目と健康シリーズ Eye & Health
2015年06月01日
No.6. 網膜動脈閉塞症
編集
眼科いのうえクリニック院長
井上 正則 先生
網膜動脈閉塞〈へいそく〉症とは、網膜に血液を送っている動脈が詰まり、網膜の細胞への血流が途絶えてしまう病気です。細胞が活動するために必要な酸素や栄養は、血液によって供給されていますので、血流が途絶えると、間もなくその箇所から先の細胞は死んでしまいます。
血流が途絶えることで起きる病気としては、心筋梗塞や脳梗塞がよく知られていますが、網膜がこれらの病気と同じ状態になるのが網膜動脈閉塞症です。網膜は眼球の内側に張り巡らされている膜で、瞳から入ってくる光の情報を感知する神経組織ですから、網膜細胞が死んでしまうと光を感知できなくなり、視覚が失われてしまいます。
網膜静脈閉塞症の場合は、血液自体は網膜に届いているため、網膜細胞がすぐに死んでしまうことはないのですが、網膜動脈閉塞症が発症すると、網膜の細胞が壊死する危険にさらされます。この点が両者の大きな違いです。
ひとつは、網膜動脈に動脈硬化※1が起きて血管の内径が狭くなっている状態で、血圧の変動などをきっかけとして血栓〈けっせん〉(血液の固まり)が形成されること。ふたつめは、網膜動脈よりも心臓に近い部位の血管に動脈硬化が起きていて、なにかの拍子にその血管内の栓子〈せんし〉(血液や脂肪などの固まり)が血管内壁から剥がれ、網膜動脈内に付着することです。三番めの原因は、網膜動脈に炎症や痙攣が起きたり、あるいは血液成分や血流に変化が起きて、血液の供給が途絶えることです。
三つの原因のうち最初のふたつは、ともに動脈硬化が基本にあります。ですから、動脈硬化を招きやすい高血圧や糖尿病などの病気があったり、たばこを吸う人は、網膜動脈閉塞症の危険性が高いといえます。
網膜の動脈は、眼球の後方にある視神経内を通り、視神経乳頭〈にゅうとう〉で枝分かれして網膜全体に広がっています。枝分かれする前の、心臓により近い側の動脈を網膜中心動脈といいます。この網膜中心動脈が詰まると、網膜全体が血液の届かない虚血〈きょけつ〉状態に陥ります。網膜の細胞は光を感知できなくなり、視力は矯正視力で 0.1以下にまで低下します。
動脈閉塞直後の眼底を検査すると、眼底全体に浮腫〈ふしゅ〉(むくみ)が広がって白く濁り、網膜動脈の著しい狭細〈きょうさい〉と白線化が認められます。また、網膜中央の中心窩〈ちゅうしんか〉※2だけは、閉塞前と変わらない正常に近い赤色を示す cherry red spot(さくらんぼのような赤い点)が観察されます。時間の経過とともに、やがて浮腫は引きますが、視神経は萎縮・変性していきます。
自覚症状は、虚血部位に相当する視野欠損(視野が欠ける)で、上半分の網膜が障害されていれば、下半分の視野が遮られます。視力は、黄斑が正常であれば低下しません。このため、視力が 1.0もあるのに常に足元が見えない、といったことになったりします。ただし、黄斑の血流を司っている血管も閉塞すると、視力も極度に低下してしまいます。
中心動脈閉塞と動脈分枝閉塞の発症の比率は、ほぼ半分半分です。
このふたつ以外にも、特殊なケースとして、毛様〈もうよう〉網膜動脈閉塞症があります。通常、網膜の血流は網膜中心動脈が担っているのですが、まれに、本来は脈絡膜の血流を担っている動脈が黄斑の血流を司っていることがあり、この血管を毛様網膜動脈といいます。この血管の閉塞によって視力が低下してしまうのが毛様網膜動脈閉塞症です。反対に、そういう循環構造の人に網膜中心動脈閉塞が起きたとしても、黄斑部は障害されませんので、視力に影響は現れません。
いずれのタイプでも、大半は発症するまで自覚症状は少なく、突然、視力低下・視野欠損が起きます。ただし、ときには発症前のある時期、網膜の瞬間的な虚血によって、ほんの数秒間だけ目の前が暗く感じる一過性黒内障〈こくないしょう〉や軽度の頭痛、目の奥の痛みを自覚することもあります。
ところが網膜動脈閉塞症は、例えば心筋梗塞の胸痛発作のような強い痛みなどの前駆症状に乏しいため、ほとんどの人は急に目が見えなくなっても、時間を争う緊急な事態だとは認識できません。眼科受診までに数時間から数日経過してしまい、結果的に多くのケースで高度の視力障害が残ってしまいます。
