米国糖尿病学会(ADA)は、糖尿病網膜症に関する新たな指針(ポジションステートメント)を発表した。血糖管理のみでなく血圧や脂質も最適に管理することが網膜症のリスク低下につながるとし、いずれもグレードAで推奨。眼科的治療に関しては近年の知見を取り込み、抗VEGF薬等の位置づけについて言及している。
ADAが糖尿病網膜症に関するステートメントを発表するのは2002年以来15年ぶり。
Diabetes Care 誌(40:412-418,2017)に掲載された。2002年以降、OCT(光干渉画像診断査)や広角眼底カメラなどの検査法が進歩したこと、および黄斑浮腫に対する抗VEGF薬療法など新たな治療法が進歩したこと、および全身管理に関するエビデンスが充実してきたことを反映した内容。
ステートメントではまず疫学について触れ、1980年から2008年に世界各国で行われた35の研究のプールメタ解析により、糖尿病網膜症の有病率は35.4%、糖尿病増殖網膜症は7.5%と推定され、先進国の20〜74歳の成人における最も多い失明原因とされ、かつ糖尿病によって白内障や緑内障の頻度も上昇するとしている。網膜症のリスク因子としては、糖尿病の罹病期間に加え、慢性高血糖(血糖管理状況)、腎症、高血圧、脂質異常症を列記。血圧に関しては、収縮期血圧を140mmHgからさらに120mmHgへ低下させることの利益は示されていないものの「血圧低下が網膜症進行を遅らせることが証明されてきている」とし、また脂質異常症については「軽度の非増殖網膜症がある場合、フェノフィブラートを追加することで恐らく網膜症進行が遅くなるだろう」と述べている。
ステートメント全体は、natural history(自然史)、screening(検査)、treatment(治療)の三つの項目に分けられており、それぞれにレコメンデーションを掲げるとともにその推奨レベルを示している。以下にその抜粋を要約する。
血糖のみでなく、血圧・脂質管理の最適化をグレードAで推奨
最初の項目‘natural history’では、糖尿病網膜症の自然史とその進展抑制のための介入法を取り上げ、ステートメントとして「血糖管理の最適化は、網膜症リスクを低下させ、網膜症の進展を遅らせる」と、「血圧および脂質管理の最適化は、網膜症リスクを低下させ、網膜症の進展を遅らせる」を掲げ、ともにグレードAで推奨している。
前者の血糖管理については、ウィスコンシン糖尿病網膜症疫学研究(WESDAR)やDCCT、UKPDSなどの大規模研究を根拠に、血糖管理が糖尿病網膜症の発症リスクを減らし、発症後の進展を抑制することが1型2型を問わず認められ、かつその効果はそれぞれの試験の介入期間が終了し血糖管理状態が等しくなった後にも引き続き認められていると述べている。
後者のステートメントのうち血圧に関しては、UKPDSにおいて収縮期血圧を154mmHgから144mmHgに低下させることで網膜症や黄斑浮腫のリスクが37%低下したが、より近年に行われたACCORD-Eyeでは、収縮期血圧140mmHgと120mmHgとで有益性も有害性も差が認められないとしている。
脂質管理に関してはFIELDにおいてフェノフィブラートがプラセボに比してレーザー治療の必要性を有意に減らし、かつベースライン時に網膜症や黄斑浮腫が存在していたケースではETDRSチャートでの視力が有意に良好に保たれていたこと、およびACCORD-Eyeにおいてもフェノフィブラートにより網膜症の進展リスクが3分の1低下したことなどを列挙している。またACCORD-Eyeでは、介入期間が終了した後は同薬の効果が認められなくなったことも、同薬の効果が真実であることを示すものだと解説。これらより、「糖尿病網膜症を有する患者にフェノフィブラートを用いることを眼科医と内科医が検討するのに十分なデータが存在する」とまとめている。
糖尿病網膜症の早期診断の通常治療により、失明を98%以上抑止できる
続いて‘screening’の項では、糖尿病の病型や網膜症の状態ごとに、推奨される検査実施時期と頻度を掲げている。網膜症スクリーニングについては、成人1型糖尿病患者の場合は糖尿病発症から5年以内、2型糖尿病患者の場合は糖尿病診断時点で、それぞれ初回の散瞳検査および総合的眼科検査を受けることをグレードBで推奨。2回以降の検査については、網膜症が確認されなかった場合はその後の検査を2年ごとにすることも検討されるが、網膜症が存在するのであればその病期によらず1型2型いずれの患者も少なくとも年1回の散瞳検査を受け、網膜症が進行しているのであればより頻繁な検査が必要としている(グレードB)。
このほか、「1型および2型糖尿病で妊娠を計画している女性または妊娠している女性は、網膜症の発症・進展リスクについて相談すべき」「既に1型または2型糖尿病のある患者においては、眼科的検査を妊娠前または第一3半期に行うべきで、その後、それらの患者は3半期ごと、および産後1年は網膜症の程度の傾向をモニターされるべき」をグレードB、「眼底写真が網膜症のスクリーニングツールとして用いられることもあるが、眼底写真は総合的眼科検査の代用となるものではなく、少なくとも初回とその後の定期的検査は眼科専門職者によってなされるべき」をグレードEとしている。
これらスクリーニングの意義について本ステートメントは、「糖尿病網膜症の治療に進展抑制効果があること、そして増殖網膜症や黄斑浮腫を有していても自覚症状のない患者もいるという事実が、スクリーニングの必要性を強く支持する」とし、早期発見・介入により糖尿病網膜症による失明は98%以上防ぐことが可能と述べている。
増殖網膜症に対する抗VEGF薬投与は、費用対効果の検討が必要
‘treatment’の項では、「あらゆるレベルの黄斑浮腫および重症非増殖網膜症(増殖網膜症の前兆)、あるいは増殖網膜症がある患者は、糖尿病網膜症の治療と管理に知識と経験を有する眼科医に迅速に紹介する」「レーザー光治療は、ハイリスクの増殖網膜症のある患者、あるいは場合によっては重症非増殖網膜症のある患者の視覚障害のリスクを低下させる」「抗VEGF薬の硝子体内注射は、中心窩下に生じ読字障害を来す可能性のある中心部黄斑浮腫に望ましい」「アスピリンは網膜出血のリスクを増やさないことから、網膜症の存在はアスピリンによる心保護治療の禁忌ではない」というステートメントを掲げ、いずれもグレードAとしている。
治療においては近年、黄斑浮腫に対する抗VEGF薬の硝子体内投与の普及が著しい。同薬は浮腫の軽減のみでなく新生血管を消退させることから、増殖網膜症に対する同薬の応用への期待が広がっている。実際に、増殖網膜症においても同薬がレーザー治療に比して視力や視野の確保に有利であることを示す報告がある。しかし本ステートメントは主に費用対効果の面から、「レーザー治療は既に議論にならないほど十分にエビデンスが確立されている一方で、抗VEGF薬は黄斑浮腫に対してはレーザー治療に比べて有効であることを示しつつあるものの、増殖網膜症に対する効果に関してはより多くの試験が必要とされる段階」としている。
関連ページ:
Diabetes Care 40(1):136-154,2017
American Diabetes Association Issues Diabetic Retinopathy Position Statement
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