第4回目は、東京医科大学八王子医療センターの福元敦子さんを訪ねました。学会や論文発表も多い福元さんは、科学的な検証を通して、患者さんの食事療法を支えています。「身近になければ、作ってあげよう」と、“おやつ開発”にも取り組んでこられました。
貴院の栄養指導状況について教えて下さい
福元:糖尿病患者さんへの栄養指導は、月に80〜90名、年間1000名位でしょうか。NST(栄養サポートチーム)で活動の幅を広げる目的で、一昨年から栄養士が4人になりましたが、指導は実質2名で行っています。
当院は2型糖尿病患者さんがほとんどです。インスリン療法を行っている方や高齢の患者さんも多いですね。腎移植、透析なども行っていますので、糖尿病でも腎臓を悪くした患者さんも多いです。
おやつについて指導が必要だなと実感したのは、いつ頃からですか?
福元:栄養指導に携わるようになった最初の頃からです。3度の食事だけで満足できればいいのでしょうが、自分を振り返ってみても、やっぱり食べるのは楽しいことだし、これだけ世の中にはいろいろな情報があって、こんなに多種多様なおやつがあるという中で“我慢をする”のは本当に難しいことです。患者さんにとっても、その思いは強いと思います。
ですから、私のポリシーとして“食べてはいけない”といったことを絶対に言わないようにしています。とはいえ、「何を食べたらよいか?」と問われたとき、昔はあまりお勧めできるものがありませんでした。
以前は、どのようなものを勧めていたんですか?
福元:間食に関しては、教科書にあるように乳製品や果物を勧めますが、食事は毎日のことですから、バリエーションがないと飽きてしまいますよね。
もう15年位前になりますが、当院は大学病院で、食物繊維が入ったお茶について臨床試験に携わる機会がありました。結果は、血糖値が少し下がりましたが、さほど大きな効果ではありませんでした。その臨床結果を発表したときに、ちょうど別の先生が和菓子の発表をしておられました。そこで、「ケーキでやってみようかな」と思っていたら、臨床試験の中心になっていた先生が背中を押してくださって、実際にケーキを作ろうということになりました。
「どうせ作るなら、美味しくて、甘くて、食べ甲斐のあるものにしよう」、だけど「100kcalに収めたい」という目標がありました。当院の近所にあるケーキ屋さんに相談したところ、試行錯誤を繰り返した末に、100kcalのケーキが4種類できました。今から13〜14年位前のことです。
ケーキをどうやって100kcalに抑えたのですか?
福元:全卵やバターを使わず、粉も少なめにして、甘味料を使用して、牛乳をうまく泡立てて・・・と、パティシエさんが知恵を結集し腕を振るってくださいました。食物繊維を入れるとスポンジ本体が硬くなってしまうのですが、その辺も一生懸命考えて解決してくれました。
完成した際、分析センターに出したら、きちんと100kcalで、1個につき食物繊維が2g以上入っており、ヘルシーで美味しいケーキができあがりました。味は、プレーンなスポンジケーキ、ブルーベリーの入ったケーキ、モンブラン、チーズケーキと4種類です。
現在も、
ケーキ屋さんのホームページ(ファリーヌ)から購入できます。
患者さんの評判はいかがでしたか?