この病気は眼科での救急疾患のひとつです。血流を少しでも早く再開させることができれば、より高い治療効果が得られます。眼球マッサージ※3に並行して、心筋梗塞の発作時に使われるニトログリセリンなどの亜硝酸〈あしょうさん〉薬や血栓溶解薬、網膜循環改善薬(カリジノゲナーゼ)などを使用します。さらに、眼圧※4を下げるため、房水〈ぼうすい〉を抜く手術をしたり、低酸素状態を改善するため、高圧酸素療法を行うこともあります。
このような治療によって、視力回復の可能性は決してゼロではなく、なかには中心動脈閉塞でも正常近くまで回復する人もいます。最終的にどの程度の視力になるかは、発症時の血管の閉塞の程度と、発症から治療開始までに要した時間の長短が左右します。
網膜動脈閉塞症についていえば、動脈硬化を防止して動脈閉塞が起きないようにするのが第一ですが、たとえ動脈閉塞が起きて視野欠損あるいは失明してしまった方でも、閉塞の再発でそれ以上視野が欠けたり、見えているもう片方の眼までが失明したりすることのないように、適切な検査と治療を欠かさずに受けるようにしてください。
シリーズ監修:堀 貞夫 先生 (東京女子医科大学名誉教授、済安堂井上眼科病院顧問、西新井病院眼科外来部長)
企画・制作:(株)創新社 後援:(株)三和化学研究所
2012年3月改訂
眼科いのうえクリニック院長
井上 正則 先生
も く じ |
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あれ〜? 網膜動脈閉塞症? 前の号の網膜静脈閉塞症と似ている名前だね。「静脈」っていう文字が「動脈」に変わるだけで、いったいどんな違いがあるのかしら。心臓から送り出された新しい血液が流れているのが動脈で、全身に行き渡った後の血液が心臓に戻るときに通るのが静脈だってことは、アイも知っているけど...
網膜動脈閉塞症とは
網膜動脈閉塞〈へいそく〉症とは、網膜に血液を送っている動脈が詰まり、網膜の細胞への血流が途絶えてしまう病気です。細胞が活動するために必要な酸素や栄養は、血液によって供給されていますので、血流が途絶えると、間もなくその箇所から先の細胞は死んでしまいます。
血流が途絶えることで起きる病気としては、心筋梗塞や脳梗塞がよく知られていますが、網膜がこれらの病気と同じ状態になるのが網膜動脈閉塞症です。網膜は眼球の内側に張り巡らされている膜で、瞳から入ってくる光の情報を感知する神経組織ですから、網膜細胞が死んでしまうと光を感知できなくなり、視覚が失われてしまいます。
網膜静脈閉塞症の場合は、血液自体は網膜に届いているため、網膜細胞がすぐに死んでしまうことはないのですが、網膜動脈閉塞症が発症すると、網膜の細胞が壊死する危険にさらされます。この点が両者の大きな違いです。
動脈硬化や血管の炎症が原因で発症
網膜動脈が閉塞する原因は、大きく分けると三つあります。ひとつは、網膜動脈に動脈硬化※1が起きて血管の内径が狭くなっている状態で、血圧の変動などをきっかけとして血栓〈けっせん〉(血液の固まり)が形成されること。ふたつめは、網膜動脈よりも心臓に近い部位の血管に動脈硬化が起きていて、なにかの拍子にその血管内の栓子〈せんし〉(血液や脂肪などの固まり)が血管内壁から剥がれ、網膜動脈内に付着することです。三番めの原因は、網膜動脈に炎症や痙攣が起きたり、あるいは血液成分や血流に変化が起きて、血液の供給が途絶えることです。
三つの原因のうち最初のふたつは、ともに動脈硬化が基本にあります。ですから、動脈硬化を招きやすい高血圧や糖尿病などの病気があったり、たばこを吸う人は、網膜動脈閉塞症の危険性が高いといえます。
※1 動脈硬化 毛細血管より太い動脈の血管壁が硬く変性したり、血管内に脂肪の固りが蓄積されたりして、血管内径(血液が流れる部分)が狭くなる病気です。動脈硬化が進む原因はいくつかあり、加齢などの本人ではどうしようもない理由もありますが、それ以外に、喫煙、過食、運動不足などの生活習慣が大きく影響しています。肥満、高血圧、糖尿病、脂質異常症(高脂血症)があると、それらは互いに悪影響を及ぼし合って、動脈硬化は急速に進行してしまいます。
視力が奪われたり視野が欠ける
網膜動脈閉塞症の症状は、血管がどの部分で閉塞したかにより異なります。網膜中心動脈閉塞症
