複数報告されてきていますので使えるのではないかと思います。L-FABPが心腎連関のマーカーとなるというのは、今までのエビデンスが示唆しているところです。
北風先生 心不全などでどのように変化しているのか興味があります。
参考文献
1) Ann Intern Med 168:351-358, 2018
2) J Am Soc Nephrol 28:2812-2823, 2017
3) JAMA. 285:2719-2728, 2001
4) Am J Kidney Dis 63:236-243, 2014
5) Kidney Int 90:1109-1114, 2016
6) Kidney Int 91:227-234, 2017
7) JCI Insight.2017 Oct 5. [Epub ahead of print]
8) Nat Rev Nephrol 9:358-368, 2013
9) Arch Intern Med 171:1090-1098, 2011
10) Clin Exp Hypertens 38:744-750, 2016
11) 循環器内科 80:270-274, 2016
12) 日内会誌 105:802-810, 2016
13) Arterioscler Thromb Vasc Biol 30:1058-1065, 2010
14) Ther Apher Dial 17:185-192, 2013
15) FEBS Letters 579:1579-1586, 2005
16) Hypertension 50:926-932, 2007
17) Hypertension May 55:1157-1164, 2010
18) J Am Heart Assoc:e000312 August 12, 2013
19) Curr Med Chem 22:3210-3216, 2015
20) Kidney Int 91:1115-1125,2017
21) Circ J 76:213-220, 2012
22) Am J Kidney Dis 47:439-444, 2006
23) Diabetes Care 36:1248-1253, 2013
24) Clin Exp Nephrol 20:195-203, 2016
初 出
第82回 日本循環器学会学術集会 ランチョンセミナー 44 第7会場(大阪国際会議場 12F 1202)
演題:心血管腎臓病に克つために
座長:北風 政史 先生(国立循環器病研究センター 臨床研究部 部長)
演者:田村 功一 先生(横浜市立大学医学部 循環器・腎臓・高血圧内科学 主任教授)
共催:シミックホールディングス株式会社、積水メディカル株式会社
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