福元:ありがたいことに、大変好評で、たくさんの方に喜ばれました。でも、あるとき「夜、お風呂から上がったときにアイスを食べたい」とおっしゃる患者さんがいて、「そうか、食べたいのはケーキだけじゃないのね」と気がつき、次はアイスを作ってあげたいという気持ちになりました。
それでカロリーコントロールアイスの開発にも着手されたのですね
福元:ケーキを作った後なので、今から10年位前でしょうか。当院の給食用に牛乳を納入しているグリコ乳業の方に、「糖尿病患者さんでも楽しめるアイスクリームができないでしょうか」と相談したら、江崎グリコのアイス担当者に伝えてくれたんです。
ケーキから学んだことは、“いつでもすぐに購入できないと利用が広がらない”ということだったんです。できれば全国に販路を持っているメーカーさんに作ってもらいたいと考えていました。ケーキのときは、せっかくいいものを作ったのに、地域限定的な販売にとどまっていましたからね。これは、ただのイベントで終わってしまったら仕方がないんです。
食事は毎日のことですから、いつでも、どこでも皆さんの手に届くところに置いておく必要がある
と考えると、グリコさんにお願いできたことは大正解でした。グリコさんとしては、採算がとれるかどうかという意味では、かなり大変だったと思いますが。
“患者さんが安心して食べられるおやつを作ろう!”と情熱を燃やしてくれる先生の患者さんは恵まれていますね
担当の方にお会いした際、「美味しくて、食べ甲斐があって、見た目も良く、市販の商品に劣らない、でも血糖が上がりにくく、80kcalに抑えたアイスを作れませんか?」と、今から考えると、かなり無理難題を言ったなあと思います。
ですが、乳脂肪が入らない分をお豆腐で代用したり、甘みや食感を工夫したり、さすが「餅は餅屋」というか、こんな方法があるのかと関心させられました。何度も何度も改良を重ねて、いろいろな試作品を作ってくださいました。
その後、実際に当院の患者さんに食べてもらい、当院で臨床試験も行いました。ですから、ケーキにしろ、アイスにしろ、臨床試験を行ったというところが、他の商品と違うと思っています。机上の計算上ではなくて、実際に食べてもらって血糖が上がりにくかったということですね。
現在はどのような指導を行っていますか?
福元:間食について、きちんと記録してくる患者さんもおられます。そうでなくとも、今は血糖、HbA1c、グリコアルブミンと、いろいろと検査を行うことができますから、「(おやつを)食べてない」とおっしゃっていても、バレてしまうんですね(笑)。
私は食べている量よりも、食事や間食の“時間”や“タイミング”をみています。高齢の患者さんの場合、時間を結構自由に使えるので、自由に召し上がる方も多いですが、サラリーマンだと食事の時間をとれなくて、夜中に食べたりなど、食事の時間は十人十色です。
患者さんの食習慣についてよく聞いて、“血糖値が上がらない食べ方”、“血糖値が上がらない食品を選び方”を中心にお話ししています。
“血糖値を上げない食べ方”のコツを教えてください
福元:最近はCGMで、血糖の日内変動も詳しくわかってきましたが、通常は食べると血糖はすぐに上昇します。
食後に運動を行うこと。それから、飲み薬は3時(おやつの時間)が考慮されておらず、基本的には3食を目安にでているはずなので、食べるなら血糖が下がってきた所では食べない。3時のお茶の時間が、ちょうどその頃ですね。ただし、これから運動やスポーツに行くという方や、夕方からパートに行くという方など、身体活動を行う方は「その前に食べて」といったお話もしています。
主婦の方など、ずっと家にいる方は、まずはできることならば、身近にお菓子を置かないということも大事ですね。お菓子があると、やはり食べたくなってしまいますから。でも、お年を召した方々では、買うことが楽しみという場合もあります。食事指導の今後の課題かもしれません。
“食品の選び方”のコツを教えてください
福元:カロリーをコントロールしたケーキやアイスだけでなく、市販のカロリー調整食品や甘味料など、手軽に活用できて、食事管理に役立つものは何でもお勧めします。患者さんはほんとうに多様なので、選択肢は多い方がよいのです。
食物繊維のたくさん入っているものを選ぶことは、やはり大切だと思っています。食事で食物繊維をとると、すぐには血糖に影響しにくくなります。最近では、1型糖尿病のカーボカウントの考え方から糖質を控えるなど、エネルギー重視から内容重視になってきました。
間食(おやつ)をとる習慣のある患者さんを効果的に指導した症例を教えてください