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動脈閉塞直後の眼底を検査すると、眼底全体に浮腫〈ふしゅ〉(むくみ)が広がって白く濁り、網膜動脈の著しい狭細〈きょうさい〉と白線化が認められます。また、網膜中央の中心窩〈ちゅうしんか〉※2だけは、閉塞前と変わらない正常に近い赤色を示す cherry red spot(さくらんぼのような赤い点)が観察されます。時間の経過とともに、やがて浮腫は引きますが、視神経は萎縮・変性していきます。
※2 中心窩 網膜は眼底全体に広がっています。このため一点を見詰めているときでも同時に広い範囲を見渡せ、その広さ・程度を「視野」といいます。一方、小さい物を見分ける「視力」は、網膜中央の黄斑〈おうはん〉の機能にゆだねられています。中心窩は、その黄斑の中でもさらに視力が鋭敏な一点です。中心窩の網膜はほかの部分に比べてずっと薄く、動脈閉塞の影響で浮腫が起きても、脈絡膜〈みゃくらくまく〉(網膜の外側の膜)の血管が透けて見え、そこだけが赤い点として観察されます(cherry red spot)。
網膜動脈分枝閉塞症 | |
網膜上耳側動脈(写真 〈左眼〉では右上に向かっている動脈)が閉塞し、支配領域に虚血性網膜混濁と小出血が起きていますが、黄斑部は冒されていません。 | |
網膜動脈分枝閉塞症
網膜動脈の枝の部分が詰まるのが、網膜動脈分枝〈ぶんし〉閉塞症です。血液が届かないのは血管が閉塞した箇所から先の網膜だけで、それ以外の網膜はそれまでどおりに機能します。自覚症状は、虚血部位に相当する視野欠損(視野が欠ける)で、上半分の網膜が障害されていれば、下半分の視野が遮られます。視力は、黄斑が正常であれば低下しません。このため、視力が 1.0もあるのに常に足元が見えない、といったことになったりします。ただし、黄斑の血流を司っている血管も閉塞すると、視力も極度に低下してしまいます。
中心動脈閉塞と動脈分枝閉塞の発症の比率は、ほぼ半分半分です。
このふたつ以外にも、特殊なケースとして、毛様〈もうよう〉網膜動脈閉塞症があります。通常、網膜の血流は網膜中心動脈が担っているのですが、まれに、本来は脈絡膜の血流を担っている動脈が黄斑の血流を司っていることがあり、この血管を毛様網膜動脈といいます。この血管の閉塞によって視力が低下してしまうのが毛様網膜動脈閉塞症です。反対に、そういう循環構造の人に網膜中心動脈閉塞が起きたとしても、黄斑部は障害されませんので、視力に影響は現れません。
いずれのタイプでも、大半は発症するまで自覚症状は少なく、突然、視力低下・視野欠損が起きます。ただし、ときには発症前のある時期、網膜の瞬間的な虚血によって、ほんの数秒間だけ目の前が暗く感じる一過性黒内障〈こくないしょう〉や軽度の頭痛、目の奥の痛みを自覚することもあります。
できる限り速やかな治療が重要
閉塞した網膜動脈は、治療しなくてもやがて血流が再開します。しかし、網膜の神経細胞が虚血状態に耐えられる時間は、長くても1時間ほどしかありません。この時間内に動脈が再疎通〈そつう〉しなければ、その後で血流が戻っても、もう神経細胞は機能してくれません。つまり、治療は緊急を要します。ところが網膜動脈閉塞症は、例えば心筋梗塞の胸痛発作のような強い痛みなどの前駆症状に乏しいため、ほとんどの人は急に目が見えなくなっても、時間を争う緊急な事態だとは認識できません。眼科受診までに数時間から数日経過してしまい、結果的に多くのケースで高度の視力障害が残ってしまいます。
この病気は眼科での救急疾患のひとつです。血流を少しでも早く再開させることができれば、より高い治療効果が得られます。眼球マッサージ※3に並行して、心筋梗塞の発作時に使われるニトログリセリンなどの亜硝酸〈あしょうさん〉薬や血栓溶解薬、網膜循環改善薬(カリジノゲナーゼ)などを使用します。さらに、眼圧※4を下げるため、房水〈ぼうすい〉を抜く手術をしたり、低酸素状態を改善するため、高圧酸素療法を行うこともあります。
このような治療によって、視力回復の可能性は決してゼロではなく、なかには中心動脈閉塞でも正常近くまで回復する人もいます。最終的にどの程度の視力になるかは、発症時の血管の閉塞の程度と、発症から治療開始までに要した時間の長短が左右します。