福元:それでは、3人の方を簡単にご紹介します。
1人目は、77歳・2型糖尿病の男性の方です。日中は毎食後、運動療法をきちんと行っていて、HbA1c6.3%前後で推移と血糖コントロールは良好でした。ですが、奥さんが仕事から帰ったときに、少しぐらいはとお茶をしているうちに、ときどきが毎日となり、お菓子を食べるようになったそうです。
HbA1cが6.3%だったのが7.9%まで上昇し、栄養相談に来られました。奥さんの知らないところでアンパンを食べたり、夜になると冷蔵庫を開けてしまうといったこともあったようです。
まず、間食を半分量にすることを提案。しかし、次の通院日にはHbA1c7.7%とまだ高かかったので、おやつは奥さんと半分に分け1日おきに摂るようにしたら6.4%まで下がりました。現在では回数を週に2回に減らし、適度にお茶を楽しみながらコントロールは安定しているようです。
2人目は、60代の男性で、毎日食後にきちんと運動を行っている方なのですが、運動したから良いだろうと間食をしてしまうのが問題でした。何度も「食べたら動くんですよ」と指導していても、「運動したら、お腹が減るから」と食べてしまい、HbA1cが9.5%に。運動をやりすぎてという裏返しもあるようで、良くなりたいと思うから運動をやりすぎて、その結果お腹が空いてしまう。「下がらないのは間食をしているからだと思うので、騙されたつもりで今度は我慢してみてください」と実行していただいたら、HbA1c8.3%に、3ヵ月後には6.3%に改善しました。
近年、よく見られるのが鬱のある方ですね。IT関係の会社にお勤めの39歳の男性がいて、この方の場合は、HbA1cが上がったり下がったり変動が激しかったんです。頑張ってるから、次は6%台になるかなと思っていると、8%台に上がってしまったり。そうかと思うと7%台に下がったりするような。夏前に8.1%から7.9%に下がって夏を迎えたのですが、夏が終わったら8.8%になっており、「僕は夏休みもないくらい一生懸命仕事をして、食べたいものも食べていないのに、HbA1cが上がった! 頑張ったのになぜでしょうか?」と私の前で号泣しておられました。
良くお話を聞くと、夜中にスナック菓子とかを食べていたようです。その患者さんには、残業で遅くなるときは、駅前で食べ家では食べないようにと指導していました。ですが、駅前で食べた後にコンビニにも行ってしまっていたとか。忙しくてストレスも多いので、ついつい食べ物を買ってしまう。買うことがストレス発散になっているようです。
食べる行為にはメンタルな部分が大きく関わっています。この方は、生活習慣の乱れから、毎日のようにスナック菓子を食べていた部分は大きいと思います。ですから食べずにいられないのなら、食品を選べるように、選び方の指導をしました。この方は、長い目で見ながら、見守っている状況です。
食事指導では糖尿病治療のメカニズムをよく理解していただくことも大切ですね
福元:栄養相談をするときは、単に栄養の話だけでなく、まずは「糖尿病とはどんな病気か?」「なぜ血糖が高いと良くないのか?」を説明します。例えば、眼底検査の大きなパネルを4枚見せて、正常な人、前増殖期の人、増殖期の人、失明した人の眼底撮影4枚を見比べていただき、「糖尿病は血管に異常が出てくる病気なんですよ」とご説明すると、少しインパクトを与えることができます。
糖尿病の“成り立ち”を知ることはとても大切で、なぜ食事療法を行い、血糖コントロールを良好に保つ必要があるのかを、患者さんに理解してもらわないと、ただ間食の注意をしただけでは心に響きません。中には「なぜ、もっと早く言ってくれなかったの?」と言う患者さんもおられるわけです。私たちは、それをきちんと伝えながらも、できるだけ豊かな食生活も享受できるよう、1人ひとりの生活に合った指導を今後も心がけたいと思っています。
貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました
<今日のまとめ> 間食指導「私の3ヵ条」
- 食事や間食の“時間”や“タイミング”の把握・コントロールは重要
- 血糖値が上がらない食べ方・食品の選び方を患者さんとともに考える
- 食はメンタルにも深く関わるので、なぜ治療が必要なのかをよく説明し患者さんの“心”にも響かせる。
【 Profile 】
福元敦子(ふくもとあつこ)さん
管理栄養士
日本病態栄養学会認定病態栄養専門師
日本糖尿病療養指導士
1966年神奈川県立栄養短大卒業
1991年より現職