※3 眼球マッサージ まぶたの上から指で眼球を、あまり強すぎない力で圧迫する動作を繰り返します。これにより、眼圧が低下したり、動脈内の栓子がずれて血流が改善します。ただし、目が見えないという症状が現れたらどんなときでもやってよいわけではなく、眼底出血や硝子体出血が起きているようなときにはやってはいけません。患者さん自身の判断でやるのは、以前に眼科で一過性黒内障や網膜動脈閉塞症と診断された人に限られます。 ※4 眼圧 眼球の内側から外側に向かう圧力。眼圧が高いと、網膜の血管や神経が押さえつけられて、眼の働きが悪くなります。眼圧に影響するのは、角膜〈かくまく〉と水晶体〈すいしょうたい〉の間を満たしている房水の変化で、房水の産生が増えたり流出が減ると高眼圧、逆に産生が減ったり流出が増えると低眼圧になります
動脈硬化の全身的な管理を
網膜動脈閉塞症の発症には、動脈硬化が強く関係しています。そして動脈硬化はなにも網膜動脈だけに起こっているのではなく、全身の血管でほぼ同時に進行していると考えられます。動脈硬化による病気は、狭心症、心筋梗塞、脳梗塞など、命にかかわったりQOL(生活の質)が低下する重大な病気です。動脈硬化を起こす高血圧や糖尿病、脂質異常症などに注意し、日頃から禁煙や肥満解消、運動、ストレス発散などを心掛けるようにしましょう。網膜動脈閉塞症についていえば、動脈硬化を防止して動脈閉塞が起きないようにするのが第一ですが、たとえ動脈閉塞が起きて視野欠損あるいは失明してしまった方でも、閉塞の再発でそれ以上視野が欠けたり、見えているもう片方の眼までが失明したりすることのないように、適切な検査と治療を欠かさずに受けるようにしてください。
ウン! 話の途中は、網膜動脈閉塞症が起きたらもう一巻の終りって感じで少し怖かったけど、やっぱりそんなことはないよね。みんなも今の視力を守るために、ちゃんと検査と治療を続けていってネ
その急性の病状としては、栓子による網膜動脈閉塞症や視神経の栄養血管の閉塞があり、慢性的な影響としては、網膜の出血や浮腫(低循環網膜症※5)、虹彩ルベオーシス、血管新生緑内障※6を引き起こしたりします。眼虚血症候群は眼球全体の血流が慢性的に低下している状態ですから、網膜や脈絡膜といった眼底の変化だけでなく、眼球の前部に虹彩ルベオーシスが起こりやすいのです。 実際に眼虚血症候群の患者さんでは、眼底血圧※7の低下、蛍光眼底造影検査での腕-網膜循環時間の延長、内頸動脈・眼動脈のカラードプラー検査での血流量(速度)の低下などによって、眼球全体の血流低下が裏付けられます。眼虚血症候群を早い段階で把握できれば、網膜動脈閉塞症の発症や虹彩ルベオーシスの発生前に、予防的な治療を行うことが可能になります。
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企画・制作:(株)創新社 後援:(株)三和化学研究所
2012年3月改訂
もくじ
特集
- No.1. 目で見る眼の仕組みと病気
- No.2. 糖尿病網膜症
- No.3. 糖尿病黄斑症
- No.4. 高血圧網膜症
- No.5. 網膜静脈閉塞症
- No.6. 網膜動脈閉塞症
- No,7. 加齢黄斑変性
- No.8. 中心性漿液性脈絡網膜症
- No.9. 網膜色素変性症
- No.10. 緑内障
- No.11. 白内障
- No.12. 網膜裂孔・網膜剥離
- No.13. 色覚の異常
- No.14. ドライアイ
- No,15. 屈折異常・調節異常─近視・遠視・乱視・老眼─
- No.16. 子どもの目の病気
- No.17. 結膜炎
- No.18. 角膜の病気
- No.19. ぶどう膜炎
- No.20. 黄斑円孔・黄斑前膜
- No.21. 眼の神経の病気
- No.22. 涙道や涙腺やまぶたの病気
- No.23. 目の外傷
- No.24. 目の病気の手術治療
- No.25. 目の病気の薬物治療
- No.26. バセドウ病と目の病気
- No.27. まぶたの病気とQOL
- No.28. 眼精疲労
- No.29. アレルギーによる目の病気
- No.30. コンタクトレンズ
- No.31. 飛蚊症
- No.32. ロービジョンケア
- 別冊:視神経乳頭の"異常"と"正常"
リラックス アイ